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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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26.静かなる終焉

 壮絶な激闘の末、チームYはついに『影の職人』エドワード・ヴァンスを確保した。彼の体に宿っていたもう一人の人格は、ミリアムの純粋な想いによって沈黙し、今はただ、茫然自失とした一人のビジネスマンがそこにいるだけだった。


「ベネット車掌、GRSIのカケル・カツラギです」


 カケルは、機関車からメイン・ラウンジに戻ると、すぐに主任車掌に通信を入れた。声には、戦いを終えた後の疲労と、事態を収拾する冷静さが混じり合っている。


「こちらベネット。状況を報告してください」


「犯人を確保しました。クレイン議員を殺害したのは、貿易会社のビジネスマン、エドワード・ヴァンスです。彼は多重人格で、もう一つの人格が『影の職人』として犯行に及びました」


 通信の向こうで、ベネット車掌が息をのむ音が聞こえた。彼にとっても、この事態は予想をはるかに超えていたのだろう。


「承知しました。直ちに、GRSI本部と惑星連邦警備局に通報します。現在の航路から最も近い拠点駅、ルナ・ポートへ向かわせます。到着後、皆様と被疑者の身柄をGRSIの専門チームに引き渡します」


「了解です。ありがとうございます」


 通信を終えたカケルは、深い安堵のため息をついた。ノアは機関部のシステムを正常に戻し、エミリーは腰のレールガンをホルスターに収めている。イヴァンは、まだ怒りの表情を顔に残したまま、拘束したエドワードを見下ろしていた。


「あいつの、あの復讐に燃えてた目を見たら、ぶん殴ってやりたくなったぜ。俺たちもあいつらの道具にされかけてたんだからな」


「イヴァン、もういい」


 カケルは、静かに言った。


「彼は、誰かに利用された被害者でもある。彼の心に深い傷があったことを、忘れてはいけない」


 ミリアムは、拘束されたまま、憔悴しきった表情で座り込んでいるエドワードの傍にそっと寄り添っていた。彼は、ミリアムの優しい視線に気づいたのか、顔を上げる。彼の目には、先ほどの獰猛な光はもうなく、ただただ、深い悲しみと混乱が宿っていた。


「私は……私は、一体何を……」


 エドワードは、震える声で呟いた。


「クレイン議員を殺したのは……」


 ミリアムは、何も答えることができなかった。ただ、彼の隣に座り、その背中をそっと撫でていた。


「ノア、ライラ・ハディッドとドミニク・カーターの個室を特定してくれ。俺とイヴァンがドミニクを、エミリーとミリアムがライラを確保する」


 カケルは、再び作戦を指示した。この事件は、エドワードの確保だけでは終わらない。彼を操った真の黒幕、そして事件の裏で暗躍した者たちを、全て白日の下に晒さなければならない。



 エミリーとミリアムは、ライラ・ハディッドの個室のドアをノックした。室内から「どうぞ」という静かな声が聞こえ、二人は中に入った。ライラは、テーブルの前の椅子に座り、カップを両手で包み込むようにして、二人を待っていた。その表情は、まるで全てを悟っているかのようだった。


「GRSIの者です。あなたをメイン・ラウンジの監視カメラに妨害装置を取り付けた容疑で逮捕します」


 エミリーが淡々と告げると、ライラは静かに頷いた。


「分かっていました。いつかこうなることは」


「なぜ、そんなことを?」


 ミリアムが尋ねた。


「あなたはスキャンダルを暴くことが仕事、でも、こんな方法でやるとあなた自身が逮捕されることもあるのに……」


 ライラは、ミリアムの真っ直ぐな瞳をじっと見つめた。


「ええ、そうね。それでも私はただ、あの男の偽善を暴きたかっただけ」


 ライラは、吐き捨てるように言った。


「彼は、和平推進派として銀河の英雄のように振る舞っていたけど、その裏では、不透明な政治資金の流れに関わり、特定の資源企業と癒着していた。私は、その証拠を掴んで、彼を失脚させようとしていたの」


「そして、その情報を、あなたは強硬覇権派に漏らしていた。彼らは、あなたのスキャンダルを、クレイン議員を排除するための道具として利用した」


 エミリーが、静かに続けた。


 ライラの顔から、血の気が引いた。彼女は、自分の行動が、結果的にクレインの死を招く一因となったことに、気づいていなかったのだろう。


「……私が、あいつらに利用されていたことは知っていたわ…、でも、まさか殺人を犯すなんて…」


 ライラは、顔を覆い、悔しさに震えた。


「あなたの行動は、結果的に強硬覇権派の思惑通りとなった。あなたは、彼らが仕組んだ暗殺計画の、重要な駒だった」


 エミリーは、ライラに手錠をかけた。


「あなたは、自身の正義のために行動したのかもしれない。しかし、その結果、罪を犯した」


 ライラは、抵抗することなく、静かに手錠を受け入れた。彼女の目には、正義を貫こうとした者としてのプライドと、利用されたことへの悔しさ、そして自分の行動が招いた悲劇への後悔が、複雑に混じり合っていた。



 カケルとイヴァンは、ドミニク・カーターの個室へと向かった。ドミニクは、二人を見て、薄笑いを浮かべた。


「おやおや、GRSIの皆さんが、こんなところに。私に何か用でも?」


 彼の態度は、相変わらず傲慢で、自分が逮捕されるなど、微塵も思っていないようだった。


「ドミニク・カーター。あなたをクレイン議員殺害の重要参考人として、身柄を確保します」


 カケルの声は、氷のように冷たい。


「あなたは、惑星連邦議会の強硬覇権派と繋がりを持ち、彼らの依頼でクレイン議員を監視していましたね。そして、彼らが『影の職人』エドワード・ヴァンスに、クレイン殺害を依頼したことを、知っていたはずです」


 ドミニクは、カケルの言葉を聞いて、眉をひそめた。


「何を根拠に、そんな馬鹿なことを……!」


「根拠なら、これだ」


 イヴァンがノアが解析したドミニクと強硬覇権派との通信記録を、端末の画面に表示させた。


「あんたの筆跡で書かれたメモと、この通信記録が、全てを物語っている。あんたは、強硬覇権派の議員たちが、クレインの死から利益を得ようとしていることを知っていた。そして、彼らのために、クレインの動向を監視し、情報を提供していた」


 ドミニクは、画面に表示された通信記録を見て、顔色を変えた。彼の完璧な仮面が、ついに剥がれ落たのだ。


「そんな……!なぜ、そんなものが……!」


 ドミニクは、狼狽し、顔を歪ませた。


「俺は、殺害には直接関わっちゃいない!ただ、彼らが、クレインを失脚させようとしているのを知っていただけだ!殺すなんて……」


「だが、結果的にあんたの行動が、クレインの死を招いた」


 イヴァンが、ドミニクの襟首を掴み上げ、壁に押し付けた。


「てめぇは、復讐に燃えるエドワードを利用し、強硬派の権力争いに加担した!お前の手を汚さなかったからって、無関係だとでも思ってんのか!」


「やめろ、イヴァン!」


 カケルが、イヴァンを制止した。


「彼の言う通りだ。あなたは、殺害そのものには直接関与していないかもしれない。しかし、強硬覇権派と共謀し、この事件を引き起こしたことに間違いはない。あなたは、この罪の重さを、一生背負っていくことになる」


 ドミニクは、抵抗する気力を失い、その場に崩れ落ちた。カケルとイヴァンはドロイド警備員に個室の監視を任せ、その場をあとにした。



 サファイア・エクスプレス号は、夜空に浮かぶ巨大な星、ルナの軌道へとゆっくりと侵入していく。そして、ルナ・ポート駅へと静かに着陸した。駅のホームには、既にGRSIの専門チームが待機しており、その物々しい雰囲気は、これから始まるであろう大規模な捜査を予感させていた。


 チームYは、エドワード・ヴァンス、ライラ・ハディッド、そしてドミニク・カーターの三人の身柄を、GRSIのチームリーダーへと引き渡した。エドワードは、憔悴しきった表情で、何も抵抗することなく、エージェントたちに連行されていく。彼は、まずは精神鑑定が行われ、彼の中に潜む『影の職人』の人格と、向き合わなければならない。


「エドワードさん……」


 ミリアムが、彼の背中に向かって、小さな声で呼びかけた。エドワードは、振り返ることなく、ただ立ち止まった。そして、ミリアムには聞こえないほどの小さな声で、呟いた。


「ありがとう……」


 その言葉は、まるで、彼の心の中に残された、最後の光のように、ミリアムの心に響いた。


 ミリアムは、静かに涙を流した。彼女は、彼の逮捕を心から喜ぶことができなかった。復讐の連鎖が、彼自身の人生を狂わせてしまったのだ。


「これで終わりじゃない」


 カケルは、静かに言った。


「強硬覇権派の連中を、徹底的に洗い出す」


 チームYは、事件の真相を解明し、真の黒幕を暴くために、新たな戦いへと足を踏み出そうとしていた。サファイア・エクスプレス号の密室で起きた殺人事件は、銀河社会全体を揺るがす、巨大な陰謀の始まりに過ぎなかったのだ。

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