028話 灰の静寂 ― その兆し
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――港湾区、夜明け。
嵐は止み、灰の空がゆっくりと色を取り戻していく。
海は静かだった。
だが、静寂の奥にはまだ微かな“機械の息”が残っていた。
ノアは崩れた防波堤に腰を下ろし、腕の擦り傷を確認する。
金属片が肌に刺さり、うっすらと血がにじんでいた。
風が冷たく、潮の匂いがしみた。
アシュレイは近くのコンテナに腰を預け、ライフルを分解していた。
火薬の残り香とオイルの匂いが、戦場の余韻をまだ離さない。
「……静かだな。」
「静かすぎる。」
ノアの返答に、アシュレイは乾いた笑いを漏らした。
「“静寂”の複製体を壊したあとだからな。音が戻るまで時間がかかるんだろ。」
桟橋の先、海面にはまだ光の粒が浮かんでいた。
《Prototype-03/SILENCE》の残骸。
機械でありながら、まるで呼吸するように波と共に揺れていた。
「……終わったと思っても、こうして残る。
秩序ってやつは、しつこいな。」
アシュレイが煙草に火をつけ、風下へ煙を吐いた。
ノアは立ち上がり、灰の海を見つめた。
波の向こうに、ぼんやりと“人の形”をした影が見えた。
崩れた機体の一部。
その胸には、かすかに赤い紋章――天秤のマーク。
「……まだ動いてる。」
「残留反応か?」
ノアが小石を拾い、軽く投げた。
波が弾け、影が沈む。
完全に消える直前、微かに赤い光が海中に吸い込まれていった。
「……この“赤光”は、怒りの残滓じゃない。」
ノアが低く言う。
「感情じゃなく、“命令”の信号だ。」
「命令?」
「上位機――つまり、ザラキエルからの指令だ。」
アシュレイが煙草を投げ捨て、ブーツで踏み消した。
「まだ、繋がってるってことか。」
その時、通信機が鳴った。
ノアが応答する。
『――こちらアルディナ。聞こえる?』
ネオンの声が混線気味に響く。
『三体の戦闘ログを解析した結果が出た。全部、同じ“基幹設計”を持ってる。』
「基幹設計……つまり、共通の中枢か?」
『ええ。でも問題はそこじゃない。
制御コアの一部に、“人間の脳波パターン”が使われてたの。』
「脳波?」
アシュレイが顔をしかめる。
「人工AIじゃなくて、人の……記録ってことか。」
『おそらく、ザラキエルのプロジェクトには実験体――つまり“人間の素材”が関与してる。
それも、旧リスボニア研究区の……“秩序適応実験”系列。』
ノアは静かに目を閉じた。
かつて自分が歩いた戦場の光景がよぎる。
無数の実験体、名もない兵士たち。
その全てが、“神の秩序”という名の下で使い捨てにされていった。
「……つまり、あの機械たちは、“人の記憶”を継いで動いているってことか。」
『正確に言えば、“感情の残響”よ。
怒り、静寂、断罪――全部、人が抱いた感情を複製したプログラム。』
ノアは低く呟いた。
「人が神を模倣し、神が人の感情を模倣する……。」
アシュレイが小さく笑った。
「結局、どっちも同じ穴の狢ってことだな。」
『ただ――一つ問題がある。』
ネオンの声が少し沈む。
『複製体は四体で終わりじゃなかった。
データベース上では、“Prototype-05”が存在してる。
でも、戦闘記録も配置座標も一切残ってない。』
「つまり、まだ“生まれていない”。」
ノアが言う。
「そう。だけど、その設計ファイルの最下層に“アクティブ・コード”があったの。
――昨日の戦闘後、わずかに“応答”した。」
アシュレイが顔をしかめた。
「……応答? 誰に?」
『不明。ただ、場所は――あなたたちのいる港湾区の地下二十層。
封鎖されていた“実験炉”の奥から。』
ノアが立ち上がる。
海風が、灰を巻き上げた。
「……行くしかないな。」
「休ませてくれねぇな、神様も。」
アシュレイがライフルを担ぐ。
「地下の残骸か、それとも次の試作品か。どっちにしても“静寂”よりマシだろ。」
ノアは短く笑い、歩き出した。
背後の空で、雲がゆっくりと蠢いていた。
まるで、何かを見下ろしているように。
――海の下、かすかな光が灯る。
それは小さな赤い脈動。
まるで“心臓”の鼓動のように、ゆっくりと――生まれ始めていた。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、029話「灰の階層 ― 封鎖区潜入」――
をお楽しみに!




