045話 砂漠の呼吸 ― アシュレイ視点③
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――ガリレア砂漠戦線・北部千砂丘帯。
時刻 19時21分。
無音の夜が始まって、
すでに40分以上が経過していた。
人間は「音」がないと、
自分の身体の位置すら分からなくなる。
呼吸が浅くなり、鼓動だけが逆に大きく感じる。
精神が削られ、判断力も鈍る。
だが――
アシュレイ・ケインは、その“異常”を武器に変えていた。
耳が聞こえない代わりに、
指先の感覚、肌を打つ砂の温度、
スコープ越しの揺らぎ――
その全てが研ぎ澄まされていた。
「……風速、ゼロ。
気温、23度。
距離……たぶん1800。」
彼は、砂丘の陰から身を乗り出す。
敵陣の中心部は、すでに火柱の連続で光が不規則に瞬いていた。
(まるで……戦場の心臓が暴れてやがる。)
砲撃部隊は沈黙。
車両隊も壊滅。
残るは歩兵数千と、中距離ミサイル隊。
本来なら、
この規模の戦力を崩すには“軍団”が必要だ。
一個師団でも足りない。
しかし――
「ある影」が、戦局を狂わせていた。
アシュレイは気づいていた。
さっきから、敵の配置が異常に早く崩壊している。
歩兵が逃げ惑い、砲兵は指揮を失い、
中隊規模の集団がどんどん中央へ吸い寄せられるように破壊されていく。
(……誰かが中央を抜いてる。)
その速度は尋常ではなかった。
人間の動きではない、とすら思えた。
しかしアシュレイは、
砂の震え方でそれが“人間”だと悟る。
(重心が低い……走り方が軍人のそれだ。
爆発のタイミングも、処理が早すぎる。
……あいつ、たぶん“トップランカー”だな。)
世界ランカー上位――
ノア・アルト(当時ランキング29位)。
だがアシュレイはまだ、その名を知らない。
ただ、遠くで“同じ呼吸で戦う戦士”を感じていた。
(……いい。
なら、俺は俺の役目を果たすだけだ。)
彼はスコープを覗き込み、
敵の指揮官席を狙う。
砂嵐のせいで照準はぶれる。
距離が遠いほど誤差は致命的だ。
が――
(この夜なら、撃ち抜ける。)
音がないからこそ、
反動も呼吸も、身体の“揺れ”が逆に分かる。
耳がないぶん、世界がスローモーションのように感じる。
アシュレイは引き金を引いた。
――光だけの閃き。
指揮官の頭部が炎上し、
周囲が雪崩のように崩れだす。
(よし、これで中央は完全に混乱状態だ。)
彼が次の獲物を探す、その瞬間。
――砂丘の向こう側で、巨大な爆炎が上がった。
身を伏せ、双眼鏡を構える。
砂煙が晴れたとき、そこに見えたのは――
ひとりの兵士が、敵の小隊を瞬時に沈めていく姿。
(……また、あいつだ。)
影のように速い。
動きは流麗で、重心がぶれない。
敵弾を読むように最小限でかわし、
刃の光だけが砂漠に残る。
アシュレイは息を呑んだ。
(……なんだ、その動き。)
世界ランカー上位――
その言葉を知らずとも、
圧倒的な“質”を感じる。
当時のアシュレイのスキルは十分一流だった。
遠距離狙撃なら、ほぼ世界トップクラス。
だから、分かる。
(あいつは……この前線の“要”だ。)
銃を握る手に、知らず力が入った。
――そこへ。
遠方の敵通信塔が、起動しかけているのが見えた。
(まずい。通信を復旧されたら……大部隊が押し寄せる。)
アシュレイは即座に照準を合わせる。
――しかし。
砂嵐が吹き荒れた。
距離は2400メートル。
着弾まで3.1秒。
通常なら外す。
ここを外せば、戦線は逆転される。
(……あいつが前にいるなら、俺は後ろを守るしかねぇだろ。)
アシュレイは撃った。
光が走り、
砂漠に弧を描き――
通信塔の制御盤を一発で貫いた。
爆炎が上がる。
(っしゃ……ッ!)
だが、その直後。
砂塵の向こうで“白い影”が一瞬、彼を振り返った。
ほんの一瞬。
三百メートル彼方。
シルエットだけ。
しかしアシュレイは確信した。
(……見てたな、俺の射撃。)
影の戦士はすぐに消え、
再び敵陣へ消えていった。
(なんだよ……その動き。
そんな戦い方、聞いたこともねぇわ。)
でも心のどこかで、
アシュレイは笑っていた。
(……面白ぇ。
この夜、俺とお前は知らずに“連携”してる。)
彼らは互いを知らず、
声も届かず、
顔すら見えない。
だが、
世界のど真ん中で
“同じ呼吸で戦っていた”。
それが、
《無音の夜》の核心だった。
――その夜、
たった2名の兵士が、
敵軍10万人規模の部隊の“心臓”を同時に破壊した。
後に世界が震撼する
《Silent Night(無音の夜)》事件。
そして。
翌日の戦場記録には、
破壊された戦線の中央に――
2人の味方兵士が残した“靴跡”があった。
足跡は、
数百メートルだけ
ほぼ“同じ方向”を向いていた。
互いをまだ知らないまま。
だがそれこそが、
ノアとアシュレイの『最初の共鳴』だった。
――次回更新:12月9日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、046話「無音の夜 ― ノア視点①」――
をお楽しみに!




