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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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16.ヴァロリアの悲劇

 エドワードは、ベネット車掌の質問がヴァロリアの悲劇に及んだ時、言いようのない重苦しさを感じた。過去の記憶は、彼の心の奥深くに葬り去られたはずだったが、その言葉を聞いた瞬間、凍結されていた感情が溶け出すようだった。


 惑星ヴァロリアは、銀河の辺境に位置する、小さくも美しい星だった。豊かな自然に恵まれ、人々は穏やかで平和な暮らしを営んでいた。ヴァロリアの人々は、争いを好まず、古くからの伝統と文化を大切にしていた。その生活は、銀河社会の喧騒とは無縁の、牧歌的なものだった。


 しかし、その平穏は長くは続かなかった。ある時、ヴァロリアに左派政権が誕生した。彼らは、銀河全体の調和と発展を掲げ、積極的に惑星連邦との協調路線を進めた。その政策の一環として、大量の移民を惑星に受け入れることを決定したのだ。


 最初は少数の移民だったが、やがてその数は爆発的に増加していった。ヴァロリアの脆弱な社会基盤は、急増する人口に対応しきれず、瞬く間にひずみが生じ始めた。文化や習慣の異なる移民と先住民との間で軋轢が生まれ、かつてないほどに治安が悪化していった。窃盗や暴力事件が多発し、ヴァロリアの平和な日常は脅かされていったのだ。


 この状況を危惧した国内の右派勢力は、当初、平和的な手段で政府に訴えかけた。彼らは、ヴァロリアの固有の文化と秩序を守るため、移民政策の見直しを求めてデモを行い、政府との交渉の場を設けた。

 しかし、左派政権は彼らの声に全く耳を傾けなかった。むしろ、彼らの主張を「排他的」「反銀河的」とレッテルを貼り、無視を続けたのだ。


 そして、悲劇は決定的な形で起こった。ある日、一人の少女が、移民によってレイプされ、殺害されるという凄惨な事件が発生したのだ。その報は、ヴァロリア中に衝撃と怒りを巻き起こした。怒り狂った右派市民は、政府に対する不信感を募らせたが、それでも左派政権は、事態を矮小化し、移民政策の拡大路線を止めようとはしなかった。


 もはや、平和的な解決の道はない。そう判断した右派市民は、秘密裏にゲリラ隊を組織した。彼らは、荒廃していくヴァロリアの秩序を取り戻すため、そして無力な市民を守るため、政権の転覆を目指して立ち上がった。

 かくして、ヴァロリアの地で、血みどろの内戦が始まったのだ。


 左派政権は、ゲリラ隊を徹底的に弾圧した。そして、この内戦の混乱に乗じる形で、惑星連邦が「協調介入」と称してヴァロリアに軍事介入を開始した。

 惑星連邦の圧倒的な軍事力の前に、ゲリラ隊は次々と殲滅されていった。ヴァロリアの美しい大地は、戦火によって無残に引き裂かれ、多くの命が失われた。エドワードの家族も、この時、瓦礫と化した街の中で、命を落としたのだ。


 表向き、惑星連邦はヴァロリアの和平推進と秩序回復を掲げていた。しかし、この介入には、裏の目的があったことが後に判明する。

 ヴァロリアの地中深くには、宇宙でも有数の希少な豊富な資源が眠っているとされており、惑星連邦はその利権を目当てに介入していたのだ。さらに、介入を推し進めた惑星連邦の一部の政権幹部と、ヴァロリアの左派政権との間で、裏金疑惑が発覚。

 惑星連邦は、確かにゲリラ隊を殲滅し、内戦を終結させた功績は認められたものの、その裏で繰り広げられた権力者の醜い私欲と、多数の無関係な市民を巻き込んだ過剰な介入に対し、銀河社会から大きな批判を受けることになった。


 その結果、ヴァロリアの左派政権は、国内の支持を完全に失い、倒れた。その後、惑星連邦が主導する形で選挙が実施され、混乱を収拾できる中道政権が誕生した。

 さらに、惑星連邦は、ヴァロリアの再建のために巨額の経済支援を投入した。それは、惑星連邦全体の予算に莫大な借金を残すほどの規模だった。この莫大な支援により、ヴァロリアは徐々に混乱を収め、復興への道を歩み始めたのだ。


 現在において、惑星連邦によるヴァロリアへの介入は、当時の内戦を終わらせるために必要不可欠な措置だったと、誰もが認めている。しかし、その介入の「程度」が過剰であり、不必要な犠牲を生んだことも、また誰もが否定できない事実だった。


 アルヴァンド・クレインは、当時、惑星連邦議会の若手議員として、この「協調介入」を最も強力に推し進めた張本人だった。彼は、あくまでもヴァロリアの和平推進にこだわり、利権や裏金といった汚職には一切関与していなかった。彼は清廉潔白な理想主義者だったのだ。しかし、その理想を追求するあまり、現実を見誤り、結果として過剰な介入を招いた責任は、彼にもあった。


 それでも、クレインはヴァロリアへの莫大な経済支援を最前線で推し進めたことで、その功績が認められ、失脚することなく有力な政治家へと成り上がった。だが、彼の極端な主張と、過去の「負の遺産」は、常に彼の政治キャリアに影を落とし、批判を受けることも多かった。


 エドワードは、深呼吸をした。あの悲劇は、彼の人生を決定づけた出来事だった。幼い自分には理解できなかった政治の複雑さ、大人の事情。だが、大人になるにつれ、クレイン氏が為したことが、当時の状況下では「やむを得ないこと」だったと、自分の中で整理がついていた。彼の死を願うほど、彼に恨みを抱いているわけではない。


 そう、本当にそうなのか?彼の心の奥底で、何かがささやいた。だが、それが何を意味するのか、エドワードには理解できなかった。

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