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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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15.ヴァンスの曖昧な記憶

 エドワード・ヴァンスの個室で、再び尋問が始まった。ベネット車掌と一台のドロイド警備員が、エドワードの対面に座っている。ラウンジでの出来事を思い出そうとすればするほど、彼の頭の中は霧がかかったようにぼやけていく。


「ヴァンス様、申し訳ありませんが、再度、お尋ねいたします」


 ベネット車掌は、丁寧ながらも鋭い視線でエドワードを見つめた。


「クレイン議員の右手甲から、ごく微細な注射痕が発見されました。そして、列車内の監視カメラの映像には、事件の数時間前、貴方が通路ですれ違いざまにクレイン議員の腕に接触している様子が映っていました」


 エドワードは、心臓が大きく跳ねるのを感じた。監視カメラの映像。彼は、自分がその時、よろけて書類を落としたことだけを覚えていたが、まさかそんな映像が残っていたとは。


「あ、ああ……はい。確かに、通路ですれ違った時に、よろけてぶつかってしまいました。その時、私が持っていた書類を落としてしまって、クレイン議員が拾ってくださったんです」


 エドワードは、必死に記憶を辿りながら供述した。その時の光景は、ぼんやりとではあるが、確かに彼の頭の中にあった。だが、その時の自分の手の動き、クレイン氏との接触の仕方について、明確な記憶はなかった。


「その際、貴方は何か、クレイン議員の身体に触れるような行為はありましたか?例えば、何かを渡したり、付けたり、といった」


 ベネット車掌が質問を重ねる。


 エドワードは、大きく目を見開いた。その問いは、彼が最も恐れていた核心を突くものだった。


「い、いえ!そんなことは、一切していません!書類を拾っていただいただけです!私は、彼に何かをしたわけでは……」


 彼の声は上ずっていた。ドロイド警備員の光学センサーが、エドワードの生体反応にわずかな乱れを検知する。心拍数の上昇、皮膚電位の微妙な変化。それは、嘘をついている時の反応に酷似していた。しかし、エドワードの顔には、嘘をつこうとしている悪意の表情ではなく、ただひたすら困惑と混乱が浮かんでいるだけだった。


「ヴァンス様。貴方の生体反応は、今、かなり動揺を示しています。何か、隠していることがあるのではありませんか?」


 ベネット車掌が冷静に問い詰める。


「隠して……いるわけでは……」


 エドワードは、頭を抱えた。


「ただ、その時の記憶が、はっきりしないんです。最近、時々、記憶が途切れることがあって……。まるで、夢を見ていたかのように、その間の記憶がないんです」


 彼は、自分の記憶の欠落について正直に打ち明けた。医師にも相談したが、原因はストレスなのか、あるいは別の理由なのか不明だと言われたこと。そして、その記憶の空白期間に、自分が何をしたのか、全く思い出せないこと。それは、彼にとって、何よりも恐ろしい現実だった。


 ベネット車掌は、ドロイド警備員に目配せをした。ドロイド警備員は、エドワードの証言と生体反応を照合する。確かに、彼は混乱しており、嘘をついているというよりは、本当に記憶が曖昧であるように見える。直接的な証拠がない限り、この証言だけで彼を犯人と断定することはできない。


「なるほど……記憶の欠落、ですか。では、クレイン議員との関係についてお伺いします。貴方の故郷、惑星ヴァロリアでは、かつてクレイン議員が主導した『協調介入』により、多くの犠牲者が出たと聞いています。貴方のご家族もその犠牲になったとか」


 ベネット車掌の言葉に、エドワードの顔から血の気が引いた。あの忌まわしい記憶が、再びフラッシュバックする。炎に包まれた街、瓦礫の下敷きになった家族。


「……はい。その通りです。私は、あの介入によって、両親と姉を失いました。幼い頃の私にとって、それは筆舌に尽くしがたい悲劇でした」


 エドワードの声は、感情を押し殺したように静かだった。しかし、その瞳の奥には、深い悲しみが宿っていた。


「では、クレイン議員に対して、恨みを抱いていましたか?」


 ベネット車掌の直接的な問いに、エドワードはゆっくりと首を振った。


「幼い頃は、確かに、彼を恨みました。なぜ、母と姉が死ななければならなかったのか、理解できませんでしたから。しかし、大人になるにつれて……彼の政策が、当時の銀河の混乱を収めるためにはやむを得ないものだったと、自分なりに整理がついたんです」


 彼は言葉を選びながら、淡々と語った。


「彼は、瓦礫と化したヴァロリアを再建するために、多大な支援をしてくれました。私は、彼の支援で奨学金を得て、教育を受け、今では貿易会社の経営者として、ささやかながらも成功を収めることができました。彼に個人的な恨みを抱いて、今更何かを起こそうとは考えていません。彼の死は、私にとっても、衝撃であり、残念なことです」


 エドワードの証言は、筋が通っていた。過去の悲劇は確かに存在したが、それを乗り越え、クレイン氏への恨みを昇華させたという彼の言葉には、ある種の説得力があった。彼の供述は、彼が犯人であるという直接的な証拠にはならない。


 ベネット車掌は、唸った。彼が本当に記憶を失っているのか、それとも巧妙に嘘をついているのか。結論を出すには、あまりにも証拠が不足していた。ドロイド警備員の分析でも、エドワードが嘘をついていると断定することはできなかった。彼の動揺は、事件への恐怖と、記憶の欠落による混乱から来ているようにも見えた。


「分かりました。現時点では、貴方を拘束するわけにはいきません。しかし、今後も捜査にご協力をお願いします」


 ベネット車掌は、そう言って立ち上がった。エドワードも、ホッと息をつき、椅子から立ち上がり、個室から出ていくベネット車掌を見送った。

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