23.真実への旅立ち
エドワード・ヴァンスが多重人格である可能性。そして、その裏に潜む『影の職人』と呼ばれる殺し屋の人格。この驚くべき仮説が浮上し、チームYは一筋の光を見出したかに思えた。しかし、それを証明する決定的な証拠はまだない。彼の病と、殺し屋としての暗躍。その全てが、まるで霧の中に隠されているようだった。
ラウンジでは、ノアが端末に深く集中していた。彼の指がキーボードの上を猛烈な速さで滑り、膨大なデータベースを検索し、暗号化されたファイルを解読していく。彼の探しているものは、エドワード・ヴァンスの過去、そして彼を『影の職人』へと変貌させた、隠された真実だった。
「見つけた。エドワード・ヴァンスの過去について、より詳細な情報だ」
ノアの声は、普段よりも数段、重みを帯びていた。
カケルは、イヴァンとエミリーと共にノアの元へ駆け寄った。ミリアムも心配そうな顔で彼らを見守っている。
ノアは端末の画面に、古びたドキュメントファイルを映し出した。それは、ヴァロリアの悲劇に関する、極秘の軍事報告書の一部だった。
「エドワード・ヴァンスの父親は、ヴァロリアのゲリラ隊の幹部の一人だった」ノアは説明を始めた。
「彼は、ヴァロリアの自治と平和を求める右派勢力のリーダー格で、左派政権の移民政策に強く反対していた。そして、惑星連邦の『協調介入』によって、彼の部隊は徹底的に鎮圧されたんだ」
「つまり、エドワードの親父さんは、その時の戦闘で……」イヴァンの顔が険しくなる。
「その通りだ。彼の父親が率いる部隊は、連邦軍の特定の戦術によって全滅させられていた」
ノアの声に、わずかな感情が滲んだ。
「その戦術は、当時の連邦議会で激しい議論の的になった、非人道的とも言える苛烈なものだった。そして、その戦術の決定を最終的に承認したのが、他でもない、若き日のアルヴァンド・クレイン議員だったんだ」
ラウンジに重い沈黙が降りた。クレインが和平推進派の議員としてヴァロリア介入を推し進めたのは、表面上は平和のためだった。しかし、その裏には、エドワードの家族の命を奪った戦術の承認という、恐ろしい真実が隠されていたのだ。
「クレインが、エドワードの父親の部隊を……」
エミリーが呆然と呟いた。
「だから、エドワードは彼を殺したのか。復讐のために」
カケルの脳裏に、エドワードの記憶の欠落を訴える顔と、彼の過去の穏やかな笑顔が交互に浮かんだ。彼の表の人格は、ヴァロリアの悲劇を「やむを得ないこと」と整理し、乗り越えたかのように振る舞っていた。
しかし、彼の心の奥底には、父親の死とクレインへの憎悪が、癒えない傷として深く刻まれていたのだ。そして、その憎悪が、『影の職人』という別人格を生み出し、クレインへの復讐計画を実行させた。
「この情報が、エドワード・ヴァンスが多重人格であり、その裏の人格がクレイン議員を狙ったという仮説を裏付けている」ノアは続けた。
「彼の中に宿る『影の職人』こそが、クレインへの復讐を完遂するために生み出された存在だったんだ」
「だが、まだ気になる点がある」カケルは言った。
「『影の職人』は、裏社会で依頼を受けて殺しを請け負う存在だ。本来ならば、証拠を残さず、秘密裏にターゲットを始末することを得意としている。それなのに、なぜ、こんな豪華列車のメインラウンジで、衆目の前で殺害したのか?これは、彼の普段の手口とはあまりにかけ離れている」
その疑問に答えるかのように、ノアの指が再びキーボードの上を走った。
「カケル、まさにその点について、新たな痕跡を見つけた」
ノアの声には、緊張と、確信が混じっていた。
「今回のクレイン議員殺害について、『影の職人』と推定されるエドワード・ヴァンスに、ある組織が接触した痕跡が認められた」
「ある組織?一体どこだ?」イヴァンが顔をしかめた。
「彼らの通信履歴は厳重に暗号化され、何度も偽装されている。特定には時間がかかるだろう。しかし、その通信のパターンと、発信源が使用していたリソースから、その組織が相当な資金力と、銀河社会への影響力を持つ集団であることは間違いない」
ノアは、画面に表示された複雑なネットワーク図を指差した。
「彼らは、『影の職人』に対して、クレイン議員を『大衆の前で排除する』よう依頼していた。クレインの死を、政治的な混乱のきっかけとして利用しようとしていたようだ」
「つまり、今回は単なる暗殺ではなく、堂々と殺害することで、更なる政治的混乱を呼び起こすという意図がある、ということか」
カケルの瞳に、強い光が宿った。
「そして、『影の職人』のエドワード自身も、自分の裏の稼業が露呈するリスクを冒してでも、自分自身の人生を大きく変えたクレイン議員を、できる限り影響のある方法で殺害したいと考えていたと推測できるわ。依頼主の意図と、彼の復讐心が合致した、と」
エミリーが頷いた。
「まさにその通りだ」ノアが分析を終えた。
「彼らは、エドワードの心の闇と、彼の持つ『影の職人』としての能力を巧みに利用したんだ。そして、彼の復讐心を、彼らの政治的目的に合致する形で誘導した」
ラウンジの空気が一変した。事件は、単なる復讐劇ではなかった。その裏には、クレインの死を政治的に利用しようとする、巨大な陰謀が隠されていたのだ。
「『影の職人』は、特定の依頼を完璧にこなすことで知られている。彼は、依頼を忠実に実行した。そして、その依頼主は、クレインの死から利益を得る者たちだ」エミリーが冷静に分析した。
「一体、どの組織が、そこまで大胆な暗殺を企んだの?」
カケルは、その組織が、ドミニク・カーターが裏で接触していた、惑星連邦議会の強硬覇権派である可能性に思い当たった。彼らは、クレインの和平政策に強く反発し、混乱に乗じて権力を拡大しようとしていた。クレインの死は、彼らにとって絶好の機会となる。
「この列車の中に、まだ隠された真実がある。そして、その鍵は、エドワード・ヴァンスが握っている」カケルは立ち上がった。
「彼を止める。そして、この事件の真の黒幕を暴く。チームY、作戦を開始する」
彼らの眼差しには、使命感と、これから起こるであろう激しい戦いへの覚悟が宿っていた。サファイア・エクスプレス号は、今、真実を巡る最終決戦の舞台と化そうとしていた。




