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ゼロバレット  作者: 水猫
ーーガリレア砂漠前線ーー(過去編)
49/74

049話 開戦前夜 ― ガリレア砂漠へ

『ゼロバレット』の世界観やキャラ画像はこちら ↓


作者X(Twitter)で公開中!


https://x.com/MizunekoZeroB

開戦前夜。

ガリレア砂漠は昼は灼熱、夜は極寒。

だが本当に恐ろしいのは気温ではない。

戦線が「崩れる」のではなく、部隊ごと「消える」――

そんな報告が、現実になり始めていた。

連合軍の切り札《ヴァルキリー8》が輸送機で降下する頃、

右翼の砂丘には一人の狙撃手――アシュレイ・ケインが伏せている。

まだ誰も知らない。

この夜が“無音の地獄”の始まりになることを。




 ――熱い。


 輸送機の床から、じりじりとした熱がブーツ越しに伝わってくる。

 外気温、昼間五十度。夜は一気に十度まで落ちる。

 そこが、ガリレア砂漠戦線だった。


 機内の照明は最低限。

 揺れるカーゴの中で、八人の兵士が無言のまま座っていた。


 ノアは壁にもたれ、膝の上のライフルを指先で軽く叩く。

 軍支給の標準ライフルではない。

 彼専用に改造されたカスタムモデル《ヴェイルライン》だ。


(……また、“終わってる戦場”に送られるわけか)


 天井の鉄板越しに、遠くの爆音がかすかに震えとして伝わってくる。

 ここから数百キロ先。

 国家連合軍とガリレア自治政府の主戦線が、すでに二年近く続いていた。


 死者、四百万突破。

 その半数以上が、砲撃と空爆による「面制圧」で死んでいる。


 横合いから、低い声がした。


「なぁノア。聞いたか?」


 ノアの向かいで腕を組んでいるのは、灰色の短髪に傷だらけの男――

 エンフィールド・ハルド。ヴァルキリー8の“盾”だ。


「何を」


「今回の前線、歩兵師団が三つ消えてる。まるごと、だ」


 ノアは視線だけを向ける。


「……砲撃か?」


「違うさ。遺体の回収報告がない。連絡も、最後の一報を境にぷつりだ」


 隣で、短髪の少女が顔をしかめた。

 ガルシア・ユナ。弟と共に前衛を担う、“双牙”の片割れだ。


「部隊まるごと消えるって何それ。ホラー?」


 ユナの肩に寄りかかるようにして座っていた弟・ガルシア・リオが、眠たそうに呟く。


「ホラーならまだマシだろ。悲鳴ぐらい聞こえるし」


 会話を聞いていた女軍医タリヤが、小さくため息をついた。


「縁起でもないこと言わないでくれる? こっちは死体のほうを担当するんだから」


 その後ろには、無口な狙撃手カロル、爆破専門のリザ、電子戦担当のレインが控えている。

 八人――《ヴァルキリー8》。


 世界ランキングトップ百に名を連ねる化け物たちを、

 「戦争を終わらせるための道具」としてかき集めた、連合軍の切り札部隊。


 この部隊に配属された時、ノアはすでにランキング二九位だった。

 最年少の二一歳で、だ。


 やがて、機内に割れた音が走る。


『――こちら司令部。ヴァルキリー8は聞こえるか』


 レインがヘッドセットに手を当てる。

 栗色の長い髪を後ろで束ねた彼女が、この部隊の隊長だ。


「こちらヴァルキリー8、隊長レイン・クロード。受信良好」


『これより、ガリレア砂漠中部《第七戦域》へ展開してもらう。

 現地の状況はすでに壊滅的だ。前線は崩壊、戦線は事実上消滅している』


 ユナが舌打ちした。


「それ、戦線って言わないよね」


『……正しい。だが現場からすれば、そんな言葉遊びはどうでもいい』


 司令部の声は乾いていた。

 数十万単位の損耗を聞き慣れた声音。


『第七戦域の推定死者数、三週間で約八十万。

 現在も、自治政府側の砲撃と無差別攻撃が続いている。

 お前たちの任務は――』


 一瞬、通信がノイズ混じりに揺れた。


『――“これ以上、死者を増やさないこと”だ』


 ノアは瞼を閉じる。

 そんな曖昧な命令は、戦場では何の役にも立たない。


 だが、命令の続きは現実的だった。


『ガリレア南部で、不明の戦術現象が確認されている。

 局地的に“音が消える”現象だ。砲音も、通信も、歩兵の声も、一切聞こえなくなる』


 タリヤが眉をひそめる。


「鼓膜をやられる兵器?」


『現地での報告では、意識障害はなく、聴覚器官にも明確な損傷は確認されていない。

 ただ、“一定区域の外に出ると音が戻る”』


 エンフィールドが肩を鳴らす。


「つまり、“音だけが殺される場所”があるってことか」


『軍本部は自然現象――砂嵐の影響と発表している』


 レインがすかさず食い込む。


「“軍本部は”、ね。あなたは?」


 数秒の沈黙。


『私個人としては、兵器と考えている。

 だが、上は認めたがらん。お前たちの仕事は公式には“敵特務部隊の掃討”だ』


 リザが小さく笑った。


「いつも通りってことね。やることは同じ」


『そうだ。――ヴァルキリー8』


 司令官の声が僅かに低くなる。


『お前たちは、連合軍がまだ“勝ち筋がある”と信じている証拠だ。

 だが、勘違いはするな。英雄扱いされるために送られるんじゃない。

 ……これ以上、愚かな死者が増えないよう、“必要なところだけを殺す”ために行く』


 レインが短く応える。


「了解。必要なところだけを殺す、それが私たちの役目」


 通信が切れ、機内の静寂が戻る。


 ユナが隣の弟の肩を軽く小突いた。


「聞いた? “必要なところだけ”だってさ」

「俺ら、すごい包丁みたいな扱いだな」


 タリヤが薬品ケースを閉めながら言う。


「でも、包丁を持たないと料理はできない。……そういうことでしょ」


 レインは立ち上がり、全員の顔を順番に見渡した。


「改めて、任務を確認する」


 彼女の声は静かだが、よく通る。


「ここから三時間後に、第七戦域の後方基地アル・レシフに降下。

 現地で簡易ブリーフィングを受けたあと、前線へ移動。

 最優先目標は“無音領域”の正体の確認と、その原因の排除」


 エンフィールドが片手を挙げる。


「敵は?」


「ガリレア自治政府正規軍、ならびに傭兵連合スコーチド・ハンド

 ……それと、詳細不明の“特殊部隊”」


 その言葉に、ノアはわずかに目を細めた。


「特殊部隊?」


 レインは頷く。


「ファンネル隊――連合側の精鋭百名が、一晩で全滅してる。

 痕跡は少ない。爆発も、銃痕も、大規模な白兵戦の形跡もない。

 死因は“全身の神経焼損”」


 タリヤが短く息を飲む。


「……焼損?」


「医学的説明は後で聞かせて。いずれにせよ、まともな死に方じゃない」


 リザが指先で爆薬のケースを弾く。


「こっちもまともな連中じゃないから、おあいこでしょ」


 笑いがわずかに漏れる。

 その中で、ノアだけは黙ってライフルのボルトを引き、滑りを確かめていた。


(神経焼損……銃も爆薬も使わずに百人を殺せる兵器。

 “無音”といい、それを自然現象と言い張る軍本部といい――)


 嫌な予感しかしない。


 だが、それを言葉にすることはなかった。

 それがこの世界の“兵士”という職業だ。


 ――その頃。


 ガリレア砂漠戦線・右翼前線陣地。


 砂で半ば埋もれたコンクリートバンカーの上に、一人の男が寝そべっていた。

 銀髪、灰色の目。砂漠用のロングスコープ付きライフルを構える。


 アシュレイ・ケイン。


 彼の所属する傭兵部隊グレイハウンズは、

 右翼前線の火力支援を請け負っていた。


 副官が無線で叫ぶ。


『アシュレイ! 第三中隊が前進を要請してる! 援護は――』


「聞こえてる」


 短く答え、アシュレイはスコープを覗き込む。

 炎と砂煙の向こう、点のように動く影が見える。


(……こっちも、随分“終わってる戦場”だな)


 彼のライフルが火を噴く。

 敵の機関銃手の頭部が、血も音も盛大に飛び散ることなく、ただ砂に崩れた。


 まだ、音はあった。

 砲声も、怒号も、爆発も。


 このときアシュレイは、

 この戦場に「音がなくなる夜」が来るとは、まだ知らない。


 そして、数百キロ上空の輸送機の中で、

 ノア・アルトもまた、

 自分がこれから二度と忘れられない戦場へ降りていくことを知らない。


 ただ一つ確かなのは――


 この夜を境に、ガリレア砂漠戦線が“歴史の教科書に載る戦争”へと変わる、ということだけだった。




――次回更新:12月23日17:30公開予定


ブクマ・評価・感想が励みになります。


『ゼロバレット』続編、050話「戦場の地図 ― 名もなき部隊の正体」――


をお楽しみに!


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