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第四章 空間転移

 ――目的の場所へ落ちた。そこは馴染みのある高校の校庭。

(やっぱ落ちるし〜)

 落ちるのはどうやら既定路線らしい。受け身を取るというよりは、力を抜いて地面を捉える。ここにきて、撮影で高所から散々落ちた経験が活きてくるとは思わなかった。辺りを見渡すと、校舎の入り口の階段には撮影できずに、待ちぼうけを喰らっている映研のメンバーの姿が見える。

「…………」

 こっちを向いている顔は一様に目を見開き、口も開いたままだ。明らかに驚いて固まっている様子で、お約束のようにコケたメンバーもいる。私は撮影をすっぽかしてしまったという申し訳なさもあり、急いで彼らに走り寄る。

「あの、みんな、御堂だけど……」

「――それは、わかってる……」と、なぜか手で制する監督。

「な、な? 突然、出現したの、おまえらも見たよな?」

 正気を取り戻したメンバーが言うと、「出現したぁー!」と方々で騒ぎ出す。

「御堂、ちょっといい? えっ、どういうこと?」と、再び監督。

「わたしにもわからない……ただ、行って戻ってきた的な?」

「って、どこに行ってたの?」

「多分、エアーズロック」

「エアーズロック、エアーズロック……って、オーストラリアの?」

「そう」

「ないないない!」

 監督は顔の前で手を左右に大きく振りながら否定する。

「いや、マジでほんと」

「いやー、どう考えてもありえないでしょー」

「証拠写真あるけど。ほら」

 私はエアーズロックで撮影して来たセルフィーをみんなに見せる。それをまじまじと見た監督は一瞬、固まる。

「……いやいやいや、合成、見せられてもねー」

「だから、ほんとだって!」

 他のメンバーは後ろで「マジでエアーズロックだ!」と叫んでいる。

「おまえらなに納得してんの。合成に決まってんじゃん」まだ信じられない監督が反論する。

「じゃ、時間見てよ」と、念を押す。

「さっきじゃん……」もはや投げ槍に言い捨てる監督。

「だから、ほんとに行ったんだって」

「じゃ、どうやって行ったの?」

「これで」と言って、伯父から預かっている装置を見せる。

「なにそれ?」監督、それ私が聞きたい。

「ゲームパッドじゃないよ」と、私。誰もそうとは思っていないことが空気で分かる。

「ふっ。今の話から推測すると、それはいわゆる物質転送装置だな」映研の一人が口を開く。

「ああそれな。って、物質転送装置!?」監督、声が裏返っての絶叫。

「まあ、SFの金字塔であるスタートレックでは、物質転送機とも呼ばれていたけどねぇ。例えば、テレポーテーションは超能力だけど、それの機械版というと解りやすいかなぁ」

 興奮気味に話すその部員は、どうやらSFオタクらしい。

「え、じゃあ、これを使えば一瞬で、どこでも行けるっていう……」

 やっと理解した監督は、説明するかのように機能を確認する。

「ふっ。まあ、そういうことかなぁ」ドヤ顔のSFオタクくん。

 普段通りに騒いでいるみんなを見ていると、なんだか日常って感じでホッとする。

「え、ちょっと待って。スクリーンには『転移しますか?』って出てたけど」

「転移? えっと、じゃ、物質転移装置かな……」急に歯切れが悪くなるSFオタクくん。

「で、御堂、なんでこんなの持ってんの?」

 にわかに身を乗り出すと、興味津々な面持ちの監督。こういうところは判りやすい。

(絶対、映画で使うこと考えてるでしょ)

「おじさんから渡されたんだけど」

「おじさん、て? 御堂の? え、何やってる人?」

「神奈川先端科学大学の講師。で、おじさん今、行方不明」

「えー!?」

 そこ、全員でハモらなくていいから。

「そういえば、さっき、御堂、逃げてなかった?」

「うん。おじいちゃんに助けてもらった」

「そうか、御堂のじいさんだったのか……ってか、あのじいさん、捕まってたよな」

「え、捕まった? マジでそれはないでしょ」

 監督に目で訴える。(あんただって知ってるでしょ?)あの達人がそう簡単に捕まるはずがない。きっと何か理由があるに違いない。

「マトリックスのエージェントスミスみたいな、ってか、メンインブラックか。とにかく、黒いスーツのやつらと口論した後に……そいつらと車に乗っていったよな?」

 監督は記憶を確かめるように周りのメンバーに尋ねる。それを聞いたメンバーは方々に首を傾けたり、頷いたりして要領を得ない。

「それさ、捕まるじゃなくて、ついて行った、じゃないの?」

「ようやく話が見えてきたぞ。そいつらはその装置を狙ってる!」

「それ、わかってるから」即ツッコミ。

 他のメンバーもうなずく。推理小説も読んだ方がいいよ、SFオタクくん。

「でも、御堂が持っているの、もうバレてんだろ? それってやばいじゃん」

 と、その時、例の黒服の男たちが校門からこちらに走ってくるのが見えた。

「うわっ。来たっぽい!」闘争? 逃走? どうする私?

「御堂、逃げろ!」と、監督。

「じゃ、あとよろしく!」じゃ、逃走で。

 デジャヴを感じながら私はまた走り出す。映研のメンバーが黒服の男たちの前に立ちはだかる。見るからに頼りなさげ……。

 よく考えたら、とんでもない日だ。朝から走り通しで、お昼も食べてない。

(ダイエットにはなるけどさ……)

 こんなダイエットなら勘弁してほしい。絶対、体に悪い。

 走ること数分、呼吸の苦しさに一気にペースが落ちる。

「もう限界!」

 もう足が前に出ない。さすがに真夏の炎天下で走るのは想像以上に過酷だ。普段通り深く呼吸しているはずなのに、まったく吸っている感じがしない。空気が薄い。

 私は追っ手が来ないのを確認すると、さらにペースを落とす。正直なところ、もう走れない。

(どうしよう……)

 こうしている今も、いつどこから黒服の男たちが現れるか分からない。でも、もう全速で走り続けることなんてできない。今の私に必要なのは栄養と休息だ。

(とにかくご飯を食べなきゃ)

 高校の近くのファミレスに入ると、急いで豚の生姜焼き定食を注文する。今はスタミナが必要だ。私は、いつでも窓の外を確認できるように窓際の席に座る。今のところ追っ手は来ない。映研のメンバーがうまく阻止してくれたらしい。

(なんでこんなことになっちゃったんだろ……)

 しばらくすると、猫の耳がついている自動配膳ロボットが運んできた。生姜焼き定食を受け取ると、そそくさと戻るあたりが可愛い。

 ご飯を食べながら私は今日、自分に起こった出来事を思い返す。とても半日の間に起きた出来事とは思えない。もう何日も逃げ回っているような気さえする。それもこれもみんな、伯父から装置を預かったせいだ。

「めっちゃ腹立つ!」思わず声に出てしまい、慌ててあたりを見渡す。

 今度会ったら何を買わせよう。そんなことを考えながら食べ終わると、気持ちもお腹も落ちついてきた。あれ以来、伯父からは連絡がなく、それはそれで心配ではある。

(自業自得だけどね)

 ストローで冷えたジンジャエールの氷をかき混ぜながら、どこか途方にくれる。

(シャワー浴びたい。今日はいっぱい走ったし……)

 お腹が満たされると、今度は別の欲求が出てくるなんて、人間はどこまでも欲張りな生き物なんだろう。

「あー、眠い……」

 唐突に、抗いがたい睡魔が私を襲う……。


 ふと気がつくと30分くらい眠っていたようだ。時計を見ると午後の4時を回っている。私は慌てて窓の外を確認する。

「危ない、危ない……」

 黒服の男たちの姿は見えない。でも、家に帰れないことに変わりはない。

(こうなったら、ひなちゃん家に行くしかないか……)

 私は幼なじみのひなちゃんの家に向かうことにした。でも、家族で旅行とかに行ってたらアウトだ。

 再び、窓から見える範囲に黒服の男たちがいないことを確認すると、祈るような気持ちでひなちゃんにメッセージを送る。


『ひなちゃん、元気? ちょっといい?』

『おひさ! なになに?』

『お願い! 今晩泊めて(合掌マーク)』

『もちオッケー』

『サンキュー!』

『お母さんとけんか?』

『そんなとこ。今から行っていい?』

『いいよ。お母さんにはうまく言っておくね』

『ありがと!』


 詳しいことを話すと彼女を心配させると思い、今回のことは一切言わないことにした。ファミレスを出ると、外は幾分か涼しくなっていた。栄養と休息を取ったせいで体力も回復している。私は周囲を警戒しつつ、早足に懐かしい家へ向かう。

(あ、そうだ。お母さんに連絡しないと)

 急に思い付くと、通りすがりの木陰で西日を避けながら、私は母に電話する。


「あ、お母さん。今日、たまたまひなちゃんに会って、遊びに来ないかって言われて、今晩泊まってもいいかな?」

『ひなちゃん? ああ、殿村日向子ちゃん? そうなの、せっかくご飯用意したのにー』

「ごめんね〜」

『晃明のこともあるし、気をつけてね。何かあったらすぐに連絡するのよ』

「わかった。そうする。それじゃ」


 本当はひなちゃんには会ってないけど、母を心配させたくないという思いから、つい嘘をついてしまった。

(でも、ひなちゃん家に行くのは本当だし)と自分を納得させる。

 私は見通しの良いところを避けつつ、なるべく目立たないように移動する。

(これじゃ、まるで逃亡者だよ)

 未だに自分の置かれた状況に現実感がない。普通なら友達や家族と過ごす楽しい夏休みのはずなのに、まさか追われる立場になろうとは夢にも思わなかった。

 歩くこと十数分、幸い黒服の男たちに遭遇することなく、ひなちゃん家に到着した。

(……中3に上がる春休み以来だから、2年振りかな)

「懐かし〜」

 思わず声が漏れる。私は少し緊張しながらドアホンのボタンを押す。

 ピンポ〜ン。

(変わってない。昔はこのドアホンに手が届かなかったっけ……)

 しばらくすると、ひなちゃんがドアを開けて出迎えてくれる。

「ゆきちゃん、おひさー! さ、入って、入って」

 久しぶりに聞いた呼び名。『ゆうき』が詰まって『ゆき』になったのを思い出す。懐かしさと安堵感が襲ってくる。

「ひなちゃん、ほんと久しぶりー。でも、なんか急でごめんね」

 私はちょっと泣きそうになりながら、精一杯の笑顔で気持ちを伝える。

「ううん。お母さんもゆきちゃんに会いたがっていたからからぜんぜん問題ないよ」

「良かったー」

 そこにひなちゃんのお母さんが懐かしい笑顔とともに出迎えてくれる。いつ見ても綺麗なお母さん。

「ひなちゃんママ、お久しぶりです」

「ゆきちゃん、あら、かっこいいわね。イメチェンしたの?」

「ヒップホップダンスやってます」

「そうなの。今どきね〜。今日は日向子のわがままでごめんね。迷惑じゃなかった?」

「いえいえ。そんなことありません」

(助かったのはこちらの方です。ひなちゃんママ)

「今日はゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」

 ひなちゃんは気を効かして、自分が呼んだことにしてくれたみたい。やはり持つべきものは友達だ。幼なじみのひなちゃんは一人っ子で、友達というよりは、むしろ従姉妹のように育った仲と言った方がしっくりくる。長い休みの時などは、よくお互いの家に泊まり合ったりした。ただ、彼女が私立高校に進学してからは少し疎遠になっていた。

 夕食はひなちゃんママお得意のクリームシチュー、食事の準備はいつも三人で行うので、料理のいろはひなちゃんママから教わったと言ってもいい。デザートは特製のジェラート。いつの間にかレシピが増えてる。

「ひなちゃんママ、このジェラートすごく美味しい! 今度、作り方を教えて」

「じゃ、今度、来た時に一緒に作ろうよ」

「はい!」

 そこにおじさんが帰ってくる。おじさんは近くの病院の眼科のお医者さんで、私が来た時は必ずお菓子を買って来てくれる。

「おじさん、お邪魔してます」

「ああ、ゆきちゃん、いらっしゃい。あれ〜、大きくなったねー」

「そうですか? 相変わらずよく食べてるので」

 と言いながら、ご飯を食べる仕草をする。それを見たおじさんは笑っている。

「ゆきちゃんが来た時のお菓子も久しぶりだね」

「うん」

(今日の出来事がまるで嘘のよう)

 ここでの私のもう一つの日常は、変な事件に巻き込まれている現実を十分に忘れさせてくれる。夕食のあとはゆっくりとお風呂をいただく。今日一番リラックスできた時間だった。その後は、ひなちゃんの服を借りて、彼女の部屋でまったりと過ごす。その部屋は、私の部屋とは真逆で女子力高めの部屋。いかにも女の子の部屋らしくひらひらしているけど、嫌味な感じがあまりない。それは全体的に白に統一されていて、そこここに、センスのいい小物がアクセントとして置かれているからだ。自分にはできない憧れもあって、もう一つの自分の部屋だと勝手に思っている。

「あのさ、ゆきちゃん。お母さんと喧嘩したって嘘でしょ?」

「え、どうして?」ひなちゃん鋭い。

「だって、ゆきちゃん。嘘つくとき必ず声のトーンが上がるんだよ。知らなかった?」

「なんだ。バレてたんだ……」幼なじみ恐るべし。

「バレバレだよー。それに、ゆきちゃんお母さんと仲いいじゃん」

「うん。まあね……」

 ひなちゃんの何か聞きたそうな表情に少し戸惑う。でも、変なことに巻き込みたくない。

「別にいいよ。言わなくても。お陰でゆきちゃんに会えたわけだし」

(ひなちゃんは子供の時から察しがよかったっけ……)

「ひなちゃん、ありがと。落ち着いたらちゃんと話すね」

「うん」

 ひなちゃんは、柔術だけが取り柄の私と違ってとても気が利く子で、いわゆる女子力が高い。本人は自分のそんなところが嫌いらしい。だから、私といると楽なんだと思う。私たちは抜けた時間を埋めるように夜遅くまで話をした。同じベットで寝るのも久しぶり。


 翌朝、目が冷めると、昨日のことがまるで夢のように思える。隣には、ひなちゃんが気持ちよさそうに寝息を立てている。

(このままずっと寝ていたい……)

「あ、ゆきちゃんおはよう」

「ごめん。起こしちゃった?」

「ううん。もう9時回ってるよ。起きて朝ごはん食べよ」

 久しぶりに朝食をご馳走になる。フランスパンで作った、優しい味のフレンチトースト。とても懐かしい味。ひなちゃんママ、私が好きなのを覚えてくれてたんだ。

「ゆきちゃん、服、洗濯しておいたからね」

「えー? ありがとうございます!」

 私はひなちゃんママの心遣いに涙が出そうになる。私のもう一人の心のお母さん。

(このままここにいたい……)でも、その思いは叶いそうにない。

 三人でゆっくり朝食をとると、すでに時刻は10時を回っている。私は服を着替えると、出発の準備をする。さすがにこれ以上いると迷惑をかけるかもしれない。

「ひなちゃん、今度うちにおいでよ」

「うん。いくいく。ゆきちゃんママにも会いたいしー」

「またトークするね」「うん」

 私はひなちゃんの家を出る。プライベートがごたついてる中、幼なじみとゆっくり過ごせたのは、避難や休息以上に貴重な時間だった。まさに心のオアシスって感じ。再開の約束は今の私にはとってはまさに希望。一旦、外に出れば、例の黒服の男たちがいつ現れるか分からない。まるで戦場に向かう戦士のような気分だ。

(まずは図書館かな。手持ちも少ないし……)

 家に戻れない今、なるべく人がいて、暇をつぶすせる場所と言ったら、市立図書館しか思いつかない。人目につかないように移動しながら考える。どうすれば解決できるのか。また、いつ終わるのか。今は何も思いつかない。ただ、こんな生活が長く続けられないことだけは、はっきりしている。

 何事もなく図書館に到着すると、エアコンの涼しさが高ぶった気持ちを冷ましてくれる。警戒しながらの移動が、思っていた以上に神経をすり減らしていた。

(図書館っていうより、なんか避難所って感じ……)

 見慣れたはずの図書館は、今はどこか違う場所に思える。入館した後も、常に周りを気にしていて、逃亡者が板についてきた自分に笑える。

(こっちの方が映画だよ)

 本当にそうだったらどんなにいいか。館内でもなるべく人目につかない様に、気配を消して移動するあたりは、ある意味、できる柔術家だ。

「ぷっ」できる柔術家のところがツボって笑う。私は大丈夫、そう思える自分がいる。

 図書館内をうろうろ歩いていると逆に目立ってしまうので、さりげなく入り口を見張れて目立たない場所を見つけると、近くの本棚から数冊の本を取って座る。本を開いて読むふりをしながら、自分なりに今回のことを整理してみる。すべては伯父から、このどこでも行けてしまう装置を預かったことから始まった。

(この装置がすべての原因なんだよね。でもどうしてだろう? 武器とかじゃないし、ドラえもんの、どこでもドアみたいで便利そうなのに……)

 それなのに、伯父は行方不明になり、家族の周りには不審な男たちが現れ、家には空き巣まで入った。そして今、自分は怪しい男たちに追われている。

(おじさんが絶対に使うなって言ってたのは、まだ実験中で使うと間違って変なところに行ってしまうからとか?)

 私は伯父の言葉を思い出してみる。でも、もう遅い。私はすでに2回も使ってしまった。

(おじさん、使ったと知ったら怒るかな……。でも今の所、ちゃんと目的地には行けてるし問題ないよね)

「で、なんでわたしが逃げ回らなきゃいけないわけ。意味わかんないんだけど」

 声を押し殺して口に出す。もちろん、装置を持っていることが原因なのは分かる。そして、誰かがこの装置を欲しがっているのも理解できる。

(確かに、これがあれば便利だしね。だったら、この装置を買えばいいじゃん)

 なんで奪う必要があるのか解らない。ひょっとしたら、伯父が売らないと言ったのか、相当に高い値段を吹っかけたので奪おうとしているのかもしれない。

(どっちにしてもおじさんのせいじゃん。でも、奪おうとするような卑怯なやつらには、絶対に渡さない)

 にわかに使命感が湧いてきた。

(預かった以上は、なんとしてもおじさんに返さないと……)

 それに、この装置が無事なら伯父も無事な気がする。そう考えると、なんとなく力が湧いてきた。

(とりあえず、おじいちゃんに電話しよ)

 携帯だとなんとなく危ない気がして、警察のドラマでもよくあるように、私は図書館内の公衆電話からかけることにした。


「もしもし、おじいちゃん、優希だけど」

『おう。優希か? そっちは大丈夫か?』

「うん、今のところは大丈夫」

『あの男ら相手に、技を使ったそうじゃないか』

「え、まあね……」

『技をしっかり受け続けていれば、かけることもできる。覚えておきなさい』

「――うん」そうか。だから今まで何も言わなかったんだ。

『こっちは色々あったが、晃明も無事なので心配するな』

 私はふっと肩の力が抜けるのを感じた。

「そうなんだ! 良かった〜。わたしね、今……」

『優希、いいから聞きなさい。今から、優希の携帯にかけ直すので、しばらく待ちなさい』

 居場所を言いかけた時、祖父に言葉をさえぎられる。盗聴されているから、場所は言うなということかもしれない。

「わかった。じゃ、切るね」

 すぐにスマホに着信があった。

「もしもし、おじいちゃん?」

『ああ、わしだ。万一の盗聴に備えてな。優希、もし彼らを見つけたら装置は渡しなさい。いいね』

「え、どういうこと? 本当に渡しちゃっていいの?」

 ついさっき渡さないと決心したばかりなのに、急に渡せと言われて私は混乱する。

『晃明のことは気にしなくていい。あいつも分かっている。それに、これ以上、優希を危険な目に合わせるわけにはいかん』

「じゃ、あの黒服の人たちが来たら渡しちゃっていいの?」

『それでいい。彼らは、なんでも国際機関の人間だそうだ』

「え、そうなの? 犯罪組織とかじゃないの?」

『ああ。晃明もその国際機関に助けられたらしい。この携帯もそこから渡されたものだ』

「なんだ。そうだったんだ〜。だったら早く言ってよって感じ」

『ただ、気を付けなければならんのは、奪おうとしている連中もいるということだ』

「え、どういうこと?」

『優希の家に空き巣が入っただろう? それがその奪おうとしている組織の仕業らしい。国際機関は装置が奪われるのを阻止しているということだ』

「う〜ん。わかったような、わからないような……」

『まあいい。それから、今いる場所だが、わしの方から国際機関に連絡しておく』

「ちなみに今、図書館」

『そうか。賢い選択だ。くれぐれも油断しないようにな』

「うん。気をつける。それじゃ」


 スマホを切ると、早速リュックから装置を出す。試しに電源ボタン押すと、すぐにスクリーンにワールドマップが表示される。

(――しまった。電源入れたままだった。まあ、それどころじゃなかったし)

 右上にはバッテリーの残量表示があり、すでに半分近くまで減っている。

(二人とも無事で良かった。おじさんには悪いけど、これ渡しちゃうからね)

 すぐに渡せるように装置を手にしたまま、私は図書館を出る。相変わらず夏の日差しは容赦ない。私はキャップを深めにかぶり直す。

 変なもので、こうなると早く黒服の男たちが現れないかなとすら思う。そんな自分に、少しおかしくなりながら、散歩から帰るくらい気楽さで歩いていると、それらしい男たちがこちらに向かってくる。

「きたきた。いいタイミング!」

 この面倒なことが終わるかと思うと、思わず顔がほころぶ。装置を渡そうと男たちの方へ向かおうとした時、唐突に男の一人が倒れる。もう一人はその場を離れながら何か叫んでいる。私は思わず立ち止まる。

「ちょっと、何ごと?」

 別の黒服の男二人が視野の片隅に映る。

(あれ? 昨日の人たちとなんか違くない?……)

 男たちはおもむろに懐に手を入れると、黒く光るものを取り出す。柔術家としての勘が危険を訴える。

(危険! 逃げろ!)心が叫ぶ。


 私は反射的に逆方向へ走る。当然、男たちは追いかけてくる。

「なになに、あれが奪おうとしている連中ってこと? マジでやばくない?」

 男たちは速い。このままでは確実に追いつかれる。

 私はこれしかないという思いで、装置を見る。

「電源切らないでよかったー!」と言っても単に忘れてただけなんだけど。

 私はすぐに装置をスリープモードから復帰させた。でも、走りながらだとうまくスクロールできない。

(この先の曲がり角!)

 こんな時、鎌倉特有の細かい路地は役に立つ。私は曲がったすぐの家の門へ隠れると、スクリーン上の地図をスクロールし、転移先を高校の裏庭に設定する。スクリーンには『転移しますか?』の表示。その直後、男たちが横を通り過ぎる。先の曲がり角のところで立ち止まって辺りを見回している。

(今だ!)

 私は『はい』をタップ。次の瞬間、体が浮かぶ感覚とともに、私は――



 ――目的の場所へ落ちた。そこは見慣れた高校の裏庭。もはや余裕の着地だ。

「なんとか逃げ切れた?」

 辺りを見渡すと、一人の男子生徒がこっちを見て驚いたように固まっている。

「いやー、映研の撮影って、ほんと大変……」とか言いながら、その場を去る。

(ぜんぜんごまかせてないか……)

 何かとても嫌な予感がする。よく考えれば、最初の男たちには殺気はなかった。ただ、次に現れた男たちには明らかに殺気があった。

(なんかすごくやばい感じ……あれって、拳銃だよね)

 そこに携帯に着信が入る。確認すると、伯父からだった。


『優希ちゃん?』

「おじさん? うん。わたし。おじさんも無事で安心したよ」

『確認だけど、今、空間転移したよね?』

(やばい、怒ってる?)

「あ、ごめん。あれほど使うなって言われてたのに。ちょっと変なやつらに追われて、つい……」

『まあ、いまさらだけどな』

(え、いいの?)明らかに様子がおかしい。

『それより、大変なことになっているんだ。これから……』


「あ、来た」

 その時、警戒していた視界の中に二人の黒服の男たちが入って来る。さっきの男たちと違って殺気は感じない。両手を上げて、こちらに手のひらを向けている。

(良かった。きっと国際機関の人たちだ)

 私の勘も危険ではないと告げている。さっさと渡そう。


「ごめん。おじさん、また後で!」

『ちょっと待った! まだ話が……』


 今回はこっちから切る。もう何もかも終わりにしたい。

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