105話 距離の怪物
――第一拠点・食堂。
翌朝。
朝の光が、石壁の窓から差し込んでいた。
第一拠点の朝は早い。
戦場の拠点だからではない。
ここでは、一日の設計が朝から始まるからだ。
食堂にはすでに全員が集まっていた。
そして当然――
カインがキッチンに立っている。
今日も裸エプロン。
「朝からそれかよ」
ネロが呆れる。
「料理は戦争だ」
カインは真顔で言う。
「油断すると焦げる」
◆◆◆
テーブルに並ぶのは、想像よりずっとまともな朝食だった。
焼きたてのパン。
卵料理。
鹿肉の軽いソテー。
魚のスープ。
ハーブと柑橘のサラダ。
灰港の流通が安定してから、
食材の質は明らかに上がっている。
カリナがパンをちぎりながら言う。
「この拠点、飯だけは豪華よね」
ラザロが淡々と答える。
「兵站は戦力だ」
ダリオが笑う。
「腹が減った組織は負ける」
◆◆◆
アシュレイは鹿肉を一口食べた。
「……うまい」
カインが腕を組む。
「刻印の次の日は肉だ」
「体が理解する」
ネオンが呆れる。
「理屈じゃないのね」
◆◆◆
朝食が終わる。
ソフィアが言う。
「今日は通常稼働」
「灰港ラインの確認を続ける」
ラザロが頷く。
「補給網は問題ない」
ダリオ。
「裏市場も静かだ」
ソフィアはアシュレイを見る。
「あなたはまだ拠点を全部見ていないわね」
「ノア」
「案内してあげて」
ノアが頷く。
「了解」
◆◆◆
第一拠点・通路。
石壁の長い廊下を歩く。
アシュレイとノア。
二人だけ。
しばらく無言だった。
やがてアシュレイが言う。
「広いな」
ノアが答える。
「全部で五層ある」
「上は生活区」
「下は設計と整備」
「最下層は兵装」
アシュレイが壁を見る。
古い石。
だが内部は最新の設備。
「要塞だな」
「そうだな」
ノアは短く言う。
◆◆◆
格納庫を通る。
整備中の車両。
分解された兵装。
カインが作った改造銃。
ネオンの通信設備。
ラザロの補給システム。
すべてが、
一つの組織として動いている。
アシュレイが言う。
「都市一個回せるな」
ノアは答える。
「もう回してる」
◆◆◆
最後に、外へ出る。
第一拠点・訓練場。
広い。
谷を切り開いたような地形。
距離標識が並んでいる。
100m
300m
600m
1,000m
その先。
さらに奥。
2,000m。
アシュレイが止まる。
「……遠いな」
ノアが言う。
「お前の距離だ」
◆◆◆
ノアが端末を操作する。
訓練ドローンが飛ぶ。
小さな金属球。
距離、1,900メートル。
ネロたちもいつの間にか来ていた。
カサンドラ。
ラザロ。
ダリオ。
ネオン。
カイン。
カリナ。
ルアン。
全員が黙って見ている。
◆◆◆
アシュレイは銃を持つ。
専用でもない。
普通の長距離ライフル。
スコープを覗く。
風。
湿度。
光。
全部、頭の中で処理する。
呼吸を止める。
トリガー。
――パン。
一発。
ドローンが、消えた。
静寂。
ネオンが端末を見る。
「命中」
ネロが低く言う。
「……やっぱりか」
◆◆◆
もう一機飛ばす。
距離、2,050メートル。
カインが笑う。
「やってみろ」
アシュレイは肩をすくめる。
「銃が普通すぎる」
それでも撃つ。
――パン。
ドローンが空中で砕けた。
沈黙。
◆◆◆
ダリオが小さく呟く。
「……これは」
ラザロが言う。
「戦術が変わる」
カサンドラ。
「安全圏が消える」
ルアン。
「戦場の広さが縮む」
ネロが笑う。
「距離の怪物だな」
◆◆◆
ノアだけが静かに見ている。
そして言う。
「だから昨日言った」
「戦場が短くなる」
アシュレイは銃を下ろす。
「撃たなくて済むなら、それでいい」
カリナが笑う。
「でも撃てるんでしょ」
アシュレイも笑う。
「まぁな」
◆◆◆
ネロが全員を見る。
「確認できたな」
「こいつがいる限り」
「ゼロバレットの後方は――」
遠くを見る。
「2キロ先だ」
静かな朝。
だが、その朝。
ゼロバレットは、
また一段、危険な組織になった。
距離を、支配した。




