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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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20.忠誠と疑惑の狭間

 ドミニク・カーターの個室を出た主任車掌姿のカケルは、重い足取りでメインラウンジへと戻った。老練な政治家であるドミニクは、完璧な論理で自身の潔白を主張し、カケルを煙に巻いた。彼の言葉のどこまでが真実で、どこからが嘘なのか、見抜くのは容易ではない。動機は明らかだが、決定的な証拠にはならない。この事件は、ますます深まるばかりだ。


 ラウンジに戻ると、ノアが端末から顔を上げ、カケルに視線を向けた。


「カケル、エレイン・ハドソン秘書の件なんだが、解析が終わった」


 カケルは、ベネット車掌の変装を解除しながら、ノアの元へ歩み寄った。イヴァンとエミリーも、興味深げに彼らの会話に耳を傾ける。


「何か分かったか?」カケルが問うた。


「ああ。まず、クレイン氏のローブの袖口の裏に付着していた、エレイン秘書の髪の毛と繊維片についてだ。これはイヴァンが見つけたものだが、単なる偶然ではない可能性がある」


 ノアは、端末の画面に、クレイン氏のローブの拡大画像を映し出した。袖口の裏には、ごくわずかな、引っかかれたような微細な損傷が見える。


「この損傷は、通常の接触では付きにくいものだ。まるで、何かを擦り付けたか、あるいは強く掴んだかのような痕跡が残っている」ノアが説明する。


「そして、その部分からエレイン秘書のDNAと一致する髪の毛と、彼女の衣服から検出される繊維片が同時に見つかっている」


「ただの秘書なら、あんな風に服を傷つけるほど接触するか?なんか不自然だな」とイヴァンが唸った。


「次に、エレイン秘書の通信記録だ」ノアは続けた。


「クレイン氏がメインラウンジへ向かう直前、彼女が護衛の一人に不自然な指示を出し、クレイン氏から短時間だけ目を離す隙を作っていたことが判明した」


「護衛に不自然な指示?具体的にどんな?」


 エミリーが眉をひそめた。


「通常であれば、護衛はクレイン氏から決して目を離さないように徹底されている。だが、エレイン秘書は、その護衛に『クレイン議員の重要な資料を個室に忘れてきたかもしれない。至急確認してきてほしい』と指示していた。その資料は、実際には個室には存在しなかった。護衛が個室に戻り、資料を探している間、およそ2分間、クレイン氏の周囲にはエレイン秘書しかいなかったことになる」


 カケルの表情が険しくなった。2分間。その短い時間があれば、巧妙な方法で毒物を注入することは不可能ではない。特に、クレイン氏の右手甲の注射痕と、体内に仕込まれた「毒の種」を考えると、その2分間は非常に意味深だった。


「エレイン秘書は、クレイン議員に最も近しい人物だった。彼の信頼も厚かったはず。なぜ彼女が、そんなことを……」


 ミリアムが困惑したように呟いた。


「彼女の動機が問題だな」カケルが言った。


「クレイン議員の死で、彼女に何のメリットがある?」


「そこが不明確なんだ」ノアが答える。


「エレイン秘書の過去の経歴や、金銭的な動機などを洗い出したが、特に不審な点は見当たらない。彼女は、クレイン議員に生涯を捧げていると公言していた。裏切りを疑わせるような情報はない」


「忠誠心ゆえの犯行、という可能性は?」


 エミリーが静かに問いかけた。


「例えば、クレイン議員が何か重大な危険に晒されていて、彼を苦しみから解放するために……とか」


「それは、あまりに突飛すぎるな」


 イヴァンが首を振った。


「いくらなんでも、そんな理由で殺すか?」


「だが、可能性はゼロではない」カケルは言った。


「エレイン秘書は、クレイン議員の理想主義を誰よりも理解し、支えてきた人物だ。同時に、彼の理想が現実と乖離し、彼自身を危険に晒すことに不安を感じていた可能性もある。彼女の完璧すぎる弁明も、どこか不自然だった」


 カケルは、ベネット車掌の変装システムを起動させた。


「よし。ベネット車掌のまま、エレイン・ハドソン秘書の事情聴取に向かう。ノアは、この2分間の映像を徹底的に解析し、彼女の行動にわずかな不審な点がないか、あらゆる角度から検証してくれ。イヴァンとエミリーは、引き続きそれぞれの容疑者の情報を整理し、新たな視点から見直してくれ」


「了解!」


 チームメンバーはそれぞれ持ち場に戻った。


 カケルは、ベネット車掌の姿で、ドロイド警備員を伴い、エレイン・ハドソン秘書の個室へと向かった。彼女は、クレイン議員の死に際して、悲しみの裏にどこか割り切ったような表情を見せていた。その表情の裏に隠された真実とは一体何なのか。クレイン氏に最も近しい存在である彼女が、この事件の鍵を握っている可能性が、カケルの心の中で膨らんでいた。



 主任車掌に変装したカケルは、ドロイド警備員を伴い、エレイン・ハドソン秘書の個室のドアをノックした。クレイン議員の死後、彼女は常に冷静さを保っていたが、その完璧すぎる振る舞いが、かえってカケルの疑念を深めていた。


「ハドソン様、主任車掌のラウル・ベネットです。大変申し訳ありませんが、再度お話を伺わせていただけますでしょうか」


 室内から「はい、どうぞ」という落ち着いた声が聞こえ、カケルたちは入室した。エレインは、デスクで書類を整理していた手を止め、ゆっくりと顔を上げた。彼女の目は、わずかに潤んでいるようにも見えたが、その表情は依然として、感情を抑えつけたかのように硬い。


「主任車掌。また何か、私に疑わしい点が?」


 エレインの声は、微かに疲れているようだった。


「はい。いくつか確認したいことがございます」


 カケルは、用意されたソファに座るよう促した。


「クレイン議員のローブの袖口の裏から、貴方の髪の毛と、貴方の衣服と一致する繊維片が検出されました。そして、袖口には、何かを擦り付けたような微細な損傷も確認されています」


 エレインは、一瞬、目を見開いたが、すぐに表情を元に戻した。


「私がクレイン議員の身の回りの世話をしていたのですから、私の髪の毛や衣服の繊維が付着するのは当然でしょう。日頃から、彼の身だしなみを整えたり、衣服の汚れを取ったりしていましたから。袖口の損傷も、どこかに引っ掛けたものか、あるいは私が世話をする際に不注意で付けてしまったのかもしれません」


 彼女の弁明は、極めて論理的だった。長年秘書を務めてきた者として、不自然な点はない。


「次に、クレイン議員がメインラウンジへ向かう直前、貴方が護衛に不自然な指示を出し、クレイン議員の周囲から護衛の目を短時間外させた件についてです」


 カケルは、核心に迫った。


「貴方は、護衛に『重要な資料を個室に忘れてきたかもしれない』と指示しましたが、実際にはそのような資料は個室にはありませんでした」


 エレインの表情から、わずかに血の気が引いた。彼女の完璧な冷静さに、初めてひびが入った瞬間だった。


「それは……確かに私が指示しました」


 エレインは、一度言葉を区切った。


「ですが、それは、私が本当にそう思い込んでいたからです。クレイン議員の資料は膨大で、時には私も混乱することがありました。重要な会議の直前でしたから、もし資料に不備があれば大変なことになります。だから、護衛に急いで確認するよう指示したのです」


「その間、およそ2分間、貴方とクレイン議員は二人きりでした。その間に、貴方がクレイン議員に何か接触した可能性はありませんか?」カケルは、鋭く問い詰めた。


 エレインは、強く首を横に振った。


「いいえ、ありません。護衛が資料を探しに行っている間も、私はクレイン議員の側にいました。彼は、私が指示した資料のことについて、少し苛立っているようでしたから、私が何かをする隙などありません」


 彼女の声は、僅かに震えていた。しかし、その瞳の奥には、変わらぬ忠誠心と、何かを守ろうとする固い決意が宿っているように見えた。


「貴方は、長年クレイン議員に仕え、彼の理想を誰よりも理解し、支えてきたと聞いています。しかし、彼の理想主義が、時として彼自身を危険に晒すことに、不安を感じたことはありませんでしたか?あるいは、彼の死によって、何かが好転すると考えたことは?」


 カケルは、エレインの深層心理に迫ろうとした。彼女の忠誠心は本物だろう。しかし、その忠誠心が、歪んだ形で現れる可能性はないのか。


 エレインは、顔を伏せた。そして、震える声で話し始めた。


「……確かに、彼の理想は、あまりにも高すぎました。時に、それは彼自身を危険に晒し、多くの誤解を生むこともありました。私には、彼が銀河の未来のために、身を削って戦っているように見えました。彼の隣にいる者として、いつも胸を痛めていました」


 彼女の声には、深い悲しみと、クレインに対する純粋な愛情がにじみ出ていた。しかし、その悲しみの中に、どこか諦めのような感情も混じっているようにカケルには感じられた。


「ですが、彼を殺害するなんて……そんな考えは、一度たりとも抱いたことはありません。私が彼の命を奪うなど、ありえません」エレインは、涙声で訴えた。


「私は、最後まで彼の秘書として、彼を支え続けるつもりでした。彼の死は、私にとって、想像を絶する悲劇です」


 ドロイド警備員の生体反応分析も、エレインが殺害の意図を持って嘘をついているという明確な兆候を示さなかった。彼女の動揺は、クレインを失った悲しみと、護衛に不自然な指示を出したことへの後悔、そして自身の忠誠心が疑われていることへの憤りから来ているように見えた。


 カケルは、再び結論を出すことができなかった。エレイン・ハドソン。彼女の行動は不自然だが、それが殺意に結びつく明確な証拠はない。彼女の忠誠心と悲しみは本物に見える。だが、あの2分間の空白、そして袖口の微細な損傷。それらは、依然として拭い去れない疑惑として残る。


「分かりました、ハドソン様。貴方の証言は記録しました。引き続き、個室での待機をお願いいたします」


 カケルは、尋問を切り上げ、エレインの個室を後にした。


 メインラウンジに戻ると、ミリアム、ノア、イヴァン、エミリーがカケルを待っていた。カケルは、再び変装を解除し、彼らに状況を共有した。


「エレイン秘書も、決定的な証拠にはならなかった。彼女の弁明は完璧で、忠誠心も本物のように見えた。だが、あの2分間の空白は、やはり気になる」


「つまり、みんな怪しいけど、誰も決め手がないってことか」イヴァンが、頭を掻きながら言った。


「まさか、全員がグルってわけじゃねぇよな?」


「この状況では、ありとあらゆる可能性を考慮する必要がある」エミリーが冷静に答えた。


 カケルは、ラウンジの中央に立ち、容疑者たちの座っていた席を見回した。ライラ、ヴェラ、ドミニク、そしてエレイン。全員がそれぞれの理由で怪しく見え、同時に、全員が潔白を主張している。そして、エドワード・ヴァンスの記憶の欠落と、通路での接触。未だに解決されない毒物の作用時間の矛盾。


「ノア、これまでの全ての情報をもう一度洗い出し、それぞれの容疑者が持つ動機と不審な点をリストアップしてくれ。そして、クレイン氏の体内で検出された毒物の組成について、その摂取経路の可能性を再考する」カケルは指示を出した。


「どこか、見落としている点があるはずだ」


 ノアは頷き、再び端末に集中し始めた。


 真犯人は、誰なのか。そして、その裏には、どんな恐ろしい動機が隠されているのか。このサファイア・エクスプレス号の密室は、依然として深い闇に包まれていた。

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