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GRSI-01 サファイア・エクスプレス号の影  作者: やた


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14.記憶の奔流

 メインラウンジから個室に戻ったエドワードは、ソファに深く身を沈めた。ドアが閉まる電子音は、彼を外界から遮断する静かな壁のようだった。ラウンジで起こった出来事が、まるで悪夢のように彼の脳裏を駆け巡る。アルヴァンド・クレインの苦悶の表情、血の色、そして彼を囲む人々の悲鳴と混乱。全てが、あまりにも現実離れしていた。


「まさか……クレイン氏が……」


 彼は頭を抱えた。自分のすぐ目の前で、人間が死を迎える瞬間を見たのは初めてだった。そして、その原因が、毒物だという。なぜ、誰が、何の目的で。考えるほどに、思考の渦に飲み込まれていく。


 そして、彼自身の記憶が、まるで洪水のように押し寄せてきた。


 ヴァロリア星系。彼の故郷。幼い頃の記憶が、鮮やかに蘇る。そこは、豊かな自然に恵まれた美しい星だった。家族と過ごした穏やかな日々。笑い声が響く家。全てが、温かい光に包まれていた。


 しかし、その光は、突如として降りかかった暗い影によって、無残に打ち砕かれた。資源を巡る紛争。そして、惑星連邦による「協調介入」という名の軍事行動。それは、エドワードの故郷に、焦土と瓦礫の山を残した。



「エドワード!早く!こっちへ!」


 父の声がする。煙と炎に包まれた街。空からは、鈍い金属音と共に、無数の戦艦が降り注いでくる。地面は揺れ、建物は崩れ落ちていく。人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、その中で、幼いエドワードは、ただ立ち尽くしていた。


「いやだ!母さん!姉さん!」


 瓦礫の下敷きになった母と姉の姿が、鮮明に脳裏に焼き付いている。父は、半狂乱になるエドワードの手を引き、必死に安全な場所へと走った。その時の父の顔は、苦痛と絶望に歪んでいた。


 あの時の無力感。何もできなかった自分。怒り、悲しみ、そして深い憎悪。それは、彼の心の奥底に、黒い塊となって沈殿していった。



 エドワードは、深呼吸をした。あの記憶は、いつも彼を苛む。そして、その記憶と、今の彼の「記憶の欠落」が、まるで繋がっているかのように、ぼんやりとだが、不穏な影を落としていた。


 なぜ、あの時、自分の手がクレイン氏の腕に触れたような感覚があったのだろう?事情聴取の際、反射的に否定してしまったが、そのイメージは、まるで彼の頭の中に無理やり植え付けられたかのように、何度も蘇る。


(いや、まさか……そんなはずはない。僕が、あのクレイン氏に毒を……?)


 彼は、自分の手を見つめた。何の変哲もない、ただのビジネスマンの手だ。こんな手が、人を殺せるわけがない。ましてや、あの時の自分は、書類を落としてよろけただけだ。そこに、毒物を注入するような意図など、微塵もなかった。


 しかし、もし、あの記憶の欠落の間に、自分が何かをしていたとしたら?もし、自分の知らない自分が、何かをしていたとしたら?その疑念が、胸の内でじわじわと広がる。


 エドワードは、もう一度、頭を振った。考えすぎるな。これは、きっとストレスのせいだ。医師もそう言っていた。早く、この旅を終えて、日常に戻りたい。そして、この悪夢のような出来事を、全て忘れてしまいたい。


 だが、彼の願いとは裏腹に、疲労が、まるで重い毛布のように彼の身体を覆い始めた。急速な眠気が、彼の意識を深い闇へと引きずり込んでいく。抗う術もなく、エドワードは、そのままソファに横たわり、眠りに落ちた。彼の心の中の不安と、過去の記憶は、眠りの世界へと溶け込んでいった。



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 ドンドンドン、と、部屋のドアを叩く音が、彼の意識を深い眠りから引き戻した。規則正しく、しかし力強いノックの音だ。


「ヴァンス様、いらっしゃいますか?主任車掌のラウル・ベネットです。再度、お話を伺いたいのですが」


 ベネット車掌の声が、ドアの向こうから聞こえてくる。エドワードは、まだ覚醒しきっていない頭で、ゆっくりと身体を起こした。彼の目の前には、ぼんやりとした照明が灯っている。窓の外の星は、相変わらず静かに流れていた。眠っている間に、列車はどれほど進んだのだろうか。


 彼の身体は、眠りによっていくらか回復したよう感じられたが、心臓は不規則に鼓動していた。再び尋問。それは、彼の奥底に眠る、得体の知れない不安を呼び覚ます。


(また、僕の記憶のことで問い詰められるのだろうか……)


 彼は、重い足取りでドアへと向かった。ドアの前に立つのは、先ほどまで事情聴取を行っていたベネット車掌と、一台のドロイド警備員だ。彼らの表情は、相変わらず厳めしい。


「ヴァンス様、大変申し訳ありませんが、再度、お時間を頂戴できますでしょうか」


 ベネット車掌は、丁寧な口調ながらも、その瞳には探るような光があった。


 エドワードは、小さく頷いた。彼の内心では、まだ答えの出ない、そして知ることへの恐怖を伴う、記憶の欠落という問題が、重くのしかかっていた。この密室で起こった事件が、自分と無関係であると、彼自身、もう自信を持つことができなくなっていた。

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