決戦! 母根の核と“忘却”の真価
母根の幹に走った亀裂から、真っ黒な瘴気が噴き出していた。
その奥で、異様な光が脈動している。
「……あれが“核”か」
鍬を握り直し、俺は一歩踏み込む。
だが次の瞬間、母根の根が一斉に暴れ出し、地面ごと俺を飲み込もうとした。
「くっ……動けねぇ!」
全身を絡め取られ、締め付けられる。
肺が潰れそうな圧力に、視界が暗くなっていく。
その時だった。
――頭の中で声が響く。
『……忘れろ……』
「……え?」
胸元が熱くなり、ステータスに表示されていた“忘却”スキルが淡く光を放った。
【忘却:レベル不明 → 発動】
次の瞬間、俺を絡め取っていた黒い根がピタリと動きを止めた。
まるで、自分が俺を締め付けていたことを“忘れて”しまったかのように。
「お、おい……今の、まさか……」
母根が震え、さらに禍々しい唸りをあげる。
だが、俺の体を拘束していた根は次々に緩み、地面に崩れ落ちていく。
「……“忘却”って、そういう使い方があったのかよ……!?」
俺の中で、長らくネタにされてきた無能スキルが、初めて牙を剥いた瞬間だった。
「……行ける!」
俺は鍬を構え直し、母根の核へ突っ込んだ。
だがその瞬間、再び頭の奥で声が響いた。
『――忘れろ……すべて忘れろ……』
視界がぐらりと揺れ、俺の中の記憶が抜け落ちていく。
昨日、王都の子供たちが笑顔で草むすびを渡してくれたこと――
仲間と井戸掃除をしたこと――
勇者に勝った時の歓声――
「や、やべぇ……! 俺まで忘れそうになってる!?」
腰袋の聖草が強く光り、必死に俺の意識を引き戻した。
『無職よ、抗え! 忘れるな!』
「お、おう! 雑用は覚えてるぞ!! 便所掃除まで鮮明に思い出せる!!」
「……いやそこは忘れていいだろ俺ぇぇぇ!!!」
だが、“忘却”の力は確かに母根へ作用していた。
根の一部が自分の存在意義を忘れたかのように動きを止め、核を守る鎧が一枚剥がれる。
「……効いてる。けど、このままだと……!」
再び頭の中で、今度はもっと強い“忘却の波”が走った。
一瞬、俺は自分の名前すら忘れかける。
「俺は……だ、誰だ……?」
聖草の光が再び瞬き、子供たちの声が脳裏に響いた。
「ユウマさま!」
「雑用勇者!」
「……そうだ、俺はユウマ! 無職で雑用で、草むしり係だッ!!」
母根の瘴気がざわめく。
忘却スキルは呪いを食い破りながら、暴走寸前で俺の中に留まっていた。
「……チャンスだ。この力、制御できれば……!」
「……よし、落ち着け俺。忘却に振り回されるんじゃなくて、俺が振り回してやるんだ」
深呼吸をして意識を集中させる。
頭の奥でざわめく声が再び響いた。
『忘れろ……命を……誇りを……名を……』
「命も誇りも忘れねぇ! 忘れるのは――お前の呪いだけだ!!」
そう叫ぶと同時に、“忘却”の力を一点に叩きつけるイメージを描いた。
鍬を振り下ろすと、刃から光が走り、母根の幹に突き刺さる。
ズバァァァァン!!
呪いの瘴気が弾け飛び、根の一部が一瞬で灰に変わった。
「……効いた!」
確かに“忘却”が、呪いそのものを“なかったこと”にしていた。
母根が苦悶の声をあげる。
『グゥゥゥ……わが呪いを……忘却するなど……!』
俺は歯を食いしばり、さらに力を込める。
「まだだ……もっと深く、奥まで削る!」
鍬を突き立てたまま、“忘却”を送り込む。
黒い幹の奥で、禍々しい脈動が一つ、二つと消えていく。
呪いが剥がれ落ち、やがて――核の一部が露わになった。
淡く光を放つ、禍々しい球体。
それは瘴気の中心であり、母根を動かす心臓そのものだった。
「……見えたぞ。これが、てめぇの核か!」
母根は怒りに震え、無数の根を一斉に振り上げた。
『許さぬ……無職ごときがァァァ!!』
俺は鍬を握り直し、全身に力を込めた。
「――仕上げは俺の雑用魂でぶっ壊す!!!」
母根の無数の根が、嵐のように振り下ろされる。
「うおおおおおっ!!」
俺は鍬を振るい、迫る根を次々に叩き払った。
だが数が多すぎる。押し潰されるのは時間の問題だ。
その時――頭の中で再び声がした。
『……忘れろ……』
俺は歯を食いしばり、叫んだ。
「いいだろ! 一緒にやろうぜ、“忘却”!!」
鍬を両手で握り締める。
便所掃除で培った腕力、落ち葉拾いで磨いた集中力、草むしりで鍛えた根気――
全部ひとつに重ねていく。
「草むしり奥義――“忘却掃討”ッ!!」
鍬が眩く光り、振り下ろされた瞬間、核から噴き出す呪いが一気に掻き消えた。
まるで存在そのものが“忘れ去られた”かのように、瘴気が霧散していく。
『グアアアアア――!? 我ガ名ハ……何……?』
母根の悲鳴が谷に響き渡る。
核の表面に深いヒビが走り、今にも砕け散ろうとしていた。
俺は肩で息をしながら、最後の力を込める。
「終わりだ……! 無職でも、雑用でも、俺は全部抜き切る!」
ズガァァァァァン!!!
核が爆ぜ、眩い光が谷全体を包み込む。
母根の根は崩れ落ち、大地は静寂を取り戻していった。
――だがその光の中、確かに聞こえた。
『……忘却の器……次ハ……お前ガ……』
「……今の、なんだ……?」
俺の胸に、不穏な言葉だけが深く突き刺さった。




