026話 静寂の境界 ― Prototype-03/SILENCE
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――アルディナ拠点・戦術情報室。
無機質なホログラムの光が、薄暗い部屋を淡く照らしていた。
映し出されているのは、灰の街での戦闘記録。
ノアとアシュレイが《Prototype-02/WRATH》を沈黙させた映像だ。
ネオンは無言のまま、光のデータを指先で弾いた。
「……戦闘時間、わずか三分四十二秒。想定の半分以下ね。」
リリスが隣で画面を覗き込みながら呟く。
「それだけ短時間で終わるの、普通じゃないわ。」
「普通じゃないのよ。」
ネオンは軽くため息を吐き、データを拡大する。
「ノアは“揺らぎ”を読む。空間の歪みや熱流、風圧の偏差を感じ取って動く。
アシュレイは“時間”を読む。引き金を引く瞬間を、相手の呼吸に重ねるの。
――つまり、二人でひとつの秤を作ってるってわけ。」
リリスが感心したように微笑んだ。
「まるで動く天秤ね。」
「そう。ゼロバレットの名は、伊達じゃないわ。」
ネオンが頷く。
短い沈黙のあと、警報が鳴り響いた。
――ウゥゥゥゥン。
「地中熱源反応、上昇中。港湾区第七埠頭……!」
ネオンの指が走る。
「《Prototype-03/SILENCE》、活動再開よ。」
「また実験兵器……。」
「しかもこいつ、過去の戦地では“音を消す”兵器として記録されてる。」
ホログラムに三つの古い映像が浮かんだ。
ヴァルハラ橋事件、ロスティア紛争、ナラク暴動鎮圧――
どの映像も、全てが“無音”だった。
「……この世界の“音”を食べる機械。
風も、声も、呼吸すら奪う。
でも、完璧な静寂を作ると自分も消える――そういう矛盾した兵器よ。」
ネオンは歯を噛みしめた。
「行かせるしかないわね。あの二人しか、あの領域には入れない。」
リリスは小さく頷いた。
「ノア、アシュレイ……。生きて戻ってきて。」
――
港湾区第七埠頭。
霧が海と街を呑み、音がひとつ、またひとつと消えていく。
ノアは足を止め、耳を押さえた。
鼓膜が軋み、世界が遠のいていく。
アシュレイが手信号で合図を送る。
(――通信、全遮断。ここからは呼吸で合わせる。)
ノアは頷く。
二人は同時に、深く息を吸い、吐いた。
音が消えた。
風も、波も、足音すら――ない。
それでも、何かが「動いている」ことだけは分かる。
霧の奥。
輪郭のない人影が五つ。
光と影の境界がゆらめき、まるで世界の端が“削り取られる”ようだった。
《Prototype-03/SILENCE》。
――静寂を、司る者。
ノアは刃を抜く。
鋼の音は鳴らない。代わりに、冷気が肌を裂いた。
(距離、四十。……風がない。熱で読む。)
アシュレイがスコープを覗く。
だが、焦点が合わない。
視界の中で、敵の形が“揺れて”いる。
(……空気の屈折。距離が測れねぇ。)
ノアは足を滑らせ、床の温度を感じ取る。
足裏から伝わる熱の波――敵の呼吸のように脈打つ。
(この空間そのものが、生きてる。)
《SILENCE》が腕を振り上げた。
瞬間、ノアの体が横に弾かれる。
爆風はない。ただ、空気そのものが“掴まれた”ようだった。
アシュレイが膝をつき、即座に銃を構える。
引き金にかけた指が止まる。
呼吸音が、ない。
(……音がなければ、タイミングもねぇか。)
(いいや――“心臓”で合わせろ。)
ノアが視線で合図する。
互いの胸が、同じリズムで打つ。
トン、トン、――トン。
ノアが走る。
足音のない世界で、刃が“空気”を裂く。
かすかな光の層が剥がれ、霧が波紋のように広がった。
その瞬間、アシュレイが撃つ。
――パァンッ!
音が、戻った。
弾丸が霧を貫き、敵の胸部を砕く。
ノアが続けざまに斬撃を放ち、残る個体を切り裂く。
世界が震え、波の音が一斉に押し寄せた。
霧が裂け、鉄骨が軋む。
アシュレイが銃を下ろし、息をつく。
「……帰ってきたな、音。」
ノアは刃を収め、崩れ落ちる機体を見つめる。
「完全な静寂は、続かない。矛盾のまま、崩壊する。」
港の向こう、黒い雲の中で光が集まり始めた。
白と黒、二つの翼を持つ紋章――“天秤”が浮かび上がる。
ネオンの通信が入る。
『二人とも、強すぎる。でも……悪いニュースよ。
空の異常波形、検出。Prototype-04――《JUDGMENT》が起動したわ。』
アシュレイが苦笑する。
「怒りの次は静寂、その次は“裁き”か。順番めちゃくちゃだな。」
ノアが空を見上げた。
「順番が狂うのは、神が未完成だからだ。」
アシュレイが銃を肩に担ぐ。
「じゃあ、終わらせようぜ。――未完成の神様を。」
灰の港に、波音が戻った。
しかしその下では、“裁き”の光がゆっくりと息づき始めていた。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、027話「断罪の天 ― Prototype-04/JUDGMENT」――
をお楽しみに!




