072話 朝食と取引 ― 動く前の準備
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――ゼロバレット第二拠点・調理区画。
朝。
拠点に直接、朝日が差し込むことはない。
だが、照明の色温度がわずかに上がり、
空気が動き出す。
そして――
この拠点で「朝」を告げる最大の合図は、音だった。
油がはぜる音。
包丁がまな板に触れる乾いたリズム。
湯気と、肉の焼ける匂い。
◆◆◆
「起きろ生存者ども!
朝飯だ!!」
裸エプロン姿のカインが、
鉄板の前で叫ぶ。
「……朝からうるさい」
ネオンが目を擦りながら通路に現れる。
「静かな朝は死人の特権だ」
カインは即答した。
「縁起悪いわね」
カサンドラがため息をつく。
だが、誰も止めない。
止める理由がない。
匂いが、すでに“正解”だった。
◆◆◆
鉄板の上には、
昨日処理した鹿の腿肉。
薄切りにされ、
塩と少量の鹿脂だけで焼かれている。
「鹿肉はな」
カインが鉄板を指さす。
「朝は重くするな」
理由は明確だ。
・脂が少ない
・筋が締まっている
・火を入れすぎなければ消化がいい
「朝に向いてるのは、腿だ」
「背は夜用だ」
ネロが感心したように言う。
「時間帯で部位を使い分けるのか」
「生き延びる料理は、
腹だけじゃなく頭も使う」
◆◆◆
隣では、
ノアとアシュレイが獲ってきた魚が使われていた。
三枚おろしにされた身は、
半分が焼き用、半分が汁用。
「朝は刺身にはしない」
カインは包丁を動かしながら言う。
「空腹の胃に生は重いからな」
「軽く火を通す」
魚の切り身は、
皮目から焼かれる。
「皮から焼く」
「身を守るためにな」
皮がパリッと音を立て、
身はまだ半透明。
「この状態で止める」
「白くなるまで焼かない」
アシュレイが眉を上げる。
「半生じゃねぇか」
「違う」
カインは言い切る。
「余熱で仕上がる」
◆◆◆
もう一つの鍋では、
鹿の骨と魚のアラが一緒に使われていた。
「合わせるのか?」
ネオンが聞く。
「合わせる」
カインは頷く。
「鹿はコク、魚は香り」
鍋は沸かさない。
表面が揺れる直前で火を止める。
「沸騰させたら負けだ」
「雑味が全部出る」
浮いたアクを、丁寧に取る。
「ここをサボると、
どんな素材でも台無しになる」
◆◆◆
完成。
皿に並ぶ朝食は、
豪華ではない。
だが、無駄が一切ない。
・鹿腿肉の薄切りソテー
・皮目焼きの魚
・鹿と魚の即席スープ
・焼いた魚の骨をほぐした身
「……朝から贅沢だな」
ネロが呟く。
「ああ、そうだな」
カインは頷く。
「昨日、鹿肉が取れたことがデカい」
◆◆◆
食事が始まる。
誰も、最初は喋らない。
咀嚼の音。
スープを啜る音。
それだけが、拠点に響く。
アシュレイがぽつりと言う。
「……身体が軽ぇ」
ノアが頷く。
「無理が残らない味だ」
「うまいだろ」
カインは満足そうに言った。
◆◆◆
食器が片付けられ、
自然と、空気が変わる。
ソフィアが立ち上がった。
「……じゃあ、本題に入りましょう」
全員の視線が集まる。
「今日、私は商談に行く」
ネオンが即座に反応する。
「相手は?」
「港湾区第三層の仲介屋」
「物資と情報、両方を持っている」
カサンドラが言う。
「信用は?」
「五分五分」
ソフィアは即答した。
「だから、準備が必要」
◆◆◆
簡易作戦テーブルが展開される。
ネロが言う。
「護衛は?」
「最低限」
「多すぎると警戒される」
ノアが口を開く。
「退路は?」
「三つ」
ソフィアは指を立てる。
「商談成立、決裂、裏切り」
アシュレイが笑う。
「一番最後が本命だな」
「ええ」
ソフィアも否定しない。
◆◆◆
ネオンが端末を操作する。
「通信遮断ポイント、確認済み」
カサンドラが続く。
「相手の過去取引、洗ってある」
ネロが言う。
「車両と脱出ルート、確保する」
全員が、自然に役割を理解している。
◆◆◆
ソフィアは最後に言った。
「私たちは、
戦うために動くんじゃない」
「生き延びるために、
選択をしに行く」
ノアは静かに頷いた。
アシュレイが、スコープを軽く叩く。
「腹も頭も満たされた」
「行けるな」
◆◆◆
朝食は終わった。
だが――
この朝は、ただの休息ではない。
次に動くための“準備”である。
拠点の照明が、
ゆっくりと“行動モード”へ切り替わる。
ゼロバレットは、
静かに、次の一手を選び始めていた。
――次回更新:1月25日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、073話「交渉区域 ― 武器を持たない戦場」――
をお楽しみに!




