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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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21.新たな視点

 主任車掌に変装したカケルがラウンジに戻ると、チームYのメンバーが彼を待っていた。エミリーは冷静な表情で、イヴァンは腕を組み、ノアは端末の画面に集中している。カケルは変装を解除し、ソファに身を沈めた。


「エレイン秘書も、決め手にはならなかった」


 カケルは疲れたように言った。


「護衛の目を離させた件も、ローブの繊維も、彼女は完璧な弁明をした。悲しみに暮れているように見えたが、同時に何かを隠しているようにも感じた。だが、明確な証拠はない」


「ライラはカメラを妨害したが殺意はない。ヴェラは護身用のペンを持っていたが使っていない。ドミニクは政治的な動機があるが殺人は否定している。エレイン秘書は不自然な動きはあったけど、忠誠心は本物に見える。これじゃ、どうにもならないぜ」


 イヴァンが苛立ちを隠せない様子で言った。


「全員が怪しいのに、誰も捕まえられねぇ。こんなことってあるのか?」


「事件が複雑すぎるのよ」


 エミリーが冷静に分析する。


「犯人は、私たち捜査官の心理を読み、私たちを混乱させるために、複数の容疑者に不審な行動を取らせたのかもしれない。彼らの行動が、結果的に犯人の目くらましになった、と」


「その可能性は高い。だが、真犯人は誰だ?」


 カケルは大きく息を吸い込んだ。


「よし、ここでクレイン氏の死因について、ドロイド警備員の初期分析結果をもう一度検証する。クレイン氏は『星屑のキス』を摂取した後、急激に毒に冒された。だが、毒物は飲み物に混入された形跡がない。そして、右手甲には微細な注射痕があった。そして、あのクレイン氏の右手甲の注射痕と、毒物の作用時間の矛盾は、まだ解決していない」


「我々は、クレイン氏の体内から検出された特定の毒物と、ラウンジで検出された別の毒物、そしてエドワード・ヴァンスの右手甲の注射痕という、三つの異なる手がかりを追っている。これらがどう繋がるのか、まだ全体像が見えていない」


 ノアが端末を操作しながら言った。しかし、その直後、彼は端末から顔を上げた。


「カケル、クレイン氏の毒物について、新しい情報が入った」


 ノアの声には、確信に近い響きがあった。


「何が分かった?」カケルは身を乗り出した。


「クレイン議員の体内から、『星屑のキス』の成分と反応することで猛毒になる「ある物質」が、ごく微量だが明確に検出された」


 ノアの声に、わずかな驚きが混じる。


「そして、この物質は、クレイン議員が死亡する数時間前に体内に摂取された痕跡がある。これは、消化器系からではなく、直接的な方法で体内に導入された可能性が高い」


「っつーことは、あらかじめ誰かがクレインに毒を盛ったということか?」


「正確には、それ単体では無害だが、特定の物質、ここでは『星屑のキス』と反応することで、猛毒になる成分を注入されたということさ」


「そして、その摂取時期も判明した」ノアは続けた。


「クレイン氏の体内に、その『ある物質』が検出されたのは、彼が死亡する約6時間前だった。ごく微量だったため、最初の検死では見落とされていたんだが、今回の再解析で特定できた」


 カケルの脳裏に、ある光景がフラッシュバックした。エドワード・ヴァンスとクレイン氏が、通路ですれ違いざまに接触した映像だ。


「約6時間前……それは、エドワード・ヴァンスが通路でクレイン氏と接触した時間とほぼ一致する!」


 カケルが声を上げた。


「あの時、彼がクレイン氏の右腕に触れていた。右手甲の注射痕とも位置が一致する」


 エミリーもハッとした顔になった。


「毒物の作用時間の矛盾がこれで解消されるわ。もしエドワードがその『ある物質』をあの時注入していたとしたら、数時間後にクレイン氏が『星屑のキス』を摂取したことで毒が活性化し、発症した、という筋書きが成り立つ」


「そうか!つまり、エドワードが真犯人ってことか!?」イヴァンが興奮気味に言った。


「だが、問題がある」ノアは首を振った。


「我々はエドワード・ヴァンスを再度尋問した。彼は通路での接触は認めたが、毒物を注入したことは頑なに否定している。その時の彼の生体反応は、嘘をついているというより、本当に記憶が曖昧であるように見えた。それに、監視カメラの映像をどれだけ詳しく見ても、彼が毒物を注入するような不自然な動きは一切捉えられていない。もし彼がやったとしたら、ごく僅かな時間で、極めて高度な技術で注入したことになる。しかし、彼がそのような技術を持っているとは考えにくい」


「あの映像を見る限り、もしあのタイミングで誰にも気付かれずに毒を注入できたとしたら、それは相当プロの仕事よ。でも、彼にそんな事ができるとは思えない…」


「ああ、ずっとなよなよしてる奴だもんな、俺もエミリーに同意だ」


 エミリー、イヴァンの意見にカケルも同意だった。エドワード・ヴァンスは、貿易会社のビジネスマンだ。そのような高度な技術を持つ人物であるとは、どうしても結びつかない。彼の記憶の欠落という証言も、彼の顔の混乱した表情から、嘘ではないように感じられた。


 ラウンジに重い沈黙が降りた。全てのピースが揃ったかに見えたが、肝心な部分でパズルのピースがはまらない。エドワードが犯人だとすれば、彼の「記憶の欠落」と「不自然な技術の有無」という二つの大きな壁が立ちはだかる。


 その時、隅で話を聞いていたミリアムが、ポンと手を叩いた。


「ねぇ、みんな!もしかしたら、彼が多重人格なのかもしれないよ!」


 ミリアムが、目を輝かせながら言った。


「はぁ?ミリアム、何言ってんだ?そんな漫画みたいな話、現実にあるわけないだろ」イヴァンが眉をひそめた。


「いやいや!前に見た映画でね、『二つの顔を持つ男』ってタイトルの映画なんだけど、主人公がまさに多重人格者で、普段はすごく優しい人なのに、別の顔になった途端、すごく怖いことをしちゃうの!しかも、その間の記憶は本人には全然なくて、事件の後に『自分じゃない』って言い張るんだけど……」


 ミリアムは、映画の内容を熱っぽく語り始めた。彼女の突拍子もない発言に、カケルもエミリーも、最初は呆れたような表情をしたが、彼女の言葉を聞くうちに、その顔に真剣な色が浮かんでいく。


「ミリアム、その映画のタイトルは?」


 カケルが尋ねた。


「えっとね、たしか……『ボーダーライン・マインド』だったかな?」ミリアムは、うろ覚えのタイトルを口にした。


 ノアがすぐに端末で検索をかけた。


「『ボーダーライン・マインド』……実在する映画だ。ジャンルはサイコスリラー。多重人格者を題材にしている」


「つまり、エドワード・ヴァンスの表面的な人格は何も知らないが、彼の内なる別の殺し屋の人格が、クレイン議員に毒の種を注入した、という仮説か?」


 エミリーが、ミリアムの突飛な発言を、冷静に論理的な思考へと変換した。


「そして、その殺し屋の人格が、彼の記憶を消去することで、証拠隠滅を図っている……」


 カケルは、その仮説を頭の中で反芻した。確かに、エドワードの「記憶の欠落」という証言と、監視カメラに不審な動きが映っていなかったこと、そして彼が毒物注入の技術を持っているとは考えにくいという矛盾が、この「多重人格」という仮説によって、全て解消される。


「フィクションの世界の話だが、状況は確かに似ている」カケルは呟いた。


「少なくとも、これまでの矛盾を全て説明できる唯一の仮説だ」


「そんなこと、本当にありえるのか?」イヴァンは、まだ半信半疑のようだった。


「現実にも、極めて稀ではあるが、解離性同一性障害、いわゆる多重人格は報告されている」ノアが冷静に補足した。


「そして、その際、別の人格が行動した間の記憶が、元の人格には存在しないというケースもある」


 カケルは、ゆっくりと立ち上がった。


「よし。この線で調べてみる価値はある。ノア、エドワード・ヴァンスの過去の医療記録、特に精神神経科の受診歴がないか、徹底的に洗い出してくれ。彼の記憶の欠落が本当に病理的なものなのか、それとも単なる嘘なのか。そして、もし多重人格の可能性があれば、それを示唆するような兆候がないか、あらゆる角度から検証するんだ」


「了解!」


 ノアの目が、獲物を捉えたように輝いた。


 ミリアムは、自分の提案が受け入れられたことに、少し誇らしげに胸を張った。彼女の純粋な発想が、捜査に行き詰まっていたチームに、新たな光明をもたらしたのだ。

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