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アラン局長の言葉

 メインラウンジの喧騒は、カケルの意識の表面を滑り落ちていった。手元の宇宙雑誌のページは、開いたまま固定されている。彼の視線は窓の外、漆黒の宇宙に浮かぶ遠い星々を捉えていたが、その瞳の奥には、数時間前の出来事が鮮明に焼き付いていた。


 サファイア・エクスプレス号が出発する直前、セントラル・オービタル にあるGRSI本部。厳重なセキュリティで守られた局長室の重厚な扉を開くと、GRSIのアラン・フォード局長が、静かに彼らを待っていた。いつものように、飾り気のないシンプルな制服を身につけ、その表情には一切の感情を読み取ることができない。


「今回の任務は、サファイア・エクスプレス号の警乗だ。通常の治安維持任務に他ならない」


 アラン局長の低く、しかしはっきりと響く声が、カケルの脳裏に蘇る。その横で、ミリアムは明るく「了解でーす!」と返事をし、イヴァンは腕組みをして不満げに鼻を鳴らしていた。エミリーは微動だにせず、ノアは既に手元の端末で列車のシステム情報を確認し始めていた。


 アラン局長は室内の中心にある円卓に寄り、手元の端末を操作すると、卓上に設置されたホログラムプロジェクターが起動し、空中に半透明のスクリーンが展開された。そこに、今回の乗客リストが映し出される。


「だがな、お前たち」


 アラン局長は、チームYのメンバー全員を見回す。その瞳には、普段の無表情からは想像できないほどの、複雑な感情が宿っていたように見えた。


「今回の乗客リストに、惑星連邦議会の次期議長候補、アルヴァンド・クレイン氏の名がある」


 クレイン氏の名前を聞いた瞬間、室内の空気が一瞬で張り詰めたのをカケルは覚えている。銀河政治の表舞台に興味のないイヴァンでさえ、その名には聞き覚えがあったのだろう、顔色をわずかに変えた。ホログラムスクリーンには、クレイン氏の顔写真と経歴が大きく表示された。


「周知の通り、クレイン氏は和平推進派の急先鋒だ。銀河間協定の再締結を訴え、多様な種族の共存を理想とする」


 アラン局長の言葉に合わせ、ホログラムスクリーンにクレイン氏の推進する政策の概要が映し出される。それは確かに理想的なものだ。しかし、その政策によって影響を受けたであろう地域に関するデータも、同時に表示された。異種族間の文化や慣習の違いを尊重しすぎるあまり、法執行が緩くなり、結果的に治安が悪化している惑星の報告書が次々とスクロールしていく。


「理想は美しい。だが、現実は常に理想通りにはいかない」


 局長の言葉は、まるで銀河そのものが抱える矛盾を言い表しているかのようだった。


「彼の政策によって、一部の辺境惑星では無法地帯と化した場所もある。これは、惑星連邦内で治安維持を担うGRSIとして、無視できない事実だ」


 カケルは、その時、胸の奥で奇妙なざわめきを感じていた。まるで、これから起こるであろう出来事を、無意識に察知しているかのような感覚。それはまだ、明確な形を持たない、漠然とした予感に過ぎなかったが、無視できない重みがあった。


「一方、クレイン氏と対立する勢力もいる。強硬覇権派、中でも『スターフォージ・アライアンス』は、その代表格だ」


 ホログラムスクリーンは、スターフォージ・アライアンスのシンボルマークと、彼らが支配する星系の映像に切り替わった。そこには、厳格な統制の下、完璧なまでに整備された都市と、驚くほど低い犯罪率を示すデータが示されていた。


「彼らの主張は極端だ。特定の種族が銀河を支配すべきだと。だが、皮肉なことに、彼らの統治下では治安が維持されているという実績がある」


 アラン局長の声は淡々としていたが、その言葉は重い。銀河の平和を守るGRSIにとって、どちらが真に「正義」なのか、単純には判断できない複雑な状況がそこにはあった。


「クレイン氏の暗殺計画などは?」


 珍しく、エミリーが口を開いた。彼女の質問に、アラン局長は首を横に振った。


「現時点では、特定の情報はない。だが、彼の政治的立場を考えれば、何が起こっても不思議ではない」


 そして、アラン局長は改めてチームYの全員に視線を向けた。


「お前たちの任務は、あくまでも銀河鉄道の治安維持だ。政治的な思惑には深く入り込むな。我々は諜報機関だが、同時に銀河鉄道の一員でもある。レールの安全、乗客の命を守ることが最優先事項だ」


 その言葉は、まるで楔のようにカケルの心に打ち込まれた。GRSIの任務は、銀河の平和を守ること。しかし、その平和の定義は、立場によって、あるいは見る角度によって、これほどまでに異なるのか。理想と現実、そして二つの異なる「正義」の間で、GRSIとして、そして個人として、何を為すべきか。


「理解したか、チームY?」


 アラン局長の問いに、カケルは深く頷き、他のメンバーもそれぞれに返事を返した。


「はい、局長!」ミリアムが元気よく答える。


「りょーかいっす」イヴァンは腕組みをしたまま。


 エミリーは無言で頷き、ノアは既にホログラムスクリーンを閉じて端末を操作し始めていた。


 その返事には、未だ完全に消化しきれない、複雑な感情が混じり合っていた。


 カケルは回想から意識を現実へと引き戻した。メインラウンジの賑わいは相変わらずで、窓の外ではサファイア・エクスプレス号が、再び新たな星系へと差し掛かろうとしていた。まだ、事件の兆候はこのメインラウンジには見えない。しかし、アラン局長の言葉が、彼の心に重くのしかかっていた。この旅は、決して穏やかなものにはならないだろう。

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