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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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24.追跡者の迷宮

 一連の情報をまとめ、カケルはすぐに作戦の指示を出した。彼の中に芽生えた確信は、もはや揺るぎないものとなっていた。エドワード・ヴァンス。彼こそが、クレイン議員を殺害した多重人格の殺し屋『影の職人』だ。そして、その背後には、政治的混乱を企む強大な組織が潜んでいる。


「エミリー、俺と一緒にエドワードの個室へ向かう。万が一に備え、警戒を怠るな」


 カケルの声は、冷たく張り詰めていた。


「イヴァンとミリアムはメインラウンジで待機。ノアは、引き続き列車AIを監視。エドワードが妙な動きをしていないか、見ていて欲しい」


「了解!」


 カケルとエミリーは、足早にエドワードの個室へと向かった。廊下には不気味なほどの静寂が漂っている。他の乗客たちは、殺人事件の恐怖からか、各自の個室に閉じこもっているのだろう。この豪華列車は、今や巨大な密室の迷宮と化していた。


 エドワードの個室の前に到着すると、カケルは静かに立ち、エミリーは彼の背後で、腰に携えた高精度レールガンを構えた。彼女の目は、ドアのわずかな隙間や、周囲の気配に鋭く光っている。


「開けるぞ」


 カケルは、ドアに手をかけると、一気に押し開けた。


 しかし、室内はもぬけの殻だった。ベッドも整えられたままで、生活感すらほとんど感じられない。


「いないわ……」


 エミリーが声を潜めて言った。


「くそっ!」


 カケルは、すぐさまノアに通信を入れた。


「ノア、エドワードが個室にいない!逃走したようだ」


 ノアの声が、焦りを滲ませて返ってきた。


「マジか!?列車AIのログには、彼が個室を出た記録は一切ない!まるで、最初からそこにいなかったみたいだ……」


「『影の職人』の仕業だな。システムを完全に欺く、彼ならではの手口だ」


 カケルは、冷静に状況を分析した。


「カケル、どうする?」


 イヴァンが通信越しに問いかけてくる。


「捜査は二手に分かれる。エミリーと俺は食堂車とカフェテリアを。イヴァンとミリアムは貨物車とサービスエリアを捜索する。ノアは引き続き、エドワードの痕跡を探せ。どんな些細なことでも構わない。彼の足取りを追うんだ」


「了解!」


 チームYは、列車という巨大な密室の中で、それぞれ異なるエリアを捜索し始めた。カケルとエミリーは、食堂車とカフェテリアのエリアへと入った。煌びやかな内装とは裏腹に、そこには人っ子一人おらず、不気味な静けさが漂っている。


「彼は、私たちに自分を追わせようとしているわね」


 エミリーが静かに言った。


「まるで、チェスの駒のように……」


 彼女の言葉通り、カケルたちは食堂車の一角で、エドワードが残した痕跡を発見した。それは、一輪挿しの花瓶の中に無造作に置かれた、ライラ・ハディッドの盗聴器だった。


「これは……ライラが持っていたものと同じだ」


 カケルは、盗聴器を白い手袋をはめた指でつまみ上げた。


「こんなところに置いていくなんて、明らかに挑発だ。俺たちが彼の正体にたどり着いたことを知っている」


 エミリーは、その盗聴器を静かに見つめた。


「そして、ここが、彼が私たちにメッセージを残した場所。つまり、彼の次の行動を暗示しているのかもしれないわ」


 その頃、イヴァンとミリアムは、無機質な鉄骨と貨物コンテナが並ぶ貨物車を捜索していた。薄暗く、埃っぽい空間は、豪華な客室とはかけ離れた雰囲気を放っている。


「ったく、こんなところでかくれんぼかよ。さっさと出てきやがれ!」


 イヴァンは、コンテナを力任せに叩きながら、苛立ちをぶつけていた。


「イヴァン、ちょっと待って」


 ミリアムが、床に落ちていた何かを指差した。

そこには、ドミニク・カーターが読んでいた新聞が、丸められて落ちていた。それは、エミリーが発見した、メモが書き込まれていたのと同じ新聞だった。


「これは……ドミニクさんが読んでいた新聞だ」


 イヴァンが、怪訝な顔で言った。


「あいつ、こんなところに捨てていきやがって……」


「ううん、違うよ、イヴァン」


 ミリアムは、新聞の横に落ちていた、小さなヴェラ・シモンズのペンを拾い上げた。


「これを見て。ペンの中身は空っぽだ。それに、新聞はこんなに丁寧に丸めてある。これは、エドワードさんが、わざと私たちに見つけてほしくて置いたんだと思う」


 ミリアムの言葉に、イヴァンはハッとした。


「わざと?なんでそんなことするんだ?」


「きっと、自分のやってきたことを、誰かに気づいてほしかったんじゃないかな」


 ミリアムは、どこか悲しげな目でペンを見つめた。


「誰にも言えずに、一人で抱え込んできたんだよ、きっと……。だから、もう一人の自分、殺し屋の人格が、私たちに助けてってサインを出しているのかもしれない……」


 イヴァンは、ミリアムの純粋な言葉に、何も言い返すことができなかった。確かに、これらの痕跡は、ただの挑発にしてはあまりにも分かりやすすぎた。まるで、犯人が自ら、自分の犯行を物語るように、丁寧に証拠品を配置しているかのようだった。


 その時、カケルから通信が入った。


「イヴァン、ミリアム!痕跡を見つけた。食堂車にライラの盗聴器が置かれていた。彼は、俺たちが彼の正体と、これまでの捜査の全てを把握していることを知っている。そして、彼が俺たちに接触を求めている可能性が高い」


「カケル、こっちも新聞とヴェラのペンを見つけたよ」


 ミリアムが答えた。


「きっと、彼は機関車にいると思う。一番奥の、乗客が絶対に行かない場所……」


 カケルは、ミリアムの言葉に、深く頷いた。彼女の直感は、彼の論理的な思考と完全に一致していた。


「よし、全員機関車へ向かう。ノア、機関部のセキュリティにハッキングを試みろ。彼が何か仕掛ける前に、全てのシステムを凍結させる」


 カケルは、鋭い指示を出した。


「奴は、機関車の中で、俺たちを待ち構えている」


 チームYは、サファイア・エクスプレス号の最も奥、乗客には決して近づくことのできない神聖な領域、機関車へと向かっていた。そこで待ち受けるのは、多重人格の殺し屋との最終決戦。彼の目的は一体何なのか。そして、彼の心に潜むもう一人の自分は、本当に助けを求めているのだろうか。

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