第五章 命の危機
私はホッとしながら国際機関の人たちの方へ向かって走る。一刻も早くこの装置を渡したかった。
「あの、これです……」
装置を渡そうとすると、突然、国際機関の人たちは素早く銃を抜いくと、低い姿勢で構える。
(なんでっ!?)
私が一瞬立ち止まると、国際機関の人たちは、早く来いといった感じで手招きする。ふと、気配を感じて振り向くと、奥の校舎の陰には、すでに銃を構えた黒服の男たちの姿が見える。しかも、すでにこちらに銃を向けている。
「えっ?」
と、次の瞬間、国際機関の一人がうめき声を上げて肩を押さえる。でも銃声らしき音は聞こえなかった。
「うそでしょ!?」
この平和な日本で、目の前で人が撃たれている。こんな現実は。
(理解できるわけないって、マジで!!)
「止まるな! 走れ!」国際機関の一人が銃を連射しながら叫ぶ。
「わかりましたっ!」なぜか敬語。
その人の脇を走り抜けようとした時、肩越して銃声が鳴る。至近距離で聞いたせいで耳がくぐもって役立たない。
「マジ最悪!」その自分の声も遠い。
銃声が響く中を走る。はっきりしているのは、今は全力疾走すること。それ以外に、命を守る術はない。
「どうしろっての!? マジで!」
私は走りながら考える。しばらくすると、遠く後方から追いかけて来る男たちの気配を感じる。ぱっと見ではどちらも黒服なので、遠くから見る限り敵味方の区別がつかない。今、頼れるのは柔術家としての勘だけだ。
(銃だよ銃! 聞いてないし)
動きにまったく無駄がない。相当に訓練を積んだその道のプロだ。しかも、人を殺すのに十分な殺気をまとっている。直感がそう伝える。
(逃げられる気がしないんだけど)
追いつかれるのは時間の問題だ。確かなのは、あの男たちは躊躇せずに撃ってくる。私は再び装置のスリープを解除する。
(!? どういうこと??)
スクリーンには『チャージ中』の文字が表示されている。おそらく、使用後はしばらくチャージが必要らしい。
「こんなの聞いてないし!」
(そもそも使うなって言われてたっけ)ふと頭をよぎる。
「もう限界なんだけど!!」背後の圧はさらに増す。
もう一度、祈るようにスクリーンを見ると、『チャージ完了』の表示。
「助かったー!」
すぐさま路地を曲がると、今回は、一軒先のお宅の玄関の脇にしゃがみ込んで目的地を設定する。とりあえず、よく知っている鎌倉海浜公園に設定して、『はい』ボタンをタップする。
例によって体が浮く感覚。私は――
――公園に落ちた。そこは広場の芝の上。
膝のクッションを使って、落下を吸収する。ここは、子供の頃によく遊んだ鎌倉海浜公園の西側。体が浮いた瞬間、一瞬で目の前の景色が変わるのが分かった。
今回は芝生が柔らかく受け止めてくれた。周りに黒服の男たちはいない。ひとまず安心だ。幸いなことに人目につかないところに設定したお陰で、人を驚かすことはなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
走り通しで息が苦しい。どんなに吸っても空気が足りない感じだ。私はいつものように、明晴流に伝わる丹田呼吸で回復を試みる。
(あー、喉かわいた。お水飲みたい)それもこれもみんな伯父の装置のせいだ。
「マジでムカつくわー」
ふと周りを見渡すと、遠くで遊んでいる子供の姿が見える。
(――なんか平和。夏休みだもんね……)
まだ、自分の置かれている状況がいまいち飲み込めない。
「お腹すいたなぁ……」ごはん食べてこのまま寝たい。
ほっとしたのも束の間、遠くから黒服の男たちが歩いているのが見えた。
「どっち?」
殺気を感じる。危険な方の男たちだ。明らかに私を探している。気づかれないように移動しつつ様子を見る。できればこのままやり過ごしたい。男の一人がスマホらしきものを見るなり、猛然とこちらに走ってくる。居場所がばれた。
「もう無理……」
いくらなんでも限界だ。目的地なんてぜんぜん思いつかない。とにかくでたらめに目的地を設定すると、私は――
――とにかく落ちた。
移動しながらの転移だったせいか、単純な落下じゃなかった。迫るアスファルトに対して、得意の受け身を取る。そこは馴染みのない住宅街だった。次の瞬間、自転車の甲高いブレーキ音が耳に響く。体がしっかりと反応してくれたので、衝突は免れた。
「あぶなっ! なんだよ、おまえ!!」
同年代の知らない男子に怒鳴られる。今日は本当についてない。
「ご、ごめんなさい」とりあえず、謝ってその場を立ち去ろうとする。
「ちょっと待てよ。おまえさ、いま突然、出てきたよな?」
(見られた……どうしよう)
「あの、それは……」
その時、例の男たちが角を曲がってこちらに向かってくるのが目に入る。いくらなんでも対応が早すぎる。しかも、手にはすでに脇に手を入れている。
「やばっ!」
気がついたら走っていた。もはや体が勝手に反応する。それに銃で撃たれるとかマジでご免。
「おい。ちょっと待てよ!」自転車男子が追いかけて来る。
「いいから、ほっといてよ!」
「なんかヤバいんだろ。おまえ」
「だから、ついて来ないでよ!」
「――いいから乗れよ!」
渡りに船ってやつ? いや、黒服に自転か。私は迷わず飛び乗る。ここまで来たら四の五の言ってられない。しばらく逃げていると男たちの姿は見えなくなった。私はホッと胸を撫で下ろす。
「やった。逃げきれた? 助かったー。あり……」と言いかけた時、急に言葉を遮られる。
「まだ早い。後ろを見てみろ」
振り向くと、いかにも怪しい黒いワンボックスがついてくるのが見える。
「え、あの車、ひょっとして追っかけて来てる?」
「多分ね。振り切るからつかまってろよ」
そう言うと、明らかに自転車の速度が増す。自転車で、しかも二人乗りで車を振り切る気?
「えー、ちょっと速すぎない!?」
「黙ってろ! 舌かむぞ」
そのスピードのまま、あえて狭い路地に入る。コーナーで傾けた自転車のタイヤは横滑りし、自転車のフレームが歪むのが伝わって来る。ここまできたら運を天に任せるっていうか、自転車男子の腕に任せるしかない。私は腹を決めて、自転車の動きに自分の重心を合わせる。
「お、いいね。急に走りやすくなった」
そう言うなり、さらにスピードを上げる。
(か、神さま〜)気分はもうそんな感じ。
私たちは自転車の機動力を活かして、車が通り辛い路地ばかりを走り回る。暑くて人通りが少ないのと、鎌倉特有の細い路地に助けられた。
そうして5、6分は走っただろうか、さすがに振り切ったと思えた頃、私たちは小さなスーパーにある自販機の横のベンチに座って一息つく。さすがに自転車男子も限界だったようだ。ベンチにもたれかかると、肩で息をしている。それにしても二人乗りであのスピードとは、その脚力に感心してしまう。隣の彼はしばらく呼吸を整えていると、おもむろに立ち上がると、ベンチ脇にある自販機で飲み物を買い始める。
(喉乾いたし、わたしも買おう)そう思い、私も立ち上がろうとする。
「ほら、これでも飲めよ」
突然、目の前にスポーツドリンクのボトルが差し出される。
「え、いいの? ありがとう!」
(ちょっと感激。案外いいやつ?)
キャップを回すのももどかしい。私はすぐに体に流し込む。もう、喉カラカラ。水分が体に染み渡るのがリアルに分かる。
「あれ警察? おまえ何かやったの?」
君さ、初対面の女子に向かって、おまえ呼ばわりはどうかと思うよ。
「何もやってないよ!」(転移はしたけど……)
「え、じゃ、なんで追われてるわけ?」
「そんなの、わたしだってよくわかんないよ! それにあいつら警察じゃないし。だって、警察ならふつう警察って言うでしょ」
「まあいいや。で、これからどうする気?」
ぜんぜんよくないよ。とりあえず気を取り直して答える。
「――人通りが多い所に行った方がいいかなって、思ってる」
「だね」
辺りを十分に警戒しながら、私たちはなるべく人通りが多そうな駅に通じる道を選ぶ。今のところ、男たちの姿はない。とりあえず、ひと安心と言ったところ。私は移動しながら今までの経緯をひと通り話す。こんな異常な体験は誰かに話さないと気が変になりそうだ。
「……というわけなんだけど」
「それで追われてるのか……って訊いただけだと、すげー嘘っぽい」
「だから嘘じゃないって!」
「わかってる、わかってる。ほら実際、俺も目撃したし。でもさ、なんかすげー、アニメっぽくね?」
「確かにアニメっぽいかもしれないけど、ほんとにほんとだから」
私は念を押す。でも、言われてみれば、どう考えてもアニメだ。それは認める。
「で、それがそのどこでも行けるっていう装置? 面白そうじゃん、それ」
ちょっとにやけながら、いかにも触りたそうに装置を見る。
「ぜんぜん面白くない。なんならあげようか?」これは嫌味。
「え、くれるの? マジで欲しいかも」乗って来た。
「って、あげるわけないじゃん。死ぬよ」突っぱねる。
彼の興味も分かる。私だって他人事ならきっとそう思う。
「実際、銃持った連中に追われてみなよ。ガチで命の危機って感じだよ」
「ごめん。でも想像以上に大ごとで笑えるっていうかさ。いくらなんでも話、ぶっ飛びすぎでしょ」
彼はいよいよ本格的に笑い出す。その笑い声を聞いた途端、頭の中でブチっと音がする。さすがに堪忍袋の尾が切れた。
「はぁ!? 何がおかしいわけ? ぜんぜん笑えないんだけど。なんにもわかってないくせにさ」
自分でも驚くくらいに、名前も知らない男子にキレていて、それはそれで笑える。
「ごめん、ごめん。そういうつもりじゃなくて。ほんと悪かったし……」
いくらか気持ちが伝わったようだ。いかにもバツが悪そうに頭をかく。その様子を見て、私はちょっとだけ気持ちが治まる。
(反省したなら許す。一応、助けてもらったしね)
それからスポーツドリンクもおごってもらったっけ。いかにも日常って感じの何気ない時間が嬉しい。ふと、私は普段の自分を取り戻していることに気づく。癪だけど、これは彼のお陰だ。
「もう、どうしていいかわかんない。正直なところ……」
思わず本音が溢れる。今の私は柔術家らしくない。彼はしばらく考えると、頭の中を整理するようにゆっくりと話し出す。
「でもさ、今は逃げるしかないだろ……それに、やばいやつらと、そうでないやつらがいて、そいつらは敵対してる……」
「うん」
「だとしたら、早くやばくないやつらに接触して、その装置を渡すしかないよな」
「うん……でも、どうやって接触したらいいか、ぜんぜんわかんないし」
正直、危険な連中が来たら銃で撃たれるかもしれない。それなのに、今のところ危険な連中が来る方の確率が高い気がする。
「じゃあさ、なんであいつらはおまえの居場所がわかったわけ?」
「……なんとなくだけど、これを使ったときに、あの男たちが来たような気がする」
と言って、装置を目の前に出しながら、ひらひらと振ってみる。
「それ、それだ!」
彼が勢いあまって装置をつかもうとするので、私はスッと手前に引く。彼はスカをくらったのに気にする風もなく続ける。
「なんらかの方法でトレースしてるとかさ」
「トレース? それってどういうこと?」
「あくまで推測だけど、その装置を使ったときに出るシグナルみたいのを検出して、その装置の位置を特定しているとか。例えば電磁波とか?」
彼は、何か解ったように目を輝かせて語る。
(なにそのドヤ顔。ちょっとウザいんですけど)
「だとしたら、これを使ったら男たちが来るってことじゃん。え、それでわたし追われてたわけ? 逃げるために使ったのに、それじゃまるでバカじゃん」
「いやそうとも言えない。現におまえ捕まってないし」
「それはそうだけどさー。じゃ、これを使って男たちが来るとして、やばい方が来たらどうすんの?」
「逃げる。そこは賭けだろ」
「えー、賭なんだ……でも、やるしかないか。もう、逃げるのも嫌になっちゃったし」
おじさんが使うなって言ってたのは、今のような状況になることが判っていたからかもしれない。
「目的地はどこにする? 俺もそこに行くよ。やばい方だったら、また自転車で逃げればいいじゃん」
「うん。助かる」
私は装置をスリープモードから復帰させるとマップで近隣の公園を探す。
「鎌倉中央公園じゃ大きすぎるし、その隣の大平山公園にしようかな……」
「大平山公園な」
「知ってるの?」
「ダチんちの近く」
「じゃ、この公園にするとして、公園のどこにしようかな……」
「たしか、東側に広場があるだろ」
私は大平山公園を拡大して、東側の広場を指差す。
「ここ?」
「そこ。そこなら転移しても大丈夫じゃね」
「そだね」
私は、目的地を大平山公園の東側の広場の真ん中にセットした。
「じゃ、大平山公園で」
私は、転移する時の影響を考えて、少し離れたところに移動すると、『転移しますか?』の表示の下にある『はい』をタップしようとする。
「ちょっと待った! 俺が着く頃に合わせて転移しろよ。そこなら自転車で1分くらいだし、いざという時に逃げられるだろ」
「うん。わかった。そうする」私はうなずく。確かにその通りだ。
「あ、おれ、神条」
(え、このタイミングで名乗るの? でも、気のせいかな……)
どこか聞き覚えのある名前に思えた。
「あ、わたし、御堂」
一瞬、神条くんは怪訝そうな顔をする。
「――えっと、御堂だっけ? 念のためにトークのID教えてよ」
「うん」
普段ならときめくはずの男子とのIDの交換も、非常時だとどこか事務的だ。お互いのスマホにIDを登録すると、神条くんは自転車に乗ってすぐに大平山公園へ向かう。スマホで1分を測ってから、私は大きく深呼吸した後、『はい』ボタンをタップする。目をつぶると、例の感覚が私に装置の作動を知らせる。私は――
――目的の広場に落ちた。
目を開くまでもなく、体が反応する。もうこの落ちる感覚にも、かなりに慣れてきた。炎天下のせいか、幸いにも遊んでいる子供はいない。辺り見渡すと、ちょっと離れたところに神条くんが自転車にまたいで立っている。
「スゲー! ほんとに瞬間移動すんのな」
神条くんが私の方に近づきながら、少し興奮気味に言う。
「待った?」私は立ち上がりながら答える。
「ぜんぜん。来たらちょうど出現って感じ。しかし、すごい音と風だな」
「音と風?」(なんの話?)
「ああ。出てきた時、爆発音と爆風って感じ。さっきもそうだったし」
どうやら出現したときの話らしい。
「へー、そうなんだ。自分じゃわからないけど」
「だよね」
「で、あいつらは?」
辺りを見渡しながら、一応、訊いてみる。
「まだ来てねーな」
「いい方が来るといいんだけど……」
微妙な間が気まずい。なんとなく二人して空を見上げる。セミの声と青い空。このまま何も起こらなければいいのに……。
「あのさ、なんで……」(助けてくれたの?)
沈黙に耐えかねて、そう聞こうとした瞬間、公園の入口付近に黒服の男たちが現れる。
(来た!)
「来たぞ! どっちだ?」神条くんも気づく。
男たちは私たちを見つけると懐に手を入れながら向かって来る。
「あれ、やばい方!」
「じゃ、逃げるか」
「先に乗って! あとで飛び乗るから」
「わかった!」
神条くんは自転車にまたがると、男たちとは反対方向へ猛然とこぎ出す。私はそのスピードに合わせて飛び乗る。その直後、近くで砂が不自然に弾け飛ぶ。
(え、なに? 銃弾?)今回も銃声はしなかった。
「マジかよ!?」ペダルに力が入るのが加速で分かる。
「やばい、やばい、やばい!!」
17年の人生の中で、まさか自分が銃で狙われることになろうとは夢にも思わなかった。その悪夢が今、現実となっている。でも、銃弾で人生を閉じるのだけは何としても避けたい。
「くそっ! なんなんだよ。あいつら!」
今度は正面に男たちが待ち構えている。
「!? どっち?」二人でハモる。
男たちは両手を上げると、攻撃の意思はないといった仕草をする。
「ここはなんとかするから、君たちは逃げるんだ!」男の一人が叫ぶ。
「いい方だ!」
(できれば今、装置を渡したいんですけど……無理か)
すでにすれ違ってしまった。とにかく神条くんは全力でこぎ続ける。後方では、すでに激しい銃撃戦の音がしている中、いかにも銃撃を受けたような呻き声も聞こえる。あまりに現実感がなさすぎて、もはやフィクションだ。
「映画じゃないんだから、いい加減にしてよ!」
「しゃべるな、舌かむぞ!」
私は神条くんの背中を叩いて返事をする。
「このまま行くと鎌倉中央公園だけど、住宅街に入ったほうがいい!」
神条くんは公園へは向かわず、手前を右に曲がって住宅街を南下する。確かに公園ならば、車は入って来れないけど、見通しがいいので見つかりやすい。そのまま道路を走っていると、甲高い笛の音が断続的に鳴り響く。
(今度はなに?)辺りを見渡すと、自転車に乗った警官の姿が見える。
「そこの自転車二人乗り、止まりなさい!」
そう言われて、私たちはパトロール中の警官に呼び止められた。
「お巡りさんだ、助かった〜」
すぐに止まりたくても、長い下り坂のせいでスピードが出ていて、かなり滑走してしまう。それでも素直に止まると、安堵の表情を浮かべている私たちを見るなり、その警官は不思議そうに近づいて来る。
「君たち、自転車の二人乗りはだめじゃないか」
「わかってます。でも助かりました」と、私。
「助かった?」
隣で激しく息をしている神条くんと顔を見合わせると、私たちはほっとした表情を浮かべる。警官は予想していない反応に明らかに戸惑っている。
「あの……僕たち……変なやつらに……」
息が苦しそうな神条くんに代わって答える。
「私たち、変な男たちに追われてるんです」。
「変な男たち? 詳しく話を聞かせてもらえるかな?」
「はい」
警官は肩の無線機のスイッチを押すと、おもむろに無線で連絡を取り始める。
「鎌倉市梶原2丁目付近を巡回中、自転車二人乗りの高校生と思われる男女を職質。二人は保護を求めており、これより事情を聞く、どうぞ……」
通信相手の声もかすかに聞こえるけど、内容までは分からない。ひと通り通信を終えると、警官はこちらの方に向き直す。
「じゃあ、話を聞くのでこちらに来てもらえるかな」
「はい」
私たちはガードレールの隙間から歩道に上がると、さらに端の方へと誘導される。
「君たちは、誰に追われているのですか?」
ここからは、目配せして息が整った神条くんに任せた。
「わかりません。ただ、銃を持っていました」
「銃? それはエアガンみたいなものですか?」
「いいえ。たぶん本物です。人が撃たれてましたから」
「人が撃たれた? 君たちはそれを目撃したのですか?」
「はい。そうです」
人が撃たれたと聞くなり、警官の表情が一気に険しくなる。
「ちょっと待って」
警官は再び無線マイクに話しかける。
「男女二人は、銃を持った男たちに追われていると話しており、発砲事件を目撃した模様。どうぞ。はい。えっ、寺分3丁目付近で銃声の通報が……そうですか。はい。了解しました。現場で待機します」
警官は少し緊張した面持ちで話す。
「すでに緊急配備されていて、もうすぐここにパトカーが来ます。君たちはそれに乗って、鎌倉警察署まで行ってもらいます。詳しい話は署についてから話してください」
「はい。わかりました」
「これでひと安心かな」私たちは再び顔を見合わせる。
と思ったのも束の間、再び、南の方からこちらに向かってくる黒服の男たちが目に入る。
(どっち? 先回りしてた?)
私は一瞬、迷ったが、男たちは懐に手を入れて走って来る。間違いない。やばい方だ!
「お巡りさん、あの男たちです!」
私は指を指して叫ぶ! 警官もただならぬ雰囲気を察して身構える。
「君たちは後ろに下がって!」
私たちは警官の後ろに下がる。でも、そのことに意味がないことは十分に分かっている。神条くんはすでに自転車に乗って、いつでも走り出せる態勢だ。
「そこのあなたたち、直ちに止まりなさい!」
だが男たちは止まらない。しかも、すでに銃を手にしている。
「なんてことだ! 発砲事件の容疑者を発見!……くそっ!」
無線のマイクに話すが、もう間に合わない。
「君たちは逃げて!」
警官はホルスターから銃を抜いて構える。心なしかその手は震えているように見えた。
「行くぞ!」神条くんは、一気に自転車をこぎ出す。
「うん!」
神条くんの自転車に私は走りながら飛び乗る。もう慣れた動作だ。後方からは「銃をおろしなさい!」と叫ぶ声と共に銃声が聞こえたけど、とても振り返る勇気はない。
「お巡りさん、大丈夫かな」
「今は逃げるのが先だろ!」
私たちは再び二人乗りで逃げる。住宅街を5分ほど全速力で走ると、さすがに神条くんも限界のようだ。息がかなり上がっている。
「とりあえず……ここまで……くれば……大丈夫だろ……」
私は自転車から飛び降りて、しばらく自転車を押す。神条くんはブレーキをかけると自転車から降りた。
「神条くん、ありがとう! お陰で助かったよ」
私は彼への感謝も込めて、精一杯の笑顔でお礼を言う。
「いや、まあ……成り行き?……っていうか……」
と、息をしながらちょっとだけ照れたように視線を外すと、遠くを見ながらゆっくりと深呼吸を続けている。
(神条くん、その呼吸……気のせいか)
私には、彼の呼吸が明晴流の丹田呼吸と似ているような気がした。
「で、これからどうする?」息の整った神条くんが聞く。
「家には帰れないから、やっぱ、友達の家に行くしかないかなって」
「わかった。じゃ、なんかあったら連絡してよ」
ふと、さっきのID交換を思い出して、私も少しだけ照れる。
「じゃ」
と神条くんは手を上げる。
「うん。じゃ」
(また、会えるかな……)ふと、そんなことを考える。
視線をそらそうとした瞬間、神条くんの手の向こうに二人の男たちの姿が見える。手にはすでに銃を持っている。何がなんでも装置を奪うつもりだ。
「神条くん、あれ!」
彼も男たちに気づく。
「御堂、こっちだ!」
男たちとは反対方向に向かってこぎ出した自転車に私は再び飛び乗る。しかし、その先にも男たちの姿が!
(先回りされた?)しかも、すでに銃を構えている。
(撃たれる!!)
そう確信した瞬間、神条くんはとっさにハンドルを切る。柔術でいう先の先。絶妙なタイミング。もちろん、銃弾は避けられたけど、自転車は完全にバランスを失う。私は後ろに飛ぶ形で自転車から離れる。神条くんも見事な体捌きで着地する。
「御堂! 大丈夫か!?」と、振り向く。
「神条くん、走るよ!」
私はすでにダッシュの体勢だ。
「おまえ……」
半ば呆れ顔の神条くん。でも今はどうでもいい。私たちは全力で走りながら、近くの路地に逃げ込む。
「えっ、しまった!!」と、私。
「どうすんだよ!!」と、神条くん。
(それ、こっちが聞きたい!)
入った路地は見事な行き止まりで、鎌倉特有のまさかの袋小路。万事休す。このままじゃ完全に袋のネズミだ。二人が助かるには……。
(転移するしかない!)
「これ持ってて!」
私は、リュックを神条くんに渡すと、再び走り始めながら装置のスリープモードを解除した。操作するのでスピードが落ちる。
「おまえ、何やってんだよ! 追いつかれるぞ!」
「もう、これしかない!」
私は、走りながらスクリーンに表示されているワールドマップをスクロールしながら転移先を探す。
(どこにする?)
道の行き止まりまで、あと3、4軒分の距離しかない。