024話 灰の秤 ― Prototype-01/ORDER
『ゼロバレット』の世界観やキャラ画像はこちら ↓
作者X(Twitter)で公開中!
https://x.com/MizunekoZeroB
――灰が、静かに落ちていた。
崩れた都市の残骸。
誰もいない街に、風の代わりに鉄と血の匂いだけが漂っている。
ビルの骨組みは歪んだまま凍りつき、舗道の下からは不気味な振動が響いていた。
ノアは足を止め、耳を澄ませた。
“音”がない。
風も、機械の唸りも、生命のざわめきも――まるでこの区画だけ、存在を削除されたかのように沈黙している。
「……来る。」
ノアの声は空気を震わせもせず、灰の中に溶けた。
地面が膨張する。
コンクリートが盛り上がり、内部から白い光が滲み出る。
そこから、ゆっくりと人型の影が姿を現した。
その形――白銀の装甲。
だがその“骨格”は不完全。
まるで造りかけの神像を無理やり立たせたように、全身が軋んでいる。
胸部の中央には赤い天秤の紋章。
「……《Prototype-01/ORDER》。」
ノアが呟いた。
「ザラキエルの複製体。最初に作られた秩序の模倣。」
アシュレイは片膝をつき、スコープ越しに観察した。
「……完成してりゃ、戦争一つ終わる規模だな。
でも、まだ“生まれきってない”感じだ。」
「そうだ。今なら、壊せる。」
ノアは刃の柄を握りしめた。
その時――《ORDER》の眼が開いた。
虹彩のない白い瞳。
光ではなく“数式”そのものが揺らめいている。
そして、声が降った。
「――秩序の逸脱、確認。対象:人類。」
音ではない。
直接、脳内に響く“法則”のような声。
アシュレイが眉をひそめた。
「ちっ、思考に割り込んでやがる。」
ノアは冷静に呟く。
「あれは通信じゃない。“世界の補正”だ。
この場の“存在定義”を書き換えてる。」
《ORDER》が一歩、踏み出した。
空気が“整列”し、歪んだ風景が再構築されていく。
倒壊した建物が一瞬だけ元の形を取り戻し、次の瞬間、粉々に崩れる。
まるでこの街が、正しい形とは何かを迷っているかのようだった。
「秩序を保つためなら、現実すら上書きするってわけか。」
アシュレイが冷ややかに言う。
ノアは頷き、ブランク・リッジを抜いた。
「ザラキエルが作った“定規”みたいな存在だ。
でも今は、まだ“未完成”の線引き。
――なら、書き直せる。」
《ORDER》が腕を上げた。
空間に無数の光輪が展開される。
輪の内側の空気が収縮し、周囲の重力が逆転した。
「……距離400、照準不能。風速ゼロ。」
アシュレイがスコープを覗きながら低く呟く。
ノアが警告した。
「“位置”そのものを狙われてる。弾道で避けるな、座標をずらせ!」
――次の瞬間。
白い線が走る。
ビルの影が切り裂かれ、空間が一瞬だけ“空白”になる。
アシュレイの頬を、冷たい何かがかすめた。
「存在ごと削る攻撃か……。洒落にならねぇ。」
ノアは跳躍して着地。
足元に広がる灰が、円を描いて舞い上がる。
《ORDER》の右腕の動き――数式が流れるように滑らかだ。
だがわずかに“演算の間”がある。
「……僅か0.6秒、処理が遅れる。」
ノアが低く言う。
「そこを撃て、アシュレイ。」
「了解。」
アシュレイはライフルを地面に伏せ、息を止めた。
ノアが呼吸を合わせる。
胸の《蒼白の天秤》が淡く光る。
鼓動が、共鳴する。
――トン、トン。
蒼い波動が空気を走り、アシュレイの銃身を包んだ。
視界が開け、時間が一瞬だけ引き延ばされる。
「秤は“均衡を測る”ためにある。撃て。」
ノアの声が届いた瞬間、銀弾が放たれた。
音はない。
ただ、世界がわずかに傾く。
《ORDER》の光輪が歪み、ノアが滑り込む。
ブランク・リッジが閃き、輪を切断。
空間が裂け、灰が逆流した。
アシュレイが続けて撃つ。
二発目――ノアの刃の軌跡と交差するように飛ぶ。
蒼と銀の閃光が一点に重なり、敵の胸部を貫いた。
――ズン。
静かな爆発。
空気が震え、視界が白く染まる。
だが《ORDER》は倒れなかった。
胸の天秤が逆回転を始め、赤い光が脈打つ。
『……観測、開始。均衡因子、適合対象――ノア。』
アシュレイが顔をしかめる。
「今、ノアって言ったか?」
ノアが低く答える。
「……俺たちの“データ”を取ってる。」
「は?」
「秩序への干渉値――つまり、“ザラキエルにとって危険な人間”の記録を送ってる。」
《ORDER》の装甲が剥離し、液体金属のように溶け出す。
ノアは目を細め、ただ見つめていた。
アシュレイが叫ぶ。
「おい、離れろ! 反応がまだ――」
光が爆ぜる。
しかし、ノアは動かない。
「……脅威は、感じない。」
彼の声は、ただの観察のように冷静だった。
やがて光が消え、残骸が灰の上に崩れ落ちる。
沈黙。
アシュレイがゆっくり近づく。
「……やったのか?」
ノアは灰を払って立ち上がる。
「違う。これは“観測完了”。
倒したんじゃない、俺たちはデータを取られただけだ。」
アシュレイが煙草を取り出し、火を点ける。
「……ってことは、次は“観測結果”をもとに造られたやつが来るってことか。」
「ザラキエルは、世界を完成させるために欠けた秩序を集めている。
俺たちの戦いの記録も、機械兵の設計図の一部になる。」
アシュレイが煙を吐く。
「神の実験台ってわけか。悪趣味だな。」
ノアは空を見上げた。
灰色の雲の向こうで、稲光が走る。
まるで巨大な脈拍のように、世界全体が息をしている。
「……始まったばかりだ。
秩序は、まだ生まれきっていない。」
遠くの海面がうねり、雷鳴が響く。
その中心――血のような紅い光が灯る。
Prototype-02/WRATH。
怒りの模造体が、目覚めつつあった。
風が再び吹き、灰が舞い上がる。
アシュレイが歩き出しながら言う。
「お前、“均衡”って言葉、ほんとに好きだな。」
ノアはわずかに笑う。
「歪みがなければ、世界は回らない。
――だから俺は、それを測るために生きてる。」
灰の街を離れていく二人の背後で、
《ORDER》の残骸が微かに震えた。
天秤の紋章が淡く光り、
風に溶けて消える寸前、確かに“誰かの眼”がそこにあった。
――まだ、終わりではない。
未完成の機械兵が、次の均衡を求めている。
――次回更新:明日17:30公開予定
ブクマ・評価・感想が励みになります。
『ゼロバレット』続編、025話「憤怒の残響 ― Prototype-02/WRATH」――
をお楽しみに!




