048話 無音の夜 ― ノア視点③ 地獄の中心
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ガリレア砂漠戦線――中央突出部。
砲声も怒号もあるはずの戦場で、音だけが剥ぎ取られた。
誰もが混乱し、誰もが“死に方”すら理解できないまま倒れていく。
その中心へ向かっていたのは、八人の切り札《ヴァルキリー8》。
そして、その中核にいる青年――ノアは、
この夜が“戦争のルールそのもの”を変える前兆だと、すでに気づいていた。
――ガリレア砂漠戦線・中央突出部
時刻 22時02分。
“音のない世界”に、
またひとつ、炎が上がった。
炎は確かに燃えているのに、
パチパチという音も、爆ぜる衝撃もない。
ただ、揺れる光だけが戦場の輪郭を照らしていた。
ノアは砂の上を走りながら状況を俯瞰する。
視界は悪い。
砂嵐は止まらず、照明弾は溶けて空に吸い込まれていく。
だが――こういう混沌の中こそ、
ノアは異様なまでに“静か”だった。
(敵の動きが変わった……。)
さっきまで乱雑だった敵軍の動線が、
急に整理されている。
“音がない”ことに適応し始めたのだ。
これが死者数を500万人規模に押し上げた
『無音の夜』の本質だった。
◆◆◆
ノアが砂丘を駆け上がると、
ヴァルキリー8の一人――エンフィールドの姿が見えた。
闇の中で、黒い刃だけが淡い光を帯びている。
敵兵が四人、背後から襲いかかろうとしていた。
――だが、エンフィールドは振り返らない。
その必要すらなかった。
ノアに気付くより早く、
四つの影は地面に崩れ落ちる。
(……相変わらずだな。)
ノアが近づくと、
エンフィールドは煙草を口にくわえたまま言う。
「中央陣地の東側、片付けた。
あと七十名ほど残っているが……」
エンフィールドの目だけが、わずかに細くなる。
「敵の動きが変だ。
まるで“何かを中心に集まっている”ように見える。」
ノアは事前に奪った地図を見せた。
「おそらく……この地点だ。」
それは――
“中央前線のさらに奥”。
敵の補給線が集中する場所。
(……ここが核心。でも何がある?)
そう考えながら、ノアは刃に付いた血を払った。
エンフィールドが小声で言う。
「……ノア。
お前、さっきのテントで何かを見たろ。」
ノアは答えない。
ただ、ほんのわずかに首を振った。
(核心はまだ確定できない。)
ノアの癖をエンフィールドは知っている。
それ以上は聞いてこなかった。
◆◆◆
戦場の別方向。
砂の壁の裏で、重い影が座っている。
――ガルシア兄。
脚を撃ち抜かれ、タリヤが治療していた。
妹のガルシアが周囲を警戒しながら兄の肩を押さえている。
タリヤが治療器を取り出し、無音で手早く処置をする。
ノアは近づき、状況を確認した。
「動けるか?」
ガルシア兄は苦笑し、
無音の中で喉を震わせる。
(……動ける。だが走れねぇ。)
タリヤがノアを見た。
「敵の狙撃兵が増えてる。
無音で回避行動の予測がしやすくなってるみたい。」
(やはり……敵は適応している。)
ノアは深く息を吸って、判断を下した。
「ガルシア兄はここに残り、妹とタリヤで護衛。
エンフィールド、俺と来い。」
「了解。」
ノアは振り向き、
遠くの砂丘を見上げた。
そこには――
遠距離支援を続ける一つの影。
アシュレイ。
あの距離から、
無音・砂嵐・照明弾消失・熱気乱流の中で
ノアに合わせて撃つ狙撃……普通じゃない。
(……本当にお前は化け物だよ。)
まだ出会っていないが、
ノアには“背中”で分かった。
アシュレイの狙撃は、
敵の重火力を完璧に封じ込めている。
“音がなくても、意思は届く”。
ノアとアシュレイの初共闘は――
まだ“無意識の領域”だった。
◆◆◆
――中心へ向かう。
ノアとエンフィールドは砂丘を抜け、
敵の中心点へ迫っていく。
途中、カロルとリザが前衛を処理している姿が見える。
リザの槍が砂煙を切り裂き、
敵兵が十名まとめて崩れ落ちる。
カロルは全身に血を浴びながらも、
笑みを浮かべて銃を撃ち続けている。
(こいつらまじやべぇな。)
だが――
これでもまだ“ヴァルキリー8の半分の力”でしかない。
◆◆◆
ノアが砂壁の角を曲がろうとした瞬間――
視界の端に影が走った。
反射的に身を低くし、
胸の前に刃を掲げた瞬間。
――鉄音。
無音の世界でも、
ノアにはその“衝撃だけ”が分かった。
敵の斧がノアの刃に当たる寸前、
エンフィールドの黒刃が横から敵の首を落とした。
(流石だ。)
エンフィールドが顎で前を見る。
「そこだ。」
砂煙が切れ、
視界が開ける。
中央に――
巨大なテント。
その前には重装兵五十名。
装甲車数台。
迫撃砲の影。
(……なるほど。ここが中心か。)
エンフィールドが低く息を吐く。
「ノア。
どちらをやる?」
「全部だ。」
ノアは迷わず言い切る。
エンフィールドは短く笑った。
「……なら、俺が側面を取る。
十秒後に動け。」
(十秒か……十分だ。)
ノアは刃を握り直し、
足場を固めた。
――10
――9
――8
砂の粒が落ちるほどの静けさ。
――3
――2
――1
0の瞬間。
世界が動き出した。
ノアは砂を蹴り、
前へ。
前へ。
前へ――最速で走る。
エンフィールドは逆方向から影のように動いた。
重装兵たちが気付いて銃を向けるが……
(間に合わない。)
ノアの速度は、
“人間の反応時間を超える”。
刃が閃き、
首が一つ飛ぶ。
胴体が二つ裂ける。
銃弾が頬を掠め、
ノアはわずかな角度で避ける。
無音の世界で、
自分の呼吸だけが響く。
(……速い。俺でも制御がギリギリだ。)
それでも止まらない。
――そのとき。
背後から閃く一発の光。
アシュレイの弾だ。
ノアを狙う敵狙撃兵の頭を、
スコープ越しに撃ち抜いた。
(助かる。)
ノアは前へ跳んだ。
装甲車の影から重装兵二名が出てくる。
ノアは一旦伏せ、
地面に手をつき、
跳躍。
敵兵二名の首に刃を滑らせる。
その瞬間、
エンフィールドが側面から重火力陣地を破壊した。
鉄板が舞い上がり、
炎の光が戦場を照らす。
◆◆◆
残ったのは――
中央のテントだけ。
ノアは呼吸を整え、
刃を構えた。
エンフィールドが隣に立つ。
「……ノア。」
「分かってる。」
二人は同時に駆け出した。
テントの幕を切り裂き、中へ飛び込む。
そこにいたのは――
作戦司令官でも、
通信兵でもなかった。
“ファンネル”と呼ばれる特殊部隊。
フルフェイスの防弾マスクを着け、
ナイフと小銃を持つ近接暗殺部隊。
十五名。
(……ここか。こいつらが“無音の夜”の中心だ。)
ノアは刃を構え――
前へ。
ファンネルが全員一斉に動く。
音がないのに、
殺気だけが喉を刺すほど鋭い。
エンフィールドとノアは無言で分かれ、
左右から切り込む。
ノアは一人目の胸を刺す。
二人目の腕を斬り落とす。
三人目はナイフを投げてくるが、
ノアは体をひねって避ける。
(……強い。)
同じ条件なら
普通の部隊では絶対勝てない。
だが。
ノアは三秒で七人倒し、
エンフィールドも同じタイミングで八人を制圧した。
最後の一人が逃げようとした瞬間、
ノアは背後に回り込み、
首元に刃を添えた。
(終わりだ。)
そのとき――
敵兵の胸から、
小型装置が落ちた。
ノアは拾い上げ、目を見開く。
(“音響抑制装置”。しかも……複製体の技術?)
エンフィールドが低く呟く。
「ノア……まさかこれは……」
ノアは装置を握りつぶし、言う。
「――これが“無音の夜”の始まりじゃない。
もっと大きな何かの“前兆”だ。」
外の戦場で、
アシュレイの狙撃がまた光る。
ノアはその光を見て、
深く息をついた。
(……お前も気づいてるんだろうな。)
ガリレア砂漠戦線は、
この夜を境に大きく動き出した。
全ての“異変”は、
後のザラキエル事件へとつながっていく。
――次回更新:12月22日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、049話「開戦前夜 ― ガリレア砂漠へ」――
をお楽しみに!




