070話 生き延びる技術 ― 命を食うということ
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――ゼロバレット第二拠点・下層整備区画。
夕刻。
拠点内の照明が、昼用の白色から、やや暖色へと切り替わった。
それは「戦闘が終わった」という合図ではない。
――人間に戻る時間だ。
◆◆◆
最初に戻ってきたのは、山側班だった。
通路の奥から、何かを引きずる重たい音が響く。
「……慎重に。血はもう落ちきってる」
カサンドラの声。
次いで、少し荒い息。
「おい、こいつ……想像よりデカいぞ」
姿を現したのは、カインとカサンドラ。
その後ろに――
鹿。
立派な雄鹿だった。
首はすでに落とされ、腹は開かれ、内臓は丁寧に取り除かれている。
毛皮に余分な汚れはなく、処理の速さと正確さが一目で分かる。
「……やったわね」
ソフィアが、短く言った。
「運が良かっただけだ」
カサンドラは淡々と返す。
「風向き、距離、時間帯。全部が噛み合った」
カインは鹿を一瞥し、満足そうに頷いた。
「だがな」
「運を無駄にするかどうかは、ここからだ」
◆◆◆
少し遅れて、海側班が戻ってきた。
ノアとアシュレイ。
二人の背の網籠には、銀色の魚が溢れんばかりに入っている。
「……これは」
ネオンが一歩近づき、目を細める。
「量も、鮮度も、申し分ない」
「血抜きが綺麗だ」
ネロも感心したように言った。
「雑味が出ない」
アシュレイが肩をすくめる。
「ノアの仕事だ」
ソフィアはノアを見る。
「よくやったわ」
だが――
カインの意識は、すでに“次”へ向いていた。
「よし」
次の瞬間。
裸エプロン、装着。
「……着る意味ある?」
ソフィアが真顔で聞く。
「ある」
カインは即答した。
「これは儀式だ」
誰もそれ以上は突っ込まなかった。
◆◆◆
鹿の処理 ― 命を食う準備
「まず覚えとけ」
カインは全員を呼び寄せた。
「鹿は、狩った瞬間から傷み始める」
鹿をフックに掛け、宙に吊るす。
「地面に置くな」
「重力で血を落とす」
「肉の繊維を潰さない」
理由を一つずつ、言葉にする。
「血が残ると、臭くなる」
「焼いても煮ても誤魔化せねぇ」
ノアが聞いた。
「最初に切るのは?」
「切らねぇ」
カインは首を振る。
「裂く」
筋膜に沿って、刃を滑らせる。
「鹿は筋膜が“地図”だ」
「無理に刃を立てると、肉が負ける」
背肉、腿、肩。
部位ごとに、迷いなく分けられていく。
「背は焼きすぎるな」
「腿は薄切りか、火を通す」
「脂は捨てるな。最高の燃料だ」
アシュレイが、素直に呟いた。
「……合理的だな」
「生き残ってきた連中の知恵だ」
カインはそう答えた。
◆◆◆
魚の下処理 ― 教える側になる
「次は魚だ」
カインは、ノアとアシュレイに包丁を渡した。
「最初にやるのは、切ることじゃねぇ」
目、エラ、腹。
「見る」
「判断する」
「触る回数を減らす」
「腹が膨らんでたらアウトだ」
「内臓が先に死んでる」
鱗取り。
「力はいらねぇ」
「尾から頭、水を流しながら」
内臓処理。
「胆嚢は絶対に潰すな」
「潰したら即流水、こするな」
血合い。
「海水で落とせ」
「真水は身を壊す」
三枚おろし。
「刃で切るな」
「骨をガイドに滑らせろ」
ノアの手元を見て、カインが頷く。
「いい」
「もう“魚を殺してない”」
◆◆◆
火入れ ― 焼きすぎない勇気
鹿背肉。
「塩は直前」
「火は中火」
「置いたら触るな」
アシュレイが聞く。
「時間は?」
「時間で焼くな」
「音と匂いを聞け」
一度だけ返す。
「焼いたら休ませろ」
「切るな。五分待て」
骨とアラ。
「水から」
「沸騰させるな」
「アクは全部取れ」
◆◆◆
食事 ― 命を余さず使う
皿に並ぶ。
・鹿肉ユッケ
・鹿背肉の炭火焼き
・腿肉の薄切り
・魚の刺身
・皮目を焼いた魚の塩焼き
・骨の即席スープ
最初の一口。
誰も喋らない。
アシュレイが、ぽつりと。
「……無駄がない味だ」
ノアが頷く。
「技術の味だ」
カインは笑った。
「それでいい」
「生きるための料理は、正直でいい」
ソフィアが静かに言う。
「ゼロバレットは、戦うための組織じゃない」
「生き残るための集団よ」
◆◆◆
火が落ち、夜が深まる。
波の音だけが残る。
カインが呟いた。
「命は、取った瞬間じゃ終わらねぇ」
「食って、初めて意味がある」
誰も否定しなかった。
この日、彼らは任務をしていない。
だが――
確実に、生存率を上げた。
――次回更新:1月21日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、071話「余白 ― 波音だけが残る夜」――
をお楽しみに!




