106話 対人距離
――第一拠点・訓練場。
静かな朝だった。
薄い霧がまだ地面に残っている。
遠くの空には、
ついさっきまで飛んでいたドローンの残骸が、黒い点のように転がっていた。
距離――
約二キロ。
ネオンが端末を見ながら、小さく呟く。
「……命中」
その場の全員が、同じ方向を見ていた。
誰も言葉を出さない。
カインが肩をすくめて笑う。
「驚いたな」
カリナが腕を組む。
「人間の距離じゃないわね」
ルアンが静かに言う。
「狙撃としては成立する」
「だが――」
視線がアシュレイへ向く。
「実際に見ると意味が違う」
ラザロは何も言わない。
ただ遠くを見ている。
ダリオも同じだった。
長距離射撃。
理論上は理解している。
だが、
実際に撃たれた側の視点で考えると、話は別だ。
二キロ先。
そこにいる敵は、
もうほとんど「存在しない敵」に近い。
◆◆◆
ネロがゆっくり言う。
「流石だな」
視線がアシュレイへ向く。
アシュレイは何も言わない。
銃を肩にかけたまま、静かに立っている。
ネロが少し笑う。
「じゃあ次は――」
一拍置く。
「対人だな」
空気が変わった。
カインがニヤリとする。
「いいね」
カサンドラが端末を取り出す。
「模擬弾」
「制圧された時点で終了」
ネオンが操作を開始する。
「訓練フィールド展開」
訓練場の地面が低く唸る。
次の瞬間――
遮蔽物がせり上がる。
鉄骨。
壁。
コンテナ。
コンクリートブロック。
数秒で、訓練場は完全な戦闘環境へと変わった。
◆◆◆
ネロが言う。
「相手は二人」
視線が動く。
ラザロ。
ダリオ。
二人は顔を見合わせた。
ダリオが笑う。
「いきなり重いな」
ラザロは短く言う。
「いい」
◆◆◆
ネオンがカウントする。
「開始距離、400」
「開始」
◆◆◆
ラザロとダリオは同時に動いた。
左右へ散開。
完全に別ルート。
カインが呟く。
「挟むな」
カサンドラが頷く。
「狙撃手対策の基本」
ルアンが静かに言う。
「距離を詰める」
◆◆◆
だが――
アシュレイは動かない。
その場に立ったままだ。
ネロが笑う。
「動かないか」
ダリオは遮蔽物を渡る。
距離350。
ラザロは岩陰を使う。
距離320。
互いの動きは完全に分かれている。
だが狙いは同じ。
挟撃。
狙撃手は、
同時に二方向を見ることはできない。
◆◆◆
アシュレイが銃を持ち上げる。
撃たない。
ダリオがさらに前進。
距離250。
ラザロが側面へ回る。
距離240。
ネオンが呟く。
「挟まれる」
カリナが言う。
「終わりね」
◆◆◆
その瞬間。
アシュレイが動いた。
ほんの半歩。
銃が上がる。
誰も気づかなかった。
引き金が引かれる瞬間を。
――パン。
乾いた音。
ラザロの胸が揺れた。
身体が止まる。
沈黙。
カサンドラが端末を見る。
「0.7秒」
◆◆◆
ダリオは即座に伏せた。
完全に視界から消える。
ダリオが小さく笑う。
「なるほど」
「視線を見てたな」
アシュレイは答えない。
銃口がゆっくり動く。
◆◆◆
沈黙。
ダリオが言う。
「撃てないだろ」
「俺は遮蔽物の中だ」
アシュレイが銃を下ろす。
ネロが眉を上げる。
「?」
次の瞬間。
――パン。
コンテナの角で火花が散る。
弾丸は金属をかすめ、
滑るように角度を変えた。
弾は壁を跳ねる。
軌道が変わる。
そして――
ダリオの肩に命中した。
ダリオが驚く。
「……何だ今の」
ラザロが言う。
「跳弾」
ネオンが端末を見る。
「角度計算」
カサンドラが呟く。
「遮蔽物が意味を持たない」
◆◆◆
ネオンが宣言する。
「終了」
沈黙。
ダリオが立ち上がる。
「……おい」
「これは反則だろ」
ラザロが言う。
「距離じゃない」
「角度だ」
◆◆◆
ネロが笑う。
「理解したか」
カインが言う。
「これがランキング11位だ」
カリナが呟く。
「ヤバいわね」
ルアン。
「戦術が変わる」
ラザロ。
「後方が消える」
ダリオ。
「これから大変になるな」
◆◆◆
ノアが静かに言う。
「あれが異次元の狙撃手。」
一瞬、全員がノアを見る。
アシュレイは銃を担ぐ。
「撃たなくて済むなら、それでいい」
ネロが肩を叩く。
「化け物がまた一人増えたな」
静かな朝。
だがその朝。
ゼロバレットは、また一段危険になった。
距離と対人。
両方を支配する狙撃手。
世界ランキング11位。
アシュレイ。
その実力を――
全員が理解した。




