無職追放されたので草むしり係やってます
目を開けると、そこは活気あふれる街だった。
石畳の大通りには商人や冒険者が行き交い、酒場からは笑い声と音楽が響いてくる。まさに、絵に描いたような異世界の町並みだ。
「おお……! これぞ異世界……! 剣と魔法の世界、ファンタジーRPGそのまんまじゃねえか!」
俺は胸を膨らませながら歩き出した。転生直後に【無職】を宣告されたことは、ひとまず忘れる。いや【忘却】スキルのせいで勝手に忘れただけかもしれない。細かいことは気にするな。
とにかく、俺が次に向かうべきは決まっている。
「まずはギルド登録だろ!」
ゲームでも漫画でも、冒険者はまずギルドから。受付嬢がいて、依頼があって、パーティー結成とかできちゃうあれだ。俺も異世界主人公の一人として、そこからスタートするのが王道だろう。
胸を張ってギルドの扉を押し開けると、中は人でごった返していた。筋骨隆々の戦士たち、杖を抱えた魔術師、軽装の盗賊風。
そして、彼らの中心に立つのは――
「はい、本日も冒険者登録に来られた方は、受付までどうぞ」
……キターーー!!
銀髪ポニーテールの受付嬢! しかも制服がやたらとタイトで眩しい。もうこの時点で勝利確定じゃねえか!
俺は勢いよくカウンターに突っ込み、声を張った。
「俺を冒険者にしてください!」
受付嬢はにこやかに微笑みながら、手元の水晶玉を差し出した。
「では、こちらに手を置いてください。職業とスキルを鑑定いたします」
……おいおい、ついに来たぞ。
プロローグで宣告されたあの地獄の結果が、今まさに公の場で晒される。
俺は手を水晶玉に置き、ゴクリと唾を飲んだ。
水晶玉が淡い光を放ち、俺の全身を走査するように輝いた。
周囲の冒険者たちがざわざわと囁き合う。
「お、新人か?」「どんな職だろうな」「伝説級のスキルが出ると一躍有名だぞ」
胸が高鳴る。俺もいよいよ、この異世界での第一歩を踏み出すんだ。
だが――
受付嬢の笑顔がピシリと固まった。
「え、っと……結果が出ました」
「はい! で、俺の職業は?」
「……職業:なし。スキル:【忘却】、です」
ギルド内が、しん、と静まり返った。
酒場で笑っていた連中まで耳をそばだてて、全員の視線が俺に突き刺さる。
「……え? なし? いやいや、ちょっと待って。俺、転生者だよ? 勇者とか賢者とかそういう称号つかない?」
受付嬢は困ったように首を横に振った。
「残念ですが……完全に【無職】ですね」
……よりによってここで“無職”宣言かよ!
いやいやいや! 俺、転生してまで無職!?
それどころかスキルが忘却って、何を忘れろっていうんだ! 夢?希望?昼飯?
すると、カウンター奥からギルドマスターらしき大男が現れた。
「ふん、無職か。役立たずを抱える余裕はウチにはねえ!」
「えっ、いや、ちょっと待って! 別に何も悪いことしてないでしょ俺!」
「無職は追放だ! 出て行け!」
ガシッと両腕をつかまれ、俺はそのままギルドの外へ放り出された。
ドサァン!
……いやいやいや! 無職って追放できるの!?
最初から何も持ってないのに、どこからどこへ追放されてんだよ!?
石畳に転がる俺を尻目に、ギルドの扉はバタンと閉じられた。
外に残された俺のステータスは――【無職】。
……お先、真っ暗だ。
石畳に寝転んだまま天を仰ぎ、俺はしばし放心した。
転生早々、冒険者デビューどころか「無職追放」されるとか、聞いたことあるか?
いや、俺の人生どんだけハードモードなんだ。
「おい、そこの兄ちゃん」
ふいに声をかけられて顔を上げると、日焼けした農夫風のオッサンが立っていた。腰にはクワ、背中には麦わら帽子。どう見ても冒険者じゃない。
「……はい?」
「冒険者ギルドから追い出されてただろ。無職なんだって?」
ぐさっ。ストレートに刺さる言葉!
俺は肩を落とし、しおしおと答えた。
「……まあ、そうです」
するとオッサンはニヤリと笑った。
「ならちょうどいい。うちの畑で働かんか? ちょっと草むしりするだけでいいんだ」
「え、畑仕事……?」
冒険者としてモンスターを倒すどころか、勇者として魔王を討つどころか、俺に回ってきた仕事は――
「草むしり、か……」
オッサンは手招きし、俺を畑に案内した。
そこには一面に広がる緑。作物よりも雑草の方が元気に育っている。
「こいつを片付けてくれれば、寝床と飯くらいは出してやるぞ」
俺は畑に足を踏み入れた。
異世界転生、夢とロマンの新生活。
だが現実は、膝をつき、土にまみれ、ひたすら草を引っこ抜くという地味極まりない作業だった。
――キュッ、ブチッ。キュッ、ブチッ。
無心になって草を抜いていると、妙に落ち着いてくるから不思議だ。
……いや、落ち着いてる場合じゃないだろ!
これ、俺の異世界ライフの始まりで本当にいいのか!?
夕暮れ時。
気づけば俺は、畑の端から端まで雑草を抜き尽くしていた。
「おお……! 見違えるほどきれいになったな!」
農夫のオッサンが目を丸くして拍手する。
土まみれになった俺の両手には、雑草の山がこんもり積み上がっている。
「は、はは……。転生して最初の偉業が草むしりって、どうなんだろ……」
俺が苦笑いすると、オッサンは真剣な顔で言った。
「いやいや! この村にとっては大手柄だぞ。実を言うと、魔物の気配を帯びた“呪い草”が混じっててな。下手に放置すれば畑が枯れてたんだ」
「え、ただの草じゃなかったの!?」
「兄ちゃんのおかげで救われた。本当にありがとう!」
……なにこれ。
俺、異世界チートどころか【無職】で、【忘却】スキル持ちで、やってることはただの草むしりなのに――
結果的に村を救ってた!?
そこへ子供たちが駆け寄ってきて、瞳を輝かせながら言った。
「お兄ちゃん、すごい! 雑草を一瞬でやっつけたんだね!」
「“草むしりの勇者”だ!」
やめろ、その称号。
カッコいいようで、めちゃくちゃダサい。
俺は両手を腰に当てて深呼吸した。
……まあいいか。とりあえず寝床と飯は確保できたし。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
――“草むしり係”から始まる異世界ライフが、とんでもない方向に転がっていくことを。