04話 二日間の道程
――ゴォォ……。
砂混じりの風が、赤茶けた大地を舐めるように吹き抜けていく。
ジープのタイヤが砂を巻き上げ、
乾いた音を立てながら、ひび割れた道を進んでいた。
陽光は容赦なく降り注ぎ、
空は白く滲み、遠くの地平線が陽炎で揺れている。
市場の喧騒を背に、
白いジープは“無音の荒野”へと踏み入っていた。
運転席にはカサンドラ。
その鋭い眼差しは砂煙の中でもぶれない。
助手席のソフィアは地図を広げながら、
時折、後部座席に目をやる。
そこにはネロとノア、そして――三匹の猫たち。
白猫はソフィアの膝の上で丸くなり、
三毛猫は荷袋の隙間に潜り込み、
黒猫はノアの足元で、車の振動に合わせて小さく喉を鳴らしていた。
「……こいつら、よく平気だな」
ネロがぼそりと呟く。
「外、四十度超えてるぞ」
「野良は強いのよ」
ソフィアが笑う。
「それに、戦場で拾った子たちだもの。逞しいわ」
ノアは黒猫を見下ろし、
指先でそっとその背を撫でた。
毛の感触が温かく、
それが妙に落ち着かせる。
「……柔らかい」
思わずこぼれた声に、ネロが口角を上げる。
「お前、初めて猫触ったのか?」
ノアは無言で頷く。
ソフィアは小さく笑い、
「人も猫もね、居場所があれば優しくなれるのよ」とだけ言った。
ジープは**ゴトンッ……ゴトンッ……**と岩を越え、
金属の軋みを上げながら進む。
昼過ぎ。
小さな集落に立ち寄った。
土壁の建物、軋む風車、
鍋から立ち上るスープの匂いが、乾いた風に混ざる。
「休憩にしましょう」
ソフィアが車を降り、
猫たちも一斉に外へ飛び出した。
白猫は水桶の縁に飛び乗り、
三毛は干された布の陰で毛づくろいを始める。
黒猫はノアの後をついて歩き、足元にすり寄ってくる。
「……懐かれてるわね」
カサンドラが微笑む。
「いや……ただ、俺が動かないから寄ってくるだけ」
「そう思うなら、それでいい」
カサンドラは短く答え、
周囲を見回しながら警戒を続けた。
ネロは木陰で胡坐をかき、
「……平和ボケしそうだな」と呟く。
「平和ボケしてもいいのよ」
ソフィアが水筒を差し出す。
「こういう時間を知らないまま死ぬのは、もったいないもの」
夕暮れ。
空が茜に染まり、風が少し冷たくなった頃、
再びジープは走り出した。
ネロがぐったりとシートにもたれ、
「……腹減った」と呟く。
「ちょうどいいわ」
ソフィアがバッグを漁り、小さな缶を取り出す。
「ほら、豆」
プシュッ――。
金属音と共に、塩気のある香りが漂う。
ネロがスプーンを口に運ぶと、
その匂いに釣られてノアの腹が小さく鳴った。
「……少し、もらっても?」
「おう、やる」
ネロが缶を投げる。ノアは片手で受け取った。
口に運ぶ。
豆の甘味と塩気が、
喉の奥に“生きている味”として染みた。
その足元で、黒猫がノアの膝を前足でちょんと叩く。
「……ほしいのか?」
ノアは豆を一粒、指で摘んで差し出した。
猫がそれをペロリと舐め、喉を鳴らす。
「……食った」
「お前まで猫に餌付けしてどうすんだ」
ネロが笑い、ソフィアが肩を揺らす。
「いいじゃない。家族が増えたみたいでしょ?」
ジープの窓の外――
太陽が砂丘の向こうへ沈み、
空が金から群青へと変わっていく。
夜。
風が冷たく、空は満天の星に覆われていた。
焚き火が**パチ……パチ……**と音を立て、
猫たちがその周りで丸くなっている。
ノアは焚き火に手をかざしながら、
小さく呟いた。
「……戦場以外で火を見るのは、初めてだ」
ソフィアは焚き火越しに微笑む。
「なら、これがあなたの“最初の平和”ね」
炎の赤が、ノアの頬を淡く照らす。
黒猫がその膝の上に乗り、
小さく喉を鳴らす。
その温もりに、ノアはわずかにまぶたを伏せた。
――ほんの少しだけ、笑みが浮かぶ。
ネロが寝転びながら呟いた。
「……猫もガキも、火のそばが好きだな」
カサンドラがその隣で微かに笑い、
「生き物はみんな、温もりに惹かれるのよ」と静かに答えた。
風が吹き、焚き火が揺れた。
ノアの視界がゆっくりと暗くなっていく。
耳に残るのは――焚き火の音、猫の喉の音、そして風。
そしてその夜の向こうに、
彼らの“居場所”となる拠点が、
山の上で静かに待っていた。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、05話「山の拠点と透き通る湖」――
をお楽しみに。