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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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25.機関車での激突

 サファイア・エクスプレス号の機関車は、乗客エリアとは全く異なる、無骨で機能的な空間だった。

 蒸気と油の匂いが満ち、巨大なタービンが轟音を立てて回転している。無数の配管やケーブルが複雑に絡み合い、まるで生き物のように蠢いていた。チームYは、その複雑な迷路のような空間へと足を踏み入れた。


「ノア、機関車のセキュリティシステムをハッキングしろ!エドワードが何か仕掛ける前に、全ての機能を凍結させるんだ!」


 カケルの指示が飛ぶ。しかし、ノアの声が通信越しに焦りを帯びていた。


「ダメだ、カケル!機関車のシステムが、外部からのアクセスを全て拒絶している!まるで、高度なファイアウォールで守られているみたいだ!」


「ちっ、奴の仕業か!」イヴァンが舌打ちする。


「こうなったら、力ずくで突破するしかねぇ!」


 その時、彼らの前に、一人の男が姿を現した。エドワード・ヴァンス。しかし、彼の表情は、これまでの穏やかで気弱なビジネスマンのそれとは全く異なっていた。その瞳は冷たく、深く、そして獰猛な光を宿している。


「ようこそ、GRSIの皆さん。私の最愛の故郷、ヴァロリアを焼き尽くした惑星連邦と仲良くする犬たち」


 彼の声は、まるで別人格であるかのように、低く、そして重々しい。


「エドワード・ヴァンス。いや、『影の職人』。貴様がクレイン議員を殺害したことは、全て分かっている」


 カケルが、一歩前に進み出た。


「ああ。分かっていたさ。君たちがどこまでたどり着くか、興味深く見ていた」


 エドワードは、ゆっくりとチームYに近づいてくる。


「そして、君たちの追跡能力は、私の期待を上回った。面白いゲームだったよ。だが、残念ながら、ここまでだ」


 エドワードは、ポケットから小さなリモコンを取り出し、ボタンを押した。すると、機関車の巨大なタービンが、さらにけたたましい音を立てて回転を始める。そして、機関車の中の巨大な油圧式アームや、メンテナンス用のレールが、不気味な軋みを上げて動き出した。


「機関車のシステムを、完全にジャックしたようね」


 エミリーが冷静に状況を分析する。


「彼の『影の職人』としての技術は、ハッキング能力も備えているのね」


「貴様の目的はなんだ、エドワード!」イヴァンが叫んだ。


「機関車をどうするつもりだ!」


「この列車は、ヴァロリアの悲劇の象徴だ。クレインの死を、より多くの人々に知らしめるために、この列車をヴァロリアの軌道へと向かわせる。そして、そこで自爆する」


 エドワードの恐ろしい告白に、チームYの間に緊張が走る。


「そんなことをしたら、列車に乗っている全ての人が犠牲になる!」


 ミリアムが悲痛な声を上げた。


「これも、クレインの死と同じだ。より大きな目的のためには、小さな犠牲は許容される。クレインがヴァロリアでやったように、な」


 エドワードは、冷たい笑みを浮かべた。


「さあ、楽しませてくれ。銀河鉄道の犬たち」


 エドワードは、信じられないほどの敏捷な動きで、巨大な油圧式アームを足場に、チームYに襲い掛かってきた。彼の動きは、一見、無秩序に見えるが、機関車の複雑な構造を完全に理解しており、その環境を全て武器として利用している。彼は、蒸気噴射を巧みに使い、イヴァンの視界を奪い、配管の影からエミリーを狙おうとする。その身体能力と知力は、まさに『影の職人』そのものだった。


「イヴァン、突っ込め!エミリー、彼の動きを読め!ノア、機関車のシステムをどうにかしろ!」


 カケルの指示が飛ぶ。イヴァンは、彼が仕掛ける罠を力でねじ伏せ、エドワードに肉迫しようと試みる。エミリーは、彼の残像を追うように銃口を向け、彼の動きを牽制する。ノアは、機関車のシステムをハッキングし続け、彼の次の行動を予測しようとしていた。


 その激しい攻防の中、ノアの声が通信越しに響いた。


「カケル、機関車のコアシステムをハッキングすることに成功した!エドワードが、この列車そのものをヴァロリアの悲劇の象徴として、クレインの死と共に葬り去ろうとしていることは事実だ!」


「くそっ、やっぱりか!」


 イヴァンが、怒りを滲ませた。


「このままじゃ、本当に自爆させやがる!」


「そして、もう一つ分かったことがある!」


 ノアの声が、興奮と緊張で震えていた。


「エドワードが『影の職人』としてクレイン殺害の依頼を受けたのは、惑星連邦議会の強硬覇権派からだ!彼らは、クレインの死を政治的な混乱のきっかけとして利用し、自分たちの権力拡大を狙っていたんだ!」


 カケルの頭の中で、全てのピースが完璧に繋がった。ドミニク・カーターのメモと、強硬派議員との通信履歴。そして、エドワードの復讐心と、今回の「大衆の前での殺害」という手口。全ては、一つの巨大な陰謀へと収束する。エドワードの個人的な復讐心は、政治的な思惑によって利用され、この列車という巨大な舞台で、最悪の形で結実しようとしていた。


「卑劣な……!」


 イヴァンが、憤りをあらわにする。


「あいつら、エドワードの復讐心につけ込みやがったのか!」


「エドワード・ヴァンス!お前は、強硬覇権派に利用されているだけだ!クレインを殺しても、お前の復讐心は満たされない!むしろ、お前の人生は、彼らの手によって破壊されるだけだ!」


 カケルは、エドワードに叫んだ。しかし、エドワードは冷たい笑みを浮かべたまま、カケルの言葉を無視する。彼の心の中には、最早、復讐心しか残っていないかのようだった。


「無駄だ。私は、私の復讐を成し遂げる。そして、この列車を、ヴァロリアの空へと捧げる」


 エドワードは、再びチームYに襲い掛かってきた。彼は、もう一人の人格、そして自分の心を蝕んだ悲劇から、完全に解き放たれてしまったかのようだった。チームYは、復讐に燃える多重人格の殺し屋と、彼を操る巨大な陰謀に立ち向かわなければならない。そして、この列車に乗る全ての乗客の命を守るために、彼を止めなければならない。


『影の職人』と化したエドワード・ヴァンスは、機関車内部の環境をすべて武器として、チームYに襲いかかってきた。彼の動きは予測不能で、蒸気噴射で視界を遮り、油圧式アームを巧みに操って攻撃してくる。イヴァンは彼の猛攻を受け止めようと、身を挺して立ち向かう。


「くそっ、動きが速すぎる!」


 イヴァンが叫んだ。彼の屈強な肉体を持ってしても、機関部の環境を完全に支配したエドワードを捕らえることは難しい。


「エミリー、援護を!」


 カケルの指示が飛ぶ。エミリーは、正確な射撃でエドワードの足元を狙い、彼の動きを牽制する。銃弾は精密に彼の近くの床を打ち、火花を散らした。しかし、エドワードはそれすらも嘲笑うかのように、巧みに攻撃をかわし、機関部の奥へと姿をくらます。


「ノア、機関車のシステムをどうにかしろ!彼を完全に無力化させるんだ!」カケルは叫んだ。


 ノアは、機関車のコアシステムをハッキングし、彼の支配を覆そうと試みる。しかし、エドワードが施したファイアウォールは強固で、なかなか突破できない。


「ダメだ、カケル!彼のハッキングは完璧すぎる!システムを再起動させるには時間がかかる!」


 チームYは、完全に追い詰められていた。このままでは、列車はヴァロリアの軌道へと進み、大惨事を引き起こしてしまう。カケルは、エドワードの次の動きを予測しようと、周囲を注意深く見渡した。彼は、この機関車で、自分たちの能力を一つずつ封じ込めようとしている。


 その時、ミリアムが、恐怖に震えながらも、一歩前に進み出た。


「エドワードさん!やめてください!お願いです!」


 イヴァンが慌てて彼女を止めようとする。


「ミリアム、危ない!戻れ!」


 しかし、ミリアムは彼らの制止を振り切った。彼女は、エドワードが潜んでいるであろう、巨大なタービンの陰に向かって叫び続けた。


「あなた、本当はこんなこと、したくないんでしょ!私たちに見つけてほしかったんでしょ!」


 ミリアムの声は、機関車の轟音にかき消されそうになるが、不思議と、エドワードの耳には届いているようだった。タービンの陰に潜んでいたエドワードの動きが、一瞬だけ止まった。


 その様子をカケルは察知した。慌ててミリアムを連れ戻そうとした腕を引っ込め、様子を見ることにした。


「何を言っているんだ。私は、復讐を果たすためにここにいる。君たちの声など、私には届かない」


 エドワードの声は、冷たく、そして感情がなかった。


「そんなことない!あなたは、ヴァロリアの悲劇を乗り越えて、貿易会社を立ち上げて、たくさんの人を助けてきたじゃない!それは、あなたの中に、優しくて、人を助けたいって気持ちがあったからだよ!」


 ミリアムは、必死に訴え続けた。


「そんなあなたは、人を殺したり、こんなに悲しい顔をするはずがない!」


「黙れ!」


 エドワードは、タービンの陰から飛び出し、ミリアムに向かって、鋭い刃物のような工具を投げつけてきた。


 エミリーが素早く銃口を向け、それを撃ち落とす。しかし、その時、ミリアムは彼の目を見た。殺意に満ちた『影の職人』の瞳の奥に、一瞬だけ、怯えと悲しみをたたえた、本来のエドワードの瞳が見えた気がした。


「あなたは……本当は、苦しんでいるんでしょ!もう一人の自分が、こんなことをしているのに、止められなくて……!私たちが、あなたを見つけ出して、助けてあげるから!だから、もうやめて!」


 ミリアムの言葉は、まるで彼の心の奥底にまで届く光のようだった。エドワードの動きが完全に止まった。彼は、その場でうずくまり、両手で頭を抱え、苦しみ出した。


「うるさい……!うるさい……!俺は……俺じゃない……」


 彼の頭の中では、二つの人格が激しく衝突していた。一つは、クレインへの復讐を成し遂げようとする『影の職人』の人格。そしてもう一つは、ミリアムの言葉によって初めて、自分の行動に抵抗しようとする、本来の優しいエドワードの人格だった。


「やめろ……俺は……殺したくない……!」


 エドワードは、震える声で叫んだ。


『影の職人』の人格は、彼の体を完全に支配しようと、激しく抵抗する。彼の脳裏には、父親が死んだヴァロリアの悲劇の光景がフラッシュバックし、憎悪の念を煽り立てる。しかし、ミリアムの言葉が、その憎悪の炎をかき消そうと、彼の心に訴えかけていた。


「もういいんだよ、エドワードさん!復讐なんて、しなくていいんだよ!あなたは、何も悪くないんだから……!」


 ミリアムは、涙を流しながら叫んだ。


 その時、エドワードの体から、何かが弾け飛ぶような音が聞こえた。彼の瞳に宿っていた冷たい光が消え、いつもの、気弱で優しい、ビジネスマンのエドワードの顔が戻ってきた。彼は、呆然とした表情で、自分の両手を見つめる。


「俺は……俺は、何を……」


 その隙を逃さず、イヴァンが彼に駆け寄り、その体をしっかりと抱きかかえる。エドワードは、抵抗することなく、力なく崩れ落ちた。


 カケルは、彼を拘束するように、彼の腕に手錠をかけた。エミリーは、安堵の息をつく。そして、ノアが通信越しに叫んだ。


「カケル!機関車のシステムにアクセスすることに成功した!すぐに列車の軌道を変える!」


 カケルは、ホッとした表情でノアに感謝した。そして、ミリアムの元へ歩み寄った。彼女は、安堵からか、その場で座り込み、涙を流している。


「よくやった、ミリアム」


 カケルは、彼女の肩をそっと叩いた。


「君の言葉が、エドワードを、そして、サファイア・エクスプレスを救ったんだ」


 ミリアムは、涙を拭いながら、力なく微笑んだ。

事件は、解決へと向かい始めていた。しかし、エドワードの心に潜んでいた闇は、彼らを悩ませ続けるだろう。そして、彼の心を操り、この事件を画策した真の黒幕、惑星連邦議会の強硬覇権派の存在。彼らは、まだ闇の中に潜んでいる。チームYの戦いは、まだ終わっていない。

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