052話 戦場の地図 ― 無音領域の存在
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ーーー無音は、ただの静けさではない。
音がないことで、戦い方が壊れ、判断が壊れ、恐怖が増幅する。
だがさらに悪いことに――敵はこの現象を“使いこなしていた”。
無音領域は自然現象ではなく、意図的に作られた歪み。
そして、その中で人は撃たれも斬られもせず、
まるでスイッチを切られたように倒れていく。
この夜、ノアとアシュレイはまだ名前も知らないまま、
同じ異常を同じ速度で理解し始める。
“無音の夜”は、静かに本番へ向かっていた。ーーー
――ガリレア砂漠南部・第七砂丘帯。
夜明け前。
本来なら、最も戦闘が激化する時間帯だった。
砲撃、無線、怒号。
砂漠は常に“音で満ちる”場所だ。
だが――この場所には、それがなかった。
「……静かすぎる。」
ヴァルキリー8の一人、タリヤが小さく呟く。
足元の砂を踏みしめても、音が鈍い。
ノアは膝をつき、地面に手を当てた。
砂の粒子が、風に流される“気配”だけが伝わる。
「完全な無音じゃない。」
「“遅れている”だけだ。」
レインが振り向く。
「どういう意味だ?」
「音が消えてるんじゃない。」
ノアは淡々と続ける。
「伝達が歪められてる。
空気振動が、どこかで削がれてる。」
エンフィールドが眉をひそめる。
「そんなこと、できるのか?」
「理論上はな。」
ノアは地図端末を起動した。
「広範囲じゃない。
……“点”だ。」
地図上に、複数の歪みが表示される。
直径およそ800メートル。
それぞれが不規則に配置されている。
「無音領域。」
ノアが言った。
「誰かが、意図的に作ってる。」
レインは短く息を吐いた。
「つまり、ここに来た部隊は――」
「気づいた時には、もう遅い。」
ノアが言葉を継ぐ。
「音に頼る戦い方をしてる部隊ほど、死ぬ。」
沈黙。
それは“無音”とは違う、理解の間だった。
――同時刻、右翼戦線。
アシュレイ・ケインは、砂丘の影に身を伏せていた。
スコープ越しの世界は、異常だった。
敵影が見える。
距離も分かる。
引き金を引けば、当てられる。
だが――
「……距離が、合わねぇ。」
弾着が、必ず数センチずれる。
風でも、重力でも説明できない。
無線を入れる。
「こちらケイン。距離補正に異常あり。
誰か、同じ症状出てないか?」
返答がない。
いや――
“返ってこない”のではない。
無線のランプは点灯している。
だが、音がない。
アシュレイは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「……音が、消えてる?」
次の瞬間だった。
味方部隊の先頭が、突然崩れ落ちた。
爆発はない。
銃声もない。
ただ、立っていた兵士が、
次の瞬間には地面に伏している。
「伏せろ!!」
叫んだはずだった。
だが、自分の声すら聞こえない。
アシュレイは歯を食いしばり、
視覚だけを頼りに状況を読む。
(……何が起きてる。)
倒れた兵士の身体に、外傷はない。
血も出ていない。
――まるで、内部から“切断”されたように。
その時、スコープの端に“動き”が映った。
砂嵐の奥を、異常な速度で進む影。
統制の取れた動き。
無音領域の中でも、迷いがない。
(……さっきの部隊。)
アシュレイは、気づかぬうちに息を止めていた。
――ヴァルキリー8。
「敵が、無音領域を“使いこなしてる”。」
ノアの声は低い。
彼の視線は、倒れた味方兵に向いていた。
「音に頼らない戦闘訓練を受けてる。」
「しかも……慣れてる。」
レインが言う。
「つまり、実験場ってわけか。」
「そうだ。」
ノアは断言した。
「この戦場は、“試されてる”。」
ガルシア兄が拳を握る。
「誰が?」
ノアは、少しだけ間を置いて答えた。
「……人間だ。」
彼は空を見上げる。
夜明けの空は、静かすぎるほど穏やかだった。
「兵器じゃない。」
「思想だ。
“人を、音もなく殺せる戦争”を作るための。」
その時。
遠くの砂丘で、
一筋の閃光が走った。
音はない。
だが、確実に“狙撃”だった。
ノアは、その方向を見る。
アシュレイは、その瞬間、
スコープ越しに“前線を切り裂く影”を捉えていた。
互いに名前も知らない。
顔も見えない。
だが。
同じ異常を、
同じ速度で理解した二人は――
この夜、
同じ戦場を生き延びる側に立った。
砂漠に、完全な夜が訪れる。
やがて、この現象は
人類史に、こう記される。
――ガリレア砂漠戦線《無音の夜》。
その始まりは、
誰にも気づかれないほど、静かだった。
――次回更新:12月26日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、053話「無音の夜《第一段階》」――
をお楽しみに!




