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ゼロバレット  作者: 水猫
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01話 空白の少年

――ザァァァ……。

風が瓦礫を撫で、焦げた鉄骨が軋む音を立てた。


夥しい死体が転がっていた。

硝煙の匂いと鉄の味が、湿った夜気の中に重く漂っている。

土はぬめり、血が溜まって泥となり、足を踏み出すたびにグチュリと音を立てた。


瓦礫に染み込んだ血の色は、闇夜を赤黒く染め、

そこに散らばる銃弾の薬莢が、冷たい月光を跳ね返している。


その中心に――ひとりの少年が立っていた。


年齢は十二歳ほど。

小柄な体躯、整いすぎた顔立ち。

だが、その双眸には年齢に似つかわしくない冷徹さが宿っていた。


風に揺れる前髪の奥、その瞳は静かな鏡のように何も映さない。

まるで世界そのものを拒絶しているかのようだった。


彼の名は――ノア。

裏社会では、こう呼ばれている。


「……“空白(Blank)”」


彼が現れる場所には、何も残らない。

命も、物も、記憶すら。


カチ……ン。

まだ温もりの残る銃が、手の中で乾いた音を立てた。

ノアはそれを静かにホルスターに戻す。


彼の周囲に倒れているのは、十人の兵士。

全員、致命傷は一撃。

迷いも、感情も、そこにはない。


ノアは吐息ひとつ漏らさず、背筋を伸ばした。

風が止まり、空気が張り詰める。

その静寂を破るように――


コツン、コツン、コツン……。


乾いたヒールの音が近づいてきた。

夜の闇を切り裂くように、ゆっくりと。


「随分と派手にやったじゃない……。子供とは思えないわね」


甘く、しかし底に鋼のような硬さを孕んだ声。


振り返ると、月光の下に一人の女が立っていた。

銀色の長髪が風に靡き、漆黒のドレスの裾が**サラ……**と擦れる。

白磁の肌に紅のルージュ、

指先には黒革の手帳と銀のライターが握られている。


彼女の名は――ソフィア・ヴァレンタイン。


その姿は戦場に似つかわしくなく、

優雅で、そして恐ろしく艶やかだった。


ノアは無表情のまま女を一瞥する。

その瞳の奥に、警戒よりも“興味”が僅かに揺れた。


「自己紹介がまだだったわね」

ソフィアは微笑みながら、ライターをカチリと開いた。

炎の色が夜の風に揺らめき、血の赤を映す。


「私の名は――ソフィア・ヴァレンタイン。

武器商人よ。今日からあなたの雇い主になる女だと思ってちょうだい」


パチン。

蓋を閉じる音が、夜に鋭く響いた。


ノアは眉を僅かに動かす。

雇い主――その言葉が意味するものを理解しきれず、

それでも興味を持った。


「……どうして俺を?」


声は低く、掠れ、まるで長く言葉を発していなかったかのようだった。


ソフィアは微笑を浮かべたまま、ゆっくりと歩み寄る。

コツ、コツ、コツ。

ヒールの音が近づくたびに、血の匂いに混じって

彼女の香水の甘い香りが広がる。


「理由は簡単よ」

ソフィアはしゃがみ込み、ノアの目線まで降りて囁いた。

「あなたは――この世界で最も危険で、

そして最も美しい“弾丸”だから」


その言葉と共に、夜風が吹き抜ける。

風に乗って、遠くの爆撃の音が**ドオォン……**と響いた。


ノアはその音を聞きながら、

胸の奥で何かが静かに熱を帯びるのを感じた。


――理解できない。

けれど、なぜか心地よい。


ソフィアは血に濡れた瓦礫の上で、

少年の肩にそっと触れた。

その仕草はまるで、

戦場に落ちていた宝石を拾い上げるように慎重で、優しかった。


「――来なさい、ノア。

あなたの“空白”は、私が埋めてあげる」


ノアは少しだけ迷った後、無言で頷いた。

その瞳に、一瞬だけ光が宿る。


風が吹き、血の臭いをさらっていく。

夜明け前の空が、わずかに白み始めた。


そして、少年の未来は静かに動き出す。


――ゼロから放たれた弾丸のように。

誰にも止められない速さで、

世界の頂点へと撃ち抜かれていく。


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