060話 敵総司令ヴァルキアス ― 無音に立つ者
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戦争には、
必ず“顔”が必要になる。
理由は単純だ。
人は、
理解できないものより、
理解できそうな敵を欲しがる。
災害のように人が死ぬ戦場では、
誰か一人を“原因”にしなければ、
正気を保てない。
この夜、
ガリレア砂漠で現れた男は――
後に、
そうして“顔”を与えられた。
敵総司令ヴァルキアス。
だが、
彼は英雄でも怪物でもない。
ただ、
この戦争に“最も適応した人間”だった。
――ガリレア砂漠戦線・崩落地帯外縁
時刻 23時51分
崩落後の戦場は、
音が戻っていないにも関わらず、
異様な静けさに包まれていた。
死体の山。
沈んだ装甲車。
崩れた砂丘。
それらを見下ろすように、
一人の男が立っていた。
黒い外套。
装甲は最小限。
武器は、長い刃一本。
――敵総司令、ヴァルキアス。
彼は、
無線も、指揮官席も持たない。
ただ、
前線の最前列に立つ。
ノアは、
その存在を“見た瞬間”に理解した。
(……こいつだ)
無音領域の“中心”が、
人の形を取った。
「……止まれ」
ノアは、ヴァルキリー8を制止する。
エンフィールドが、
わずかに首を傾げる。
(……一人?)
敵は、
たった一人。
だが――
その男の周囲だけ、
砂が“動いていない”。
風も、
振動も、
すべてが避けている。
(……空間把握能力)
ノアは、
背筋に冷たいものを感じた。
ヴァルキアスは、
ゆっくりとこちらを見る。
目が合う。
その瞬間、
ノアは“撃てない”と直感した。
(……当たらない)
距離は、二十メートル。
近すぎる。
だが、
近接戦闘に入る判断も、できない。
(こいつ、全部読んでる)
ヴァルキアスが、
刃を構える。
次の瞬間――
ノアは、
死んだと思った。
視界が、
一瞬で切り替わる。
踏み込み。
斬撃。
速さではない。
無駄が、存在しない。
ノアは、
反射で刃を合わせる。
――金属がぶつかる。
音はない。
だが、
衝撃が腕を痺れさせた。
(……重い)
ヴァルキアスは、
一歩も下がらない。
ノアの刃を受け、
そのまま押し返す。
(……技術だけじゃない)
力でもない。
速度でもない。
戦場そのものを理解している。
エンフィールドが、
側面から仕掛けようとする。
だが――
ヴァルキアスは、
振り向かない。
それでも、
エンフィールドの刃は届かなかった。
(……回避してない)
違う。
最初から、そこにいない。
ノアは、
はっきり理解した。
(この男、
無音領域の“歪み”を
自分の動線にしている)
攻撃が来る前に、
“当たらない場所”に立つ。
それを、
意識せずにやっている。
ノアは、
一歩下がった。
ヴァルキアスも、
同時に距離を取る。
――初めて、
互いの間に“間”が生まれた。
ヴァルキアスが、
口を開いた。
声は、
かすかに“空気を揺らした”。
「……なるほど」
ノアは、
言葉を返さない。
ヴァルキアスは、
興味深そうにノアを見る。
「貴様が、この夜を生き残る“核”か」
ノアは、
刃を下げない。
(……喋る余裕がある)
それが、
何より危険だった。
「無音の夜は、まだ序章だ」
ヴァルキアスは、
淡々と言う。
「人は、音を失えば混乱する」
「だが――」
「次は、“判断”を失わせる」
その言葉に、
ノアの内側で警鐘が鳴る。
(……段階がある)
この夜は、
実験だ。
ヴァルキアスは、
一歩、後退した。
それと同時に、
周囲の歪みが、わずかに変わる。
(……消える)
ノアが踏み込もうとした瞬間、
ヴァルキアスの姿は――
いなかった。
逃げたのではない。
消えたのだ。
その場に残ったのは、
砂の上に刻まれた、
一つの足跡だけ。
エンフィールドが、
低く言う。
「……あれ、人間か?」
ノアは、
足跡を見つめながら答えた。
「人間だ」
そして、
はっきり続ける。
「だからこそ――」
「この戦争は、まだ終わらない」
――同時刻、砂丘上。
アシュレイは、
遠距離からその一部始終を見ていた。
狙撃距離。
だが、
引き金を引けなかった。
(……当たらねぇ)
“撃てない相手”がいる。
それを、
初めて理解した。
スコープ越しに、
ノアが立っている。
その前にいた“何か”。
(……あいつが、敵の中心か)
アシュレイは、
静かにライフルを下ろした。
(……次は、もっと地獄になる)
それでも――
逃げる気はなかった。
無音の夜《第二段階》。
それは、
人が“戦争を設計する側”に立った瞬間だった。
そして、
ノアとアシュレイは、
同じ敵を見た。
まだ、言葉も交わしていないのに。
――次回更新:1月3日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、061話「無音装置の正体 ― 国家の裏切り」――
をお楽しみに!




