044話 無音の夜 ― アシュレイ視点②
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――ガリレア砂漠戦線・北部千砂丘帯。
時刻 18時42分。
太陽が沈み、砂漠の温度が急激に下がった。
昼間は灼熱、夜は氷点下に近い。
戦場の夜は、光よりも音が支配する。
アシュレイは崩れた古代遺跡の影に身を潜め、
支給された乾いた缶コーヒーをひと口飲んだ。
(……甘ぇ。最悪の味だ。)
だが、その甘さが眠気の中枢を刺激してくれる。
今日だけで、彼はすでに30人以上を撃っている。
通信兵、狙撃手、後衛指揮官、衛生兵――
戦争とは、時に“殺すべきではない者さえ殺させる”。
(……慣れたつもりでいたが、慣れなんてねぇな。)
風が吹き、砂煙が舞い上がる。
その背後で、味方の傭兵隊の無線が割り込んだ。
【ケイン!敵の砲兵隊が西から移動してる!
距離は3000!お前の射程だろ!?】
「バカ言え。今の砂嵐じゃ3000は無理だ。
……だが、やるしかねぇか。」
アシュレイはライフルの脚を砂に深く押し込み、
スコープを覗く。
だが――砂嵐で視界は白。
熱源も、光も、音すら不規則。
(……やっぱ、何も見えねえ。)
彼の任務は、常に“無理難題”だった。
傭兵部隊ゆえ、政府軍からの扱いも雑で、
「できなきゃ死ね」という作戦が日常にあった。
アシュレイはゆっくりと呼吸を深くし、
砂の振動を耳で拾う。
(……左右へ2秒周期の揺れ。
車両の重量は平均15~20トン……3両以上。
……砲兵隊の移動だ。)
地面の“響き”は、彼にとって視覚と同じだ。
無音でも分かる。
見えなくても分かる。
(……なら、撃てる。)
アシュレイは引き金に指をかける。
――その瞬間だった。
世界から“音”が消えた。
(……え?)
風の音が止み、
砂の粒のぶつかる感触も消えた。
自分の心臓の音さえ――聞こえない。
(……故障か?)
イヤホンを外す。
無線機の電源を切る。
それでも――音は戻らない。
砂漠の夜が、
突然“音のない世界”に変わった。
(……これは、異常だ。)
アシュレイは焦った。
狙撃手にとって“音”は命綱だ。
音で距離を測り、
音で敵の位置を推定し、
音で呼吸とリズムを整える。
音がないということは――
すなわち、“死角だらけの世界”だ。
しかし。
アシュレイの中で、別の感覚が研ぎ澄まされていく。
音が失われたせいで、
視界の揺れも、銃のブレも、呼吸も――
“余計な情報”が消えた。
(……集中できる。)
人間の脳は、取り巻く情報が少ないほど、
必要なものに集中する。
アシュレイは、静かに照準を合わせた。
砂嵐の奥――
熱源の“揺れ”を、わずかな影で捉える。
彼は悟った。
(――これ、撃てる。)
音がなくても、撃てる。
むしろ“無音のほうが良い”。
アシュレイの脳は、限界を超えて働き始めていた。
彼は息を止め、
まるで世界の中心に自分だけが存在するような感覚で、
引き金を引いた。
――光だけの閃き。
そして数秒後、遠方で巨大な火球が上がった。
敵砲兵隊の弾薬車両が誘爆したのだ。
アシュレイは立ち上がり、砂丘を駆け下りる。
(……狙撃の音も聞こえないってのは逆に便利だな。)
無線は完全に死んでいる。
が、そんなことは問題ではない。
いま、砂漠全体が“音のない戦場”になる――
それが、
後に《無音の夜(Silent Night)》と呼ばれる事件の始まりとなる。
そして同時刻、
砂漠の中央走廊では――
(……誰だ?)
アシュレイは遠方の砂嵐の中、
“何かが動く”気配を感じた。
彼の視力では、
その姿を完全に捉えることはできない。
だが、分かる。
――あれは人間の動きじゃない。
まるで音を置き去りにしたような速度。
砂煙を切り裂き、
敵陣の中心へ一直線に踏み込んでいく影。
(……あいつ、さっきも見た。
後衛を壊滅させた瞬間――中央突破した“影”。)
アシュレイは、スコープ越しにもう一度見る。
敵陣のど真ん中。
砂埃と破壊の中、
ただ一つの白い光が動いていた。
それは――
(……まさか、単独で中央攻めてるのか?
正気じゃねぇ……いや、でも――)
アシュレイは無言でその影を見つめる。
(……戦ってる。俺と同じ“呼吸”で。)
二人の存在は、互いの名前も知らず、
同じ戦場で、
同じタイミングで、
全く違う場所から“敵の心臓を撃ち抜いていた”。
それが、
二人の初めての共闘だった。
――まだ出会ってすらいないのに。
アシュレイは銃を握り直す。
(いいぜ……なら俺も、あの影に負けねぇように働く。)
無音の砂漠で、
二つの“化け物”が、知らぬまま肩を並べて戦っていた。
それが――
ゼロバレットの誕生へとつながる“最初の夜”。
《無音の夜》は、まだ始まったばかりだった。
――次回更新:12月7日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、045話「砂漠の呼吸 ― アシュレイ視点③」――
をお楽しみに!




