07話 朝のざわめきと白い息
――サク、サク、サク。
包丁の音が、静かな朝の空気を切り裂いていた。
キッチンには湯気が立ちこめ、ベーコンとハーブの香りが広がる。
その中心に立つのは――カイン。
裸エプロン姿で、フライパンを片手にリズミカルに動く。
「よし、焼き加減完璧。今日も戦場は平和だな」
彼は木べらをひと振りして、笑う。
テーブルでは、ソフィアが新聞を広げていた。
白いシャツの袖を軽くまくり、コーヒーを口に含む。
「おはよう、みんな。……ああ、この光景を見ると……“帰ってきた”って気がするわ」
「だな」
ネロがコーヒーカップを片手に、ダルそうに呟く。
第三ボタンまで開いた白いリネンシャツが、寝起きのだるさをそのまま表している。
「だろ?」
カインは胸を張る。
リリスが微笑んで、
「私もカインの裸エプロン、好きよ」
と囁いた。
次の瞬間――
むに。
生地のないところを、遠慮なく掴む。
「ん゛ッ……!?」
カインの肩が跳ねる。
だが包丁は止まらない。
フライパンの上で、ベーコンがジュウッと音を立て続ける。
リリスは楽しそうに、その様子を観察した。
「動揺しない。いいね」
「今日は……“戦える日”」
ネロがコーヒーを啜りながら、ぼそりと呟く。
「尻でコンディション測るな」
ソフィアは新聞越しに小さく笑った。
「それで全員の調子が分かるなら、合理的ね」
ノアは静かに席につき、出されたスクランブルエッグを見つめる。
「……これ、俺の分?」
「当たり前だろ。お前の成長期は俺が責任持つ」
カインが笑いながら、皿をもう一枚テーブルに置く。
ノアは一口、スプーンで掬って口に運ぶ。
「……うまい」
素直な一言に、キッチンの空気がふっと柔らかくなる。
「そう言われると、やりがいあるな」
カインはフライパンを置き、湯気の立つスープを運んできた。
そのとき、窓の外で**ミャァ……**という鳴き声。
白猫と三毛猫、そして新しく拾われた黒猫が窓辺で日向ぼっこしている。
「この子たちもすっかり拠点の顔ね」
ソフィアが微笑み、ネロはコーヒーを飲みながらぼそりと呟いた。
「猫の方がこの拠点に馴染むの早ぇな」
「ふふ……平和ってこういうことかもね」
リリスが髪をかき上げながら笑う。
その空気が――
ピピッ……。
通信機の音ひとつで、切り替わった。
笑いが消える。
包丁の音が止まる。
誰もが、戦場の顔になる。
ソフィアは新聞を畳き、静かに立ち上がった。
「……任務の呼び出しね」
「……任務の呼び出し?」
「ええ、複数同時。緊急要請が三件」
カサンドラの声が廊下の奥から響く。
白いスーツの裾を翻しながら、デバイスを差し出す。
ソフィアは短く息を吸い、全員を見渡した。
「……食事はあと。出るわよ。分隊は二つ。現地で連携」
空気が一気に引き締まる。
ネロがカップを机に置き、低く答える。
「了解。……戦場の朝ってのは、やっぱこうでなくちゃな」
ノアは無言で立ち上がる。
その目には、また“あの戦場の光”が宿り始めていた。
焚き火のように穏やかだった朝が、
再び硝煙の匂いを帯びて動き出していく――。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、08話「硝煙の朝」――
をお楽しみに。




