071話 余白 ― 波音だけが残る夜
『ゼロバレット』の世界観やキャラ画像はこちら ↓
作者X(Twitter)で公開中!
https://x.com/MizunekoZeroB
――ゼロバレット第二拠点。
深夜。
調理区画の灯りが落とされ、
拠点全体が夜間モードへ移行していた。
火は消え、
匂いだけが、まだ空気に残っている。
鹿の脂が焼けた香り。
魚の皮が弾けた名残。
それらが混ざり合い、
ここが“生きている場所”だと、静かに主張していた。
◆◆◆
誰もが、すぐには眠らなかった。
疲労は確かにある。
だが、それ以上に――
頭が、妙に冴えていた。
ノアは、拠点の海側通路に立っていた。
防護シャッターは半分だけ開き、
その隙間から、月明かりが差し込んでいる。
波の音。
規則的で、乱れのないリズム。
(……音がある)
それだけで、胸の奥が静かになる...
◆◆◆
「ここにいたか」
背後から、アシュレイの声。
銃は持っていない。
ジャケットも脱ぎ、
今はただの“一人の人間”の顔だった。
「眠れないか?」
ノアが聞く。
「眠れねぇってほどでもない」
アシュレイは壁にもたれた。
「ただ、目閉じると……さっきの手触り思い出す」
「鹿か」
「魚もな」
短い沈黙。
「……変な話だよな」
アシュレイが続ける。
「撃つ時より、捌く時の方が神経使った」
ノアは、否定しなかった。
「敵は殺さないと自分が危ないからなぁ」
「命を“頂く”のは、違うからな」
アシュレイは小さく息を吐いた。
「カインの言葉、頭に残るわ」
「取った瞬間じゃ終わらねぇ、ってやつ」
「俺もだ」
◆◆◆
少し離れた居住区。
ソフィアは、簡易デスクに座っていた。
端末は開いているが、
画面は見ていない。
カップの中の温い飲み物を、ゆっくりと回す。
(今日は、誰も死ななかった)
当たり前の事実。
だが、それを噛み締める夜は、そう多くない。
戦果も、任務達成もない。
ただ、食べて、話して、眠るだけ。
それでも――
組織としては、確実に前に進んでいる。
「……悪くない夜ね」
独り言。
◆◆◆
通信区画では、ネオンがまだ起きていた。
端末に流れるログを整理しながら、
何度か手を止める。
今日のデータは、異常がない。
敵の兆候もない。
“何も起きていない”という事実が、
逆に貴重だった。
「……平和すぎると、逆に怖いな」
小さく笑い、端末を閉じる。
今日は、それでいい。
◆◆◆
整備区画の端。
ネロは、壁に腰を下ろし、目を閉じていた。
眠っているようで、
完全には落ちていない。
波の音。
拠点の振動。
仲間の気配。
全部が、正常。
(この拠点、やっぱり出来がいい)
誰に言うでもなく、
そう思った。
◆◆◆
調理区画の片隅。
カインは、エプロンを外し、
包丁を丁寧に拭いていた。
刃に残った水分を、
一切残さない。
それが、彼なりの“締め”だった。
「……今日の飯、悪くなかったな」
誰も聞いていないのを分かっていて、
そう呟く。
◆◆◆
再び、海側通路。
ノアとアシュレイは、並んで海を見ていた。
「なあ」
アシュレイが言う。
「俺さ」
「ゼロバレットに入って、今日が一番実感ある」
「何がだ?」
「“生きてる”ってやつ」
ノアは、少しだけ笑った。
「俺もそうかもな...」
波が、岩を打つ。
静かな夜。
ここは秘匿された拠点。
だが同時に――
世界と、まだ繋がっている場所。
ゼロバレットは、今は動かない。
だが、確実に――
次に備えて、呼吸を整えている。
その夜、
誰も夢を語らなかった。
ただ、
波の音だけが、すべてを包んでいた。
――静かな夜は、まだ続く。
――次回更新:1月24日17:30公開予定
ブクマ・評価・感想が励みになります。
『ゼロバレット』続編、072話「朝食と取引 ― 動く前の準備」――
をお楽しみに!




