064話 夜明け ― 交わらない出会い
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戦争は、
人を引き合わせる。
だが時に、
出会わないという選択こそが、
その後の運命を決定づける。
ガリレア砂漠。
“無音の夜”が終わり、
音が戻った世界で――
二人は、確かに同じ場所に立っていた。
それでも、
名は呼ばれなかった。
――ガリレア砂漠戦線
時刻 05時02分
東の地平線が、
わずかに白み始めていた。
夜を支配していた闇は後退し、
砂丘の輪郭が、
一本一本、浮かび上がってくる。
音はある。
風の音。
遠くの爆発。
呻き声。
金属が擦れる音。
それらが混じり合い、
ようやく“戦場らしい朝”が戻っていた。
ノアは、
砂丘の下で立ち止まっていた。
肩の装備は傷だらけ。
呼吸はまだ重い。
だが、
視線は前を向いている。
(……終わったわけじゃない)
無音装置の主中枢は破壊した。
だが、
敵の全てではない。
それでも、
この夜を越えたという事実は
確かに残っている。
「……ノア」
背後から、
レインの声がした。
振り返ると、
ヴァルキリー8の面々が
それぞれの位置で朝を迎えている。
誰も笑っていない。
だが、
誰も倒れていない。
それが、
この部隊の答えだった。
「撤退準備に入る」
レインは短く言う。
「ここに長居する意味はない」
ノアは頷き、
最後に一度だけ、
戦場を振り返った。
その瞬間だった。
――砂丘の稜線。
一人の狙撃手が、
まだ伏せていた。
アシュレイ・ケイン。
夜明けの光が、
彼のスコープに差し込む。
砂漠の温度が変わる。
風向きが変わる。
距離が、
“正しく”なる。
彼は、
ゆっくりと呼吸を整え、
視界を掃いた。
――見えた。
砂丘の下。
部隊の中心に立つ一人の男。
前衛。
動きの起点。
無音の夜を、
正面から踏み越えた人間。
(……あれが)
顔が、
初めてはっきり見えた。
若い。
だが、
目が違う。
戦場を“見ている”目だ。
(ノア……)
名前は、
まだ知らない。
だが、
この距離、この角度、この時間。
もし、
声をかければ――
会える。
たった四十メートル。
引き金を引く距離でもある。
呼びかける距離でもある。
アシュレイは、
スコープ越しに、
その男の動きを追った。
そして――
ライフルを、
ゆっくりと下ろした。
(……今じゃない)
理由は、
理屈じゃなかった。
今、出会えば、
“戦友”としてではなく、
“戦争の一部”として記憶される。
それだけは、
避けたかった。
「……まだだ」
誰に言うでもなく、
そう呟いた。
――同時刻。
ノアは、
ふと、
視線を感じた。
背中に、
正確で、冷静な“線”。
振り返る。
砂丘の上。
光の中に、
一つの影。
狙撃位置。
(……いたな)
この夜、
何度も彼を救った弾道。
敵の狙撃を潰し、
進路を開き、
背中を守り続けた“誰か”。
ノアは、
ほんの一瞬だけ立ち止まり、
その方向へ、軽く頭を下げた。
敬礼ではない。
感謝でもない。
ただ――
認識。
(ありがとう)
声は、
届かない。
だが、
それで十分だった。
砂丘の向こうで、
アシュレイはその動きを見ていた。
頭を下げた理由は、
分かる。
(……気づいてやがる)
口元が、
わずかに歪んだ。
「……厄介な奴だ」
それは、
最大級の賛辞だった。
ヴァルキリー8は、
撤退を開始した。
砂漠に、
新しい足跡が刻まれる。
アシュレイは、
最後にもう一度だけ、
その背中を見送る。
(……次に会う時は)
戦場じゃない場所で。
違う立場で。
そんな予感が、
なぜか確信に近かった。
彼は、
ライフルを担ぎ、
反対方向へ歩き出す。
ガリレア砂漠。
“無音の夜”事件。
公式記録には、
こう残る。
局地的な通信障害と、
未確認兵器の使用。
戦況への影響は限定的。
だが、
実際には――
この夜、
二人の男が、
互いの存在を刻みつけた。
名も、
言葉も、
交わさぬまま。
そして、
二年半後。
灰の街で、
彼らは再び――
同じ方向を向くことになる。
――次回更新:1月11日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、065話「歴史に刻まれた夜 ― 無音の夜事件 終結」――
をお楽しみに!




