11.事情聴取:深まる疑惑の連鎖
メインラウンジは、もはや豪華な社交場ではなかった。乗客たちが座っていたテーブルは脇に寄せられ、代わりに簡易的な仕切りが立てられている。そこでは、ベネット車掌とドロイド警備員たちが、残された乗客たちから一人ずつ事情聴取を行っていた。緊張と疑念の空気が、密室となった空間を重く支配している。
乗客たちは、年齢も立場もバラバラだ。中には、あまりの恐怖に言葉を失い、嗚咽を漏らす者もいる。しかし、彼らが共通して抱いているのは、自分たちの中に殺人犯がいるという、根源的な恐怖と疑心暗鬼だった。
ベネット車掌は、慎重に、しかし迅速に聴取を進めていく。ドロイド警備員は、それぞれの証言を正確に記録し、表情や生体反応のわずかな変化も見逃さないよう、光学センサーを向けていた。
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ヴェラ・シモンズの証言
最初に、その鋭い視線が印象的だったヴェラ・シモンズが、聴取の席に座った。彼女は、銀河最大の資源採掘企業『ギガ・マイン』の若きCEOだ。普段であれば、傲慢さすら感じさせる彼女の表情は、今はわずかに苛立ちと、隠しきれない緊張に歪んでいた。
「私はずっと、この窓際の席でカクテルを飲んでいました。クレイン氏?ええ、見ていましたよ。彼がラウンジに入ってきたときから、ずっと」
彼女の声は、低く、落ち着いているが、そこには明らかな冷たさがあった。
「何か、不審な点は?」
ベネット車掌が尋ねる。
「特にありません。ギャルソンがカクテルを運び、クレイン氏がそれを口にする。ただそれだけです。私は彼が倒れるまで、自分のグラスを眺めていましたから」
ヴェラは、クレイン氏の死に対して、驚きこそ見せたものの、悲しみの感情は一切見られなかった。その態度は、かえって疑念を深める。
「クレイン氏の政策が、貴社のビジネスに影響を与える可能性があったと聞きますが?」
ベネット車掌の核心を突く質問に、ヴェラはわずかに顔色を変えた。
「それが何か?ビジネス上の意見の相違は当然です。それが殺人に繋がるとでも?馬鹿馬鹿しい。私には、彼を殺害する動機などありません。彼が死んだところで、会社の利益が劇的に変わるわけではない。むしろ、彼の死によって銀河の経済が混乱すれば、私にとって不利になるだけです」
彼女は、まるで尋問されているかのように、挑戦的な態度で言い放った。その言葉には、確かに理があったが、その冷淡さが、かえって彼女を怪しく見せていた。
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ライラ・ハディッドの証言
次に、銀河の独立系通信社の記者、ライラ・ハディッドが聴取に応じた。彼女は、震える手でノート端末を握りしめていた。報道の最前線で働く彼女にしては、珍しいほどに動揺している。
「私は、クレイン議員の動向を記事にするため、ずっと彼を観察していました」
ライラはどもりながら話した。
「通信社として、貴方は以前からクレイン氏の政策に批判的でしたね?」
ベネット車掌は、その点を指摘した。
「ええ、そうです!彼の理想主義は、多くの星系に混乱をもたらした。私たちはその事実を報道してきました。しかし、それが私に彼を殺す動機になるとでも?私はジャーナリストです!殺人は私の仕事じゃない!」
彼女の声は上ずっていた。
「事件の瞬間は?」
「私は、彼がグラスを手に取り、口に運ぶところを見ていました。その直後、彼は苦しみ出して……。本当に、一瞬の出来事でした。誰かが近づくような隙はなかったはずです。毒がどこから来たのか、全く分かりません」
彼女は恐怖に打ち震えながら、証言した。その様子は、犯人というよりは、事件の目撃者としての純粋な恐怖に見えた。しかし、彼女の通信社が持つ反クレイン氏のスタンスは、疑いの目を向けさせるには十分だった。
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ドミニク・カーターの証言
続いて、かつて惑星連邦議会の重鎮だったドミニク・カーターが聴取の席に着いた。彼の顔には、人生の苦難を乗り越えてきた老練な政治家としての深い皺が刻まれている。しかし、その瞳の奥には、どこか冷たく、そして諦めにも似た感情が宿っていた。
「クレイン氏の死は、驚きだが、避けられぬ運命だったのかもしれん」
彼の声は、しわがれてはいるが、重々しく響いた。
「クレイン議員との間には、政治的な対立があったと伺っていますが?」
ベネット車掌は慎重に尋ねる。
「ああ、そうだ。私は彼の理想主義が、銀河にもたらす混乱を危惧していた。だからこそ、私は彼と戦い、そして敗れた。だが、それは過去の話だ。今更、彼を殺す必要などない」
ドミニクは、淡々と語る。その言葉には、一切の感情が乗っていない。
「事件の瞬間は?」
「私は新聞を読んでいた。だが、ラウンジが騒がしくなり、顔を上げた時には、既にクレイン氏が苦しんでいた。誰が何をしたのかなど、私には何も見えなかった。残念ながらな」
彼は、クレイン氏への個人的な恨みを否定しなかった。むしろ、それが当然であるかのように認めた上で、殺害の動機を否定した。その冷静すぎる態度が、かえって彼に対する疑念を強める。彼こそが、長年の怨恨を晴らそうとした真犯人ではないか。そんな空気が、ベネット車掌の間に漂った。
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エドワード・ヴァンスの証言
そして、エドワード・ヴァンスの番が来た。彼の顔色は青ざめ、手のひらにはびっしりと汗をかいていた。他の乗客とは異なり、彼の顔には明らかな動揺と、言いようのない困惑が浮かんでいた。
「私は……私は、ただ、明日の商談の資料を読んでいました。クレイン氏のことは……ぼんやりと見ていました」
彼の声は、か細く震えている。
「何か不審な点は?」
ベネット車掌が問う。
「いえ……何も……」
エドワードは目を泳がせた。その記憶は、再び曖昧なものになっていた。何かを見たような、見なかったような。彼の頭の中では、記憶の断片が、まるで砂のように崩れ落ちていく。
「事件が起こる直前、クレイン議員のテーブルに近づいたりは?」
この質問に、エドワードの身体がびくりと震えた。彼の脳裏に、あの漠然とした「自分の手が、クレイン氏のテーブルに伸びていたような」という、不確かなイメージが蘇る。だが、それはあまりに現実離れしていて、確信を持てない。
「い、いえ……私は、ずっとここにいました。動いていません」
彼は必死に否定したが、その言葉には力がなかった。ドロイド警備員の光学センサーが、エドワードの生体反応にわずかな乱れを検出した。心拍数の上昇、皮膚電位の変化。それは、嘘をついている時の反応に酷似していた。ベネット車掌の視線が、エドワードに注がれる。彼は、容疑者候補として、一気に浮上した。
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エレイン・ハドソンの証言
最後に、クレイン氏の主席秘書、エレイン・ハドソンが事情聴取の席に座った。彼女は、悲しみと、そして深い責任感に満ちた表情で語り始めた。
「私はクレイン議員の最も近くにいました。ギャルソンがカクテルを運び、私がそれを確認し、そしてクレイン議員が口にするまで、全ての過程を見ていました。第三者が毒物を混入させる隙は、物理的にありませんでした」
彼女の証言は、ギャルソンを擁護すると同時に、犯行の可能性を極限まで絞り込むものだった。
「では、毒はどこから来たとお考えですか?」
ベネット車掌が問いかけると、エレイン秘書は、視線をわずかに落とした。
「私には、分かりません。しかし、ドロイド警備員の分析によれば、毒は消化管を通らなかった。そして、飲み物にも毒はなかった。この状況で考えられるのは……」
彼女は、何かを言いかけたが、言葉を濁した。その表情には、深い苦悩と、そして何かを隠しているかのような、わずかな迷いが見て取れた。
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聴取が進むにつれて、謎は深まるばかりだった。ギャルソンと飲み物の無実が証明され、監視カメラも決定的な瞬間を捉えていない。残された容疑者たちは、それぞれが動機を抱えているように見えるが、決定的な証拠はない。そして、エドワード・ヴァンスの奇妙な動揺と、エレイン秘書の言葉に隠された意味。
この密室で、一体何が起こったのか。誰が、どのようにして、クレイン氏を殺害したのか。捜査は、暗闇の中を彷徨い始めていた。




