034話 選択と秤
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――上空三千メートル。
ヘリのローター音が、低く一定のリズムで響く。
ネロが黒のSUVを機体後部に固定し、ハッチを閉める。
港湾区の地表はもう霞の中、灰の煙がゆっくりと遠ざかっていった。
朝日が雲の隙間から差し込み、金属の外殻を淡く照らす。
ノアは窓際に座り、ぼんやりと地平線を見ていた。
隣ではアシュレイが腕を組み、足を投げ出している。
対面にはソフィア、ネロ、カサンドラ。
機内は静かで、戦いの直後とは思えないほど穏やかだった。
だが、その静寂の裏に、まだ張り詰めた空気があった。
やがて、ソフィアがその沈黙を破る。
「アシュレイ・ケイン。――確認しておきたいことがある。」
アシュレイが片目を開ける。
「また尋問か? もう血も指紋も提出したぞ。」
「形式じゃないわ。」
ソフィアの声は低く、しかし揺るがない。
「ゼロバレットに加わる理由を聞かせて。」
アシュレイは少しだけ笑みを浮かべ、窓の外を見た。
瓦礫の街が朝の光に照らされ、鉄骨の影が長く伸びている。
「理由か……」
彼は少し間を置いてから、静かに話し始めた。
「数年前の戦争で、俺は“ある部隊”にいた。
前線でゾンビみたいに押し寄せる敵兵と撃ち合って、
生き残るだけで精一杯だった。
その時――何度も俺の命を拾った男がいる。」
ソフィアが目を細める。
「それが……ノア?」
アシュレイは頷いた。
「そうだ。
あの地獄で、こいつは何度も俺を引きずって救った。
弾薬切れでも、包囲されても、いつもこいつがいた。」
ノアは小さく息をつき、微笑んだ。
「俺の記憶だと逆だったけどな。
お前の狙撃がなけりゃ、俺はとっくに死んでた。
――お互い様だよ。」
アシュレイがわずかに笑う。
「そう言える奴は、そう多くねぇ。」
一瞬、機内に柔らかな空気が流れた。
だが、ソフィアがすぐに表情を戻す。
「戦場の縁で命を繋げた。それは理解した。
でも、戦友だからといってゼロバレットに入れるわけじゃない。
――あなたは、“何のために”ここに来たの?」
アシュレイはまっすぐにソフィアを見る。
その瞳に軽薄さはなく、真っ直ぐな光があった。
「ノアがここにいるなら、俺もここにいる。
単純な話だ。
あいつが信じた組織が、俺にとっても信じる価値がある。
――それだけだ。」
ネロが肩をすくめる。
「感情論で動く兵士か。らしくねぇな。」
アシュレイは即座に返す。
「信頼は理屈じゃねぇ。
俺はデータじゃなく、戦場で見た背中を信じる。」
ノアが小さく頷いた。
「……あの時、俺たちは同じ場所で地獄を見た。
だからこそ、同じものを守る資格がある。」
短い沈黙。
ソフィアはその二人を見つめ、息を吐いた。
「……いいわ。
あなたの意志は確認した。
正式な登録は後で処理する。
ただし、ここで言っておく。
ゼロバレットは“正義”を掲げる組織じゃない。
均衡を保つために、秤を動かすだけ。」
アシュレイは薄く笑う。
「バランス、ね。
――気に入ったよ。あの戦争で、俺たちはそれを失ったからな。」
カサンドラが呟く。
「秤を戻すために、また戦うってわけね。」
ノアが静かに答える。
「神でも兵器でもない、“人”の秩序を取り戻すために。」
ネロが計器を見ながら口を開く。
「もうすぐ降下ポイントだ。
……ソフィア、こいつの扱いは?」
「暫定的に第八席補佐。」
ソフィアは即答した。
「戦闘班に編入。正式評価は次の任務後。」
「評価期間付きか。」
アシュレイが笑う。
「落とされたら、またフリーの傭兵に戻るかもな。」
「落ちることはない。」
ノアが言った。
「秤は、もう動いた。」
ソフィアが彼に目を向け、微かに笑う。
「……そうね。均衡は保たれた。」
カインの声が通信に入る。
『目的地到達。降下準備を。』
ヘリが減速し、地上の霧が近づく。
朝の光が灰の海を照らし、港湾区の残骸を黄金色に染めた。
ノアがヘルメットを被り、
アシュレイに視線を向ける。
「ようこそ、ゼロバレットへ。」
アシュレイは肩をすくめ、
「ああ、これからよろしくな。」と呟く。
ヘリが着陸する。
ローターの風が灰を巻き上げ、視界を白く染める。
彼らは拠点へ戻る前に、補給のため《市場区・第三区》へと降り立った。
――新しい秤が、静かに動き出す。




