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ゼロバレット  作者: 水猫
3/8

03話 白き影と金の刃

――ザァ……。

乾いた風が、崩れかけた建物の隙間を抜け、赤土の道をなめるように吹き抜けた。


太陽はまだ高くないが、すでに空気はじっとりと重い。

焼き立てのパンの香りに、獣の脂と香辛料が混ざり合う。

人のざわめき、笑い声、怒鳴り声、鉄鍋を叩く音。

この街で最も“栄えている”市場は、貧困と喧騒と熱気で溢れていた。


ノアは立ち止まり、キョロ、キョロと視線を巡らせる。

「……ここが、一番大きい市場…?」


「ええ、そうよ」

ソフィアは紙袋を抱えながら微笑んだ。

リネンのシャツ越しに汗を滲ませ、それでも彼女の笑顔は涼しげだった。


袋の中には乾パン、医療キット、缶詰、弾薬、そして猫の餌。

「拠点までは車で二日。途中で食料が切れたら困るもの」


「……戦地の補給と変わらないな」

ノアは小さく呟き、目を落とした。


その先――屋台の上で赤く光るリンゴ。

陽光を浴び、皮が艶めいている。

「……」


「食べたいのか?」

低い声が背後から降る。

ネロだ。


白のリネンシャツを第三ボタンまで開け、胸元に風を通しながら歩いてくる。

銀髪が陽に透け、白いシャツが砂埃をかぶって灰色に見えた。


「戦場帰りのガキは、甘いもんに弱いからな」


「……別にそういうわけじゃ」

ノアが言いかけた瞬間、ポンッと音を立ててリンゴが飛んできた。


「ほら、食え。俺が払っといてやる」

ネロは屋台の男に小銭を投げ、チャリン、カランッと乾いた音が響く。


ノアは一口齧った。

シャクッ。

果汁が弾け、乾いた喉を潤す。

「……美味い」


「だろ?」

ネロはリンゴをかじりながら、もう片方の手でアイスを舐めていた。


その姿を見たカサンドラが、カツ、カツとヒールを鳴らして近づく。

白いスーツ、首元の天秤のペンダントが汗に濡れた肌に張り付く。

「ネロ、歩きながら食べるな。行儀が悪い」


「いいだろ、どうせこの街じゃ誰も気にしねぇ」

「問題はそこよ」

カサンドラは溜息をつき、周囲を見回した。

子どもが泣き、商人が値段を叫び、陽炎の向こうで兵士が銃を抱えて歩いている。


「まるで……戦場の名残ね」

ソフィアが小さく呟いた。


「……でも、生きてる」

ノアの言葉に、ソフィアが優しく微笑む。

「そうね。戦場でも、日常は続くのよ」


買い物は続いた。


薬屋では、埃をかぶった瓶をリリスのリストと照らし合わせて確認する。

金属の棚が**ギィ……ギィ……**と軋むたび、粉塵が光を反射して舞った。


武具店では、錆びたマガジンの山からネロが手際よく使える弾を選び取る。

**カチ、カチッ。**金属が擦れる音が、不思議と落ち着く。


食料品店では、乾燥肉や粉末スープが次々と袋に詰められていく。

「こんなに買って、本当に積めるのか?」

ノアの疑問に、ソフィアはアイスを渡してウィンクする。

「心配しないで、積載は計算済みよ。途中で食べちゃえば軽くなるわ」


その冗談に、ノアの口元がわずかに緩んだ。


――その時だった。


ガラガラ……ッ。

路地裏の鉄製シャッターが開く音。

油の焼ける匂いと共に、低い笑い声が響く。


「おいおい……ゼロバレットの連中じゃねぇか」


刃物を手にしたチンピラたちが数人、行く手を塞いでいた。

ボロ布の服、油にまみれた髪。

「懸賞金付きの有名人を見逃すわけにいかねぇよなぁ」


ノアが反射的に身構えかける。――その瞬間。


「……面倒くせぇ」

ネロが吐き捨てた。


ピシィ……ッ。

空気が震えた。音も、匂いも、消えた。

見えない圧が広がり、チンピラたちの膝がガクンッと折れる。

刃物が**カラン……カラン……**と乾いた音を立てて転がる。


「俺の前で刃を抜くな。死にたくなきゃな」

その声は低く、湿った空気を震わせた。


全員が息を止め、次の瞬間――

ドドドドッ!

蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「やれやれ……」

カサンドラが額の汗を拭い、ノアの肩を軽く叩く。

「安心しなさい。あの男は普段だるそうにしてるけど、戦場じゃ一番頼りになるの」


ノアはアイスの棒を投げ捨て、空を仰ぐネロの背を見つめる。

――この人たちとなら、生き延びられるかもしれない。


乾いた風が吹き抜ける。

市場の喧騒の中、砂埃が舞い上がる。


こうして、都市での準備を終えた一行は――

山奥の拠点を目指し、二日間の長旅へと備えるのだった。

――次回更新:明日17:30公開予定


ブクマ・評価・感想が励みになります。


『ゼロバレット』続編、04話「二日間の道程」――


をお楽しみに。



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