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ゼロバレット  作者: 水猫
ーー力を持った者は、戦場を選ぶ(灰港都市)ーー
104/106

104話 深緑の天秤 ― 射程という支配

――第一拠点・露天区画。


夜は静かだった。


岩を削って造られた露天風呂から、ゆっくりと湯気が立ちのぼる。

湖の奥から吹く風が、わずかに冷たい。


アシュレイは一人、湯に浸かっていた。


肩まで沈めると、

左下の脇腹がじんわりと熱を帯びる。


指先でなぞる。


刻まれた天秤。


深緑色。


森の奥のような、落ち着いた色。


派手ではない。

誇示もしない。


だが、確かに“重い”。


「……緑、か」


赤でも黒でもない。


自分は壊す側だと思っていた。


撃って終わらせる。

距離で潰す。


それだけの存在だと。


だが、この色は違う。


保持。


支え。


均衡。


湯の表面が揺れる。

刻印が歪む。


それでも消えない。


「俺が入ったことで、何が変わる」


誰に聞くわけでもない。


だが答えは分かっている。


距離。


それが自分の武器だ。


1,500メートル。


2,000メートル。


風速、湿度、気圧、弾道落下。


理論上の補正値を、体が先に処理する。


「当てるだけなら、別に珍しくない」


呟く。


「問題は――」


視線を上げる。


「どこまで届くかだ」


湯から上がる。


夜風が刻印に触れる。


一瞬だけ、深緑が強く光った。


“撃たせない距離”。


それが今の自分の立場だ。


◆◆◆


第一拠点・地下湖。


月光が水面に映り、揺れている。


湖畔に、幹部全員が集まっていた。


ソフィア。

ネロ。

カサンドラ。

ルアン。

ラザロ。

ダリオ。

ネオン。

カイン。

カリナ。


アシュレイとノアはいない。


今夜は“構造”の話だ。


◆◆◆


ソフィアが静かに言う。


「灰港は製造都市として安定した」


ラザロが端末を操作する。


「補給網、四重化完了」


「港湾ラインは我々の承認なしには動かない」


カサンドラ。


「都市内武装衝突、半減」


ダリオが続ける。


「裏市場は静観」


「理由はひとつ」


「“距離”だ」


湖面がわずかに揺れる。


◆◆◆


ネロが低く言う。


「噂が出回ってる」


「“2キロ先から司令官を抜く男が入った”ってな」


カリナが鼻で笑う。


「盛ってるでしょ」


ダリオが首を振る。


「違う」


「盛られてないから怖い」


ルアンが淡々と告げる。


「世界記録は1,800メートル台」


「だが彼は2,000を越える」


ネオンが補足する。


「問題は距離ではない」


「補正速度だ」


◆◆◆


ラザロがホログラムを展開する。


弾道曲線。


風向き変化。


気圧差。


「通常、2,000メートルを越えると」


「理論値と実測値の誤差が大きくなる」


カサンドラ。


「つまり“感覚の領域”に入る」


ネロが言う。


「だが奴は外さない」


沈黙。


◆◆◆


ソフィアが湖面を見る。


「アシュレイのヤバさは」


「命中率じゃない」


「“安全圏を壊すこと”よ」


ルアンが整理する。


「通常戦術では」


「司令部は狙撃圏外に置く」


「補給拠点は後方に設置」


ラザロ。


「だが2キロが射程なら」


「後方は存在しない」


カインが低く笑う。


「戦場の背中が消えるな」


◆◆◆


カサンドラが指を立てる。


「彼が入ったことで可能になったことは三つ」


「一つ。司令塔の即時排除」


「二つ。補給線の長距離遮断」


「三つ。“撃つかもしれない”という圧の拡張」


ダリオが頷く。


「三つ目が一番効く」


「撃たなくても市場が止まる」


ネオン。


「精神的射程は、物理的射程を超える」


ネロが言う。


「つまり」


「ゼロバレットは“距離”を持った」


◆◆◆


ソフィアが静かに宣言する。


「これまで私たちは」


「抑止で勝ってきた」


「だが今は違う」


「抑止の範囲が拡張した」


湖面に月が揺れる。


「灰港は製造」


「第一拠点は設計」


「第二拠点は機動」


「そこに“射程”が加わった」


ルアンが結論を出す。


「四点支配」


ラザロ。


「補給を止められる」


ダリオ。


「市場を震わせられる」


カサンドラ。


「都市を静かにできる」


◆◆◆


ソフィアが最後に言う。


「アシュレイは」


「弾丸じゃない」


「射程そのものよ」


静寂。


湖は動かない。


だが世界の“安全”は、確実に縮んだ。


深緑の天秤は、

今夜も静かに存在している。


ゼロバレットは――


戦場を選ぶ組織から、

戦場の広さを決める組織へ。


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