013話 嵐の前の静寂
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――ジュウゥゥゥ……。
香ばしい音とともに、油がはねた。
ベーコンの焼ける匂いが、静かな拠点の朝を満たしていく。
「ふっふっふ……今日も完璧だ!」
上機嫌な声がキッチンに響く。
フライパンを軽やかに振る男――カイン。
上半身は筋肉質なまま、何も着ていない。
腰に巻いたのは、ベージュのエプロン一枚。
陽光に照らされた胸板が輝き、油の飛沫がキラリと跳ねた。
「おい……お前、またそれか。」
寝ぼけ眼のネロが、コーヒー片手に入ってくる。
「“また”じゃない、“いつも通り”だ!」
カインは親指を立てて、胸を張った。
「裸で料理すれば、火の加減も体で感じられる! これが真の料理人ってもんよ!」
「そのうち皮膚が焼けるな……」
「その時はお前が塗ってくれ!」
ネロは深いため息をついた。
――
ゼロバレットの拠点。
標高二千メートルの山岳地帯に建つ、静寂の要塞。
外は岩と針葉樹に囲まれ、人気などまるでない。
古い研究施設を改装したその内部は、
彼ら傭兵たちにとって“唯一、息をつける場所”だった。
地下には医療室と武器庫。
上層には居住区と司令室。
そして最上階には、ガラス張りの展望ホール。
そこからは、遠くの山々と湖が一望できる。
戦場の喧騒を忘れさせるほどの静けさ。
それは、まるで世界から切り離された小さな楽園だった。
――
「おはよう、みんな」
柔らかい声とともに、ソフィアが姿を現した。
白シャツにカーディガン。少し寝癖の残る髪。
普段の冷静な指揮官とは違い、どこか家庭的な雰囲気だ。
「ソフィア〜、見てくれ!」
カインがポーズを決める。
「今日の“裸エプロン・スペシャルモーニング”だ!」
ソフィアは一瞬、無言。
そして小さくため息。
「……お願いだから、せめて下に何か履いて。」
「はいてる! 気持ち的には!」
「気持ちは布にならないのよ。」
「……この人が一番危険分子だと思う。」
新聞をめくりながら、カサンドラが呟く。
「まぁまぁ、朝から元気なのはいいことだろ。」
ネロがぼそりと笑う。
「戦争よりマシだ。」
――
ホールのテーブルに朝食が並ぶ。
ベーコンエッグ、スープ、焼きたてのパン、そしてカイン特製のハーブサラダ。
どれも信じられないほど丁寧に作られていた。
「これが“裸の味”だ!」
カインが胸を張ると、
リリスが笑いながら彼の背後に回り――お尻を“モミッ”。
「あぁっんっ、、 ちょ、やめろリリス!」
「朝はタンパク質とスキンシップが大事でしょ?」
「違う方向で刺激が強ぇんだよ!」
笑いが爆発する。
拠点の空気が、ゆっくりと穏やかに流れていく。
――
ノアは窓辺に立ち、カップを手に外を眺めていた。
遠くの山肌には朝霧がかかり、湖が鏡のように空を映している。
「……静かだな。」
「ここはそういう場所よ。」
ソフィアが隣に立ち、同じ景色を見つめた。
「人もいないし、争いも起きない。
この拠点の存在を知る者は、関係者のなかでもごくわずか。
だからこそ、私たちはここで生きていけるの。」
ノアは少し笑う。
「戦場より、音が少なすぎて……逆に耳が痛い。」
ソフィアは微笑みながら言う。
「その静けさに慣れたら、きっともう一度“人間”に戻れるわ。」
ノアは視線を空に戻した。
柔らかい光が、彼の頬を照らしている。
――
中庭では、カインが三匹の猫に餌をやっていた。
白猫、三毛猫、黒猫。どれもソフィアが拾ってきた子たちだ。
「おーし、いい子だなー! 今日も毛並み最高!」
「……お前、朝から全裸で猫と戯れるな。」
ネロが通りすがりに呆れた声を出す。
「猫は心で感じるんだ! 布はいらねぇ!」
「猫に言われたら噛まれるぞ。」
「ミャー!」
三毛猫が鳴く。まるでツッコミのようだった。
――
戦場とは無縁の朝。
銃の音も、悲鳴も、ここにはない。
聞こえるのは、鳥の声と、コーヒーを啜る音だけ。
湖面に光が揺れ、カサンドラのピアノが静かに響く。
白猫が日向で丸くなり、リリスの笑い声が遠くでこぼれる。
ゼロバレットの拠点は、今日も平和だった。
ノアは何も言わず、コーヒーを飲み干した。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、014話「静寂の砦 ― 射撃場の試し撃ち」――
をお楽しみに。




