029話 灰の階層 ― 封鎖区潜入
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――アルディナ拠点・観測司令室。
無数のモニターが闇に浮かぶ。
ネオンの指が光学パネルを走り、地下12層の地形データを投影する。
「……ここが、旧リスボニア動力炉の最下層。“神兵開発実験区画”。」
リリスが椅子を回しながら覗き込んだ。
「本当に稼働してるの?」
「稼働というより、生き残っている。
電力供給は途絶えてるのに、地下磁場の動きが“脈動してる”。」
画面に赤い波形が浮かぶ。
周期は一定、まるで心拍。
「……まるで生体信号ね。」
「そう。20年前の戦争終結直前、ここでは《Prototype-05》の構築が進められてた。
人型模倣プログラム“E.N.D.(Extended Neural Design)”。
完成直前でデータが削除されたはずなのに――、反応がある。」
ネオンは手元の通信端末を見た。
《NOAH/ASHLEY》――現場班、潜入中。
――
港湾区地下、第12層。
鉄と潮が混じった空気。
ノアとアシュレイは、錆びた隔壁を押し開けた。
中は、暗闇と湿気。
壁の内側から響く低い音――それは地鳴りではなく、心臓のような“鼓動”。
「……ネオン、聞こえるか?」
アシュレイの無線にノイズ混じりの声が返る。
『入ってる。……ただ、磁場が強い。通信の安定時間は3分が限界。』
ノアが周囲を見渡した。
床は焦げ、壁には手形の焼き跡。
天井から垂れたケーブルが、まるで血管のように滴を垂らしている。
「ここで、誰かが……。」
『記録によれば、試験スタッフ42名中、生還者ゼロ。
当時、人工神経接続試験の暴走で、被験体と神経を共有してた研究員の脳が焼損。』
ネオンの声が、冷たく響く。
アシュレイが鼻を鳴らした。
「つまり、ここで神様を作ろうとして、人間が壊れたわけだ。」
『ええ。人が神を模倣するとき、一番最初に失うのは“自分の形”。』
ノアが鉄骨の影に歩み寄る。
床に散乱したパーツの中、片方だけの義手を拾い上げた。
焦げた内部には、人間の神経線維が編み込まれている。
「……義体じゃない。“接続試作”。」
『それがPrototype-05の母体。
神経インターフェースによって、人間の運動と思考を“再構築”しようとした。
でも完成前に――人格が消えた。』
「人格が?」
『ええ。“魂のない模倣体”。
でも、その中枢だけが、今も“動いてる”。』
ノアは静かに息を吐く。
「……“動いてる”なら、止めないとな。」
二人はさらに奥へ進んだ。
階段を下りるたび、熱が上がる。
鉄壁の奥から、わずかに赤い光が滲んでいた。
『ノア、感知波形が変化してる。
心拍のリズムが人間に近づいてる――いや、合わせてる。』
「合わせてる?」
『あなたたちの心拍と同調してるの。
おそらく、観測――というより、模倣を開始してる。』
アシュレイが肩越しに笑う。
「なるほどな。覗かれてる気分だ。」
「気を抜くな。」ノアの声が低い。
「“見てる”ってことは、“覚えてる”ってことだ。」
次の瞬間、床が震えた。
地下全体が、何かを呼吸するように軋む。
壁面の警告ランプが一つ、勝手に灯った。
【外部信号感知】
【E.N.D./反応率:再起動】
『ノア! 波形上昇、臨界レベル! 退避して!』
「もう遅い。」
ノアの目が細く光る。
吹き抜けの中央――冷却槽の奥で、光が蠢いた。
それは液体でも炎でもない。
無数の微粒子が絡み合い、“人の形”を作っていく。
アシュレイが銃を構えた。
「……まさか、これが05か。」
『データ照合一致。成長段階:模倣化フェーズ。
……まさか、まだ“再構築”中だったなんて。』
ノアが静かに言う。
「ネオン、通信維持できるか?」
『あと一分。――その後は遮断される。』
ノアは前へ出た。
“それ”は顔を上げ、こちらを見た。
髪も目も曖昧で、性別もない。
だがその瞳の奥に、確かに“人間”の意志があった。
『――観測、継続。』
ノアが呟く。
「……人の声、か。」
『違う。音声模倣プログラム。
でも――サンプルの音声波形、ノア。あなたと一致してる。』
アシュレイが息をのむ。
「……こいつ、お前の声を使ってるぞ。」
「つまり、“俺”を基準にしてる。」
ノアの声は冷静だが、わずかに震えていた。
『――ノア、アシュレイ。退避推奨。
“05”は生体模倣域に入った。戦闘行動を取る前に、観測を切る!』
「……いいや。」
ノアが答える。
「観測は続けろ。――俺たちは、“これが何なのか”確かめる。」
通信が切れた。
直後、吹き抜けの中央で金属音が鳴る。
“それ”が、初めて動いた音だった。
人の形をした何かが、ゆっくりと立ち上がる。
皮膚の下を赤い光が流れ、表情が形を持ち始める。
ノアの顔に、アシュレイが息を詰めた。
「……おい、ノア。
あれ――どう見ても、お前だ。」
ノアは一歩も引かず、ただ目を細めた。
「そうだな。――でも俺じゃない。
こいつは、“神が作った、人間の模倣”だ。」
霧の奥で、“ノアの声”が応えた。
「――ノア。観測、完了。」
照明が落ち、世界が赤に染まる。
そして、模造体の瞳が開いた。
その奥にあったのは、確かに“終わり”の色だった。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、030話「胎動 ― Prototype-05/END」――
をお楽しみに!




