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警乗

 銀河鉄道が誇る豪華列車サファイア・エクスプレス号のメインラウンジは、煌びやかな光と上質な会話に満ちていた。磨き上げられたクリスタルガラスの窓からは、漆黒の宇宙に散りばめられた宝石のような星々が、息をのむような美しさで流れていく。一流のギャルソンが、銀河各地から取り寄せられた珍しい酒を優雅な所作で注ぎ、テーブルでは、惑星連邦の要人や裕福な貿易商たちが、時に真剣に、時に談笑しながらグラスを傾けている。誰もが思い思いに、この贅沢な列車旅を楽しんでいるかのようだった。


 その中に、ごく自然に溶け込んでいる五人の若者たちがいた。彼らは、銀河鉄道特別情報部GRSIの精鋭、通称「チームY」。現在の任務は、このサファイア・エクスプレス号の「警乗」だ。特定の要人の警護ではなく、あくまでも列車全体の安全と秩序を維持するための、一般的な任務である。そのため、彼らは普段着に近い、この列車の乗客層に相応しい上質なカジュアルウェアに身を包み、一般の旅行客として振る舞っていた。


「ったく、こんな豪華列車でまで堅苦しい警備かよ。たまにはゆっくり酒でも飲んでぇな」


 グラスに入ったミネラルウォーターを揺らしながら、イヴァン・ロストフが不満げにぼやいた。屈強な体躯を持つ彼には、ラウンジの豪華なソファは少々窮屈そうに見える。そのガサツな口調は、彼の隣に座る女性のひんしゅくを買う寸前だった。


「イヴァン、職務中だ。それに、ここでのトラブルは、普通の列車とは次元が違う。常に警戒を怠るな」


 冷静な声で嗜めたのは、チームのリーダー的存在であるカケル・カツラギだ。彼は、イヴァンとは対照的に、姿勢良くソファに腰掛け、一見すると宇宙雑誌を読んでいるように見える。だが、その瞳は絶えずラウンジ全体を静かに見渡しており、誰よりも警戒心を怠っていなかった。彼の年齢に似合わない落ち着きは、彼の天性のものだった。


「分かってるって。でもさ、見てみろよ、この列車。セキュリティAIが全て管理してんだろ?俺らがいる意味あんのか?」


 イヴァンは相変わらずぶつくさ言っているが、それでも彼の視線もまた、無意識のうちに周囲を警戒している。


「それが、僕たちの存在意義だよ、イヴァン」


 そう答えたのは、小さなカフェテーブルの向かいに座るノア・ブラウンだ。彼は、手元の薄型タブレット端末に視線を落としたまま、指先を忙しなく動かしている。彼の完璧にセットされた髪型は、どんな時も乱れることがない。


「どんなに優れたAIシステムでも、人間の悪意を完全に予測し、対応することはできない。システムに侵入される可能性もゼロじゃない。僕たちの任務は、その『ゼロじゃない可能性』に備えることだ」


 ノアの言葉は常に論理的で、彼の視線がタブレットから外れることはほとんどない。彼は列車のセキュリティシステムにアクセスし、乗客の行動パターン、列車の運行状況、そして通信記録に至るまで、ありとあらゆるデジタル情報を監視していた。彼の指が数回画面をタップすると、ラウンジ内の全ての監視カメラの映像が、彼の視界だけに映し出される。


「ノアが言う通りだよ。デジタルじゃ捉えきれないものもあるんだから」


 快活な声で二人の会話に加わったのは、ミリアム・ホロウェイだった。彼女は、カケルの隣に座り、窓の外を流れる星々を眺めている。他のメンバーとは異なり、彼女はあまり警戒しているようには見えず、ただ純粋に列車の旅を楽しんでいるように見える。しかし、その耳は、ラウンジ全体に満ちる様々な「音」を、無意識のうちに捉えていた。談笑の声、グラスが触れ合う音、ギャルソンの足音。そして、それらの「音」の奥底に、どこか不協和な、けれどそれが何であるか分からない微かな響きを感じ取っていた。その感覚は、彼女を少しだけ落ち着かなくさせたが、それが何に起因するのかは判然としない。ミリアムは首を傾げたが、すぐに笑顔を浮かべ、宇宙雑誌に目を戻した。


「それに、エミリーがいてくれれば、どんなことが起きても大丈夫でしょ?」


 ミリアムが笑顔で問いかけると、少し離れたテーブルで一人、黙々とハーブティーを飲んでいたエミリー・ガルシアが、静かに顔を上げた。彼女はチームで唯一、露出の少ないフード付きのローブを羽織っており、周囲に溶け込みながらも、その存在はどこか浮世離れして見えた。感情を表に出すことは少ないが、その瞳は鋭く、列車内のあらゆる乗客の動きを記憶している。


「私はただ、役割を全うするだけ」


 エミリーの簡潔な返答に、イヴァンは肩をすくめた。彼女の狙撃能力は百発百中であり、その冷静沈着な判断力はチームの大きな武器だ。彼女は常に最適な隠蔽場所と、万が一の事態に備えた射線をシミュレートしていた。


 チームYのメンバーは、見た目こそ若く、まるで大学生のグループ旅行のようにも見える。しかし、彼らはGRSIのエージェントとして、銀河鉄道の治安を守るために相応のキャリアを積んできたベテランたちだ。若き天才ハッカー、屈強な肉体を持つ格闘家、そして百発百中の狙撃手。そして、まだその真価が発揮されていない、リーダーの冷静な洞察力と、ムードメーカーの研ぎ澄まされた感覚。彼らは互いの個性を理解し、信頼し合っている。


 列車は順調に運行を続けていた。メインラウンジの賑わいは続き、乗客たちはめいめいに楽しい時間を過ごしている。彼らは知る由もなかった。この平和な空間が、やがて銀河を揺るがす未曽有の事件の舞台となることを。そして、自分たちのすぐ近くに、その事件を引き起こす「影」が潜んでいることを。


 窓の外を流れる星々は、何も語らない。ただ、静かに、この列車が運ぶ光と影を見守っているかのようだった。

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