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第二章 再び落ちる

 今日で撮影五日目。熱中症から復活した監督は、前にも増して指示が細かい。当然。撮影スケジュールはお約束のように遅れ気味。このままだと撮影が長引くのは確実だ。私がいつものように、準備中の映研のメンバーを眺めながら、階段に腰掛けていると、突然、スマホの着信音が鳴る。画面を見ると珍しい名前が目に入る。

(え、晃明(てるあき)おじさん?)

 伯父の晃明は母の弟で、神奈川先端科学大学で物理学の講師をやっている。根っからの変わり者で、確か量子力学とかを研究しているらしいけど、私には何なのかさっぱり解らない。伯父が言うには、量子の世界は何でもありで、意識が物質に作用すると話していたのはかろうじて記憶にある。なぜって、超能力があるかもって面白いと思ったから。

 私は画面の応答ボタンをタップする。


「どうしたの? おじさん」

『ちょっと頼みたいことがあるんだ。実は、姉さんから訊いて近くまで来ているんだ』

「あ、そうなんだ」

『今、ちょっといいかな?』

「いいよ。今、ちょうど待ち時間だし」


 しばらくすると伯父が現れる。どこか挙動不審なところはあるけど、いつにも増して挙動が怪しい。あからさまに周りを警戒している素振りだ。

「悪いね。映画撮ってるときに。聞いたよ、主役なんだって?」と、少しからかうように言う。

「それはいいから。おじさん、用ってなに?」

「これを預かってくれないか?」

 と言うなり、懐に手を入れると、なぜか周りを警戒する仕草をする。そろそろと取り出した四角い箱のようなものは今、私の目の前にある。

「え、これどこのゲームパッド? 電源入れていい?」

「ダメダメ! 電源は絶対に入れるな。それにこれはゲームパッドじゃない」

 と言って、伯父はそのゲームパッドを慌てて引っ込める。

「じゃあ、なにそれ?」

「いや〜、それは知らないほうがいい。まあ、世紀の大発明ってやつだ」

 ドヤ顔でそれを言ってしまうあたり、さすが生粋の自信家だけのことはある。

「で?」

「ということで、しばらく預かってほしいんだ」

「やだ」

 正直、面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。

「好きもの買ってあげると言っても?」

「う〜ん。ちょっと考えてもいい」

「よし。決まりだ」と再びゲームパッドを出す。

「あのさ、これ爆発とかしない?」伯父のものなら十分にあり得る。

「爆発現象は専門外だ」

「そういうことじゃなくて……でもまあ、ちょっとだけでいいんでしょ?」

「そうだな。ほとぼりが冷めるまで、かな」

「それっていつ?」

「正直わからん」

「え〜、そういうの、すっごい困るんだけど。なるべく早く取りにきてよ」

「もちろんそうする。じゃ、頼んだよ。いいか、この装置の電源は絶対に入れるなよ。それから、このことは誰にも話すんじゃない。いいね」

 と言って装置を渡すなり、伯父は足早に去って行く。

(いつもこんなじゃん。どう考えてもやばそうなんだけど……)

 伯父に関わると、いつも面倒なことのに巻き込まれる気がする。若い頃から自分勝手で、それでいて頭はいいので、学校や教師はいつも手を焼いていたようだ。面倒だったのは子供の頃、よく変な実験に付き合わされたこと。と言うより、今考えると実験台にされたと言った方が近い。中には面白いのもあったけど。ある時、シュレーディンガーの猫の実験とか言って、かくれんぼをしようとおやつを持たされ、段ボールの箱の中に閉じ込められて放っとかれたことがある。起きてるか、寝てるのかの確率の重ね合わせの実験と言ってたけど、そんなの寝てるに決まってる。夕方ごろ、私がいないと大騒ぎになって3時間後に無事救出。私はと言えば、ただおやつ食べて寝てただけなんだけど。


「よっしゃ、アングルも決まったし、御堂、休憩終わりね〜。次の撮影いくよー。みんな準備よろしく!」

「了解です!」と、返事をする。

「御堂、次、あの階段からね〜」

「わっかりました。カントク!」

(これはもはや軍隊であります。上官殿)

 そんな気分で階段へ向かう。実は、このところ落ちるのにも慣れてきたって言うか、快感になりつつある自分が、ホント怖い。これ以上、普通じゃなくなったら元には戻れないかもしれない。

「ここは中盤の見せ場だから、ひとつ派手目に落ちてくれないかなー」

「派手ってどういうこと?」嫌な予感しかしない。

「例えば、空中回転とか?」

「マジで言ってんの?」

「一番の見せ場なんだよー。御堂なら余裕でしょ?」

(ずいぶん、軽く言ってくれるね)

 確かにできなくはない。でも安易に引き受けたら負けのような気がする。

「わかったよ。でも一回しかやらないからね」

「御堂、骨は拾うからねー。それじゃ、みんないい?」

 骨を拾うとか縁起でもないこと言わないでよ。好きな人もいないのにまだ死にたくない。何がなんでも一回で決めてやる。

「みんな一発撮りでよろしく。――よーい。アクション!」

 私は前受け身の要領でマットめがけて前転ぎみに落ち出す。不思議と時間がゆっくり感じる。マット、どうか私を受け止めて。

『ボンッ!』

「ハイ! カットー!」

 なんだろう。この敗北感は。そこから怒涛の3カットを、私はきっちり落ちきった。


「今日の撮影、これにて終了ー。みんな、お疲れ〜」

 片付けを始めるメンバーたち。一応、主役の私は、さっさと帰り支度をする。片付けはやらない。

「監督、わたし帰るねー」今日は暑くてさすがに疲れた。

「おー、御堂、お疲れ〜。明日も頼むねー」

「…………」

 手を上げ、引き吊り気味の笑顔で答える。でもこれ精一杯だから。今日でやっと折り返し。ここまでは怪我もなくなんとか乗り切った。

 私は校門へ向かって歩きながら、体育館の横を通った時だった。かすかに聞こえるダンス部の音楽。私はふと立ち止まる。

「あれ?」

 西日がきつい夏の夕方。風もないのに、何かを告げるように首筋がざわっとする。そこには、ダンスのことを忘れている自分が立っていた。首の違和感はなおも続く。

(わたし、本当に好きでダンスやってたのかな?……)

 初めて浮かんだ疑問だった。ただ単に、逃げるために始めたんじゃないのか? そう考えると、足が踏み出せなくなった。思考がループして、その輪から抜け出せない。

「ふぅー」息を吐きながら足元を見る。大丈夫、ちゃんと立てている。気持ちを落ち着けるために近くの階段に腰掛ける。ふと、祖父の言葉が蘇る。


『いつまで逃げ続けるつもりだ。優希』


 そうだ。私はいつだって逃げてばかりだ。明晴流から逃げ、ダンスから逃げ、映画の撮影からだって逃げたい。

(いつからだっけ……)

 遠い記憶を手繰り寄せると、小学生の時の記憶が引っかかった。なぜか鼻の奥がツンとする。これは泣いた記憶だ。その頃の私は、祖父の期待を一身に背負っていた。間違いなく、柔術家としての将来を期待されていたんだと思う。褒められるのが嬉しくて、毎日のように道場に通っていた私は、無邪気に明晴流を楽しんでいた。そう、あの事件が起こるまでは――。

(……なんだろう。小学生高学年の時かな)

 戻り掛けた記憶はなかなか像を結ばない。目を細めて、ただ西日を直視する。そうしていると、ささやかな思考が戻る。

(この夕日には、助けられてばっかりだ……)

 今は考えるのはよそう。海に沈みゆく夕日はいつ見ても癒される。特に、由比ヶ浜の地平線に吸い込まれる直前の夕日は、見てあげないと太陽に失礼だ。


 帰宅後、部屋で伯父から預かったゲームパッドを眺めてみる。なんの変哲もないプラスチックケースに、側面に電源スイッチを含むいくつかのスイッチと、スクリーンがあるだけの箱だ。

「これ何だろう? ん〜、装置って言ってたっけ?」

 見た目には同じようなサイズの液晶画面が付いているので、一見するとゲームパッドに見える。ただ、少し分厚くて、持った感じは結構重い。それに、メーカーや機種名などは何も書かれていない。手作り感満載の装置だ。

「優希、ご飯よ〜」と1階から母の声。

「は〜い。いま行くー」

(今は装置のことより、ごはん、ごはん! 今日は何かな〜?)

 階段の途中で匂いが教えてくれる。今日のおかずは中華と判明。テーブルに並ぶチンジャオロースと中華スープ。デザートはもちろん、杏仁豆腐。これを考えた人は天才だと思う。


 日が変わった早朝、私の甘美な眠りは無残にもスマホの着信で起こされた。スクリーンの名前がさらに目を覚まさせる。


「おじさん、朝っぱらからなに?」朝が苦手な私は、ちょっとキレ気味。

『優希ちゃん……』伯父は、らしくない小声で話す。

「どうしたの? おじさん」

『実はその……、例の装置、取りに行けなくなったんだ……』

「え、どういうこと?」

『実は……トラブルに巻き込まれてね……』

「ちょっと、そういうの困るんだけど。ってことは、あの訳わかんない装置、わたしが持ってろってこと?」

『すまない。なるべく早く取りに行くから、もう少しだけ預かってくれ。それから電源は絶対に入れるなよ。いいか、絶対にだ』

「入れない、入れない。ガチに怖いし。絶対なんかやばいでしょ?」

『ならいいけど。じゃ頼んだよ』

 スクリーンには『通話終了』の四文字。


 二日後、伯父は勤め先の神先大(じんせんだい)(神奈川先端科学大学)を無断欠勤したらしく、本人とも連絡が取れないので、大学側から実家に問い合わせがあったと母が言っていた。

(何があったんだろう?)

 いくら私でも装置が関係していることぐらいは想像がつく。口止めされているけど、さすがに誰かに相談しないと取り返しのつかないことになりそうな予感がする。それに一人で抱えるには事が大きくなりすぎている。

(さすがにおじいちゃんに相談した方がいいかな)

 明晴流の師匠でもある祖父は少し苦手だ。ただ、頼りになるのは間違いない。思い立つと、私は祖父のところへ向かう。そこは道場兼自宅で歩いて数分のところにある。日本の伝統的なお屋敷といった建物で、築後百二十年は経過しているらしい。とても歴史があるらしく、県の重要文化財に指定されている。以前から庭は見学者用に開放していて、よく旅行者が訪れていた。最近では、SNSの影響からか外国人旅行者の見学も増えて、昼間はいつも見学者が庭にいるような状態だ。

「こんばんは。お邪魔しま〜す」

 一応声に出しながら、いつも通り鍵のかかっていない勝手口から家に上がる。

(いつもこの時間ならおじいちゃんは居間にいるはず……)

 勝手知ったるなんとやらで、私は居間へ直行する。

「おじいちゃん、ちょっといいかな。話があるんだけど」

「おう、優希か。どうしたこんな遅くに」

「実は、晃明おじさんのことで……」

「何か知っているのか?」一瞬で顔色が変わるのが判った。

「うん。多分、これが関係してるんじゃないかって思うんだけど」

 と言って、伯父から預かった装置を見せる。

「なんだそれは?」

「おじさんから預かったなんかの装置。誰にも言うなって言われてる」

「今回の無断欠勤と関係がありそうだな」

「おじいちゃんもそう思う?」

「時期が重なっている上に、口止めとは何かあるに違いない」

「そうだよね」

「で、晃明は他に何か言ってなかったか?」

「特に……あ、そうだ。絶対にスイッチは入れるなって」

「ますます怪しいな……。このことはここだけの話にしよう。周りを心配させてもいかん」

「うん」

「実は、最近、家の周りを妙な連中がうろちょろしていてな。気にはなっていたんだ。優希も気をつけるんだぞ」

「うん。わかった。気をつける」

「その装置はおまえが持っていなさい。ある意味、ノーマークなはずだ。まさか姪っ子が持っているとは思うまい。晃明も考えたな」にやっと笑う。

「わたしが持ってるの? これ」

「いや、わしはすでにマークされているはずだ。こんなときこそ柔術の心得を忘れるな。常に自然体を保ち、中庸の精神で対処するんだ」

「中庸の精神……」柔術の真髄だ。

「おそらく、優希の家もマークされているはずだ。その装置はなるべく肌身離さず持っていなさい」

「わかった。そうする」習慣で道場の時のように一礼する。

「じゃ、わたし帰るね。おじいちゃん、おやすみ」

「気をつけて帰るんだぞ」

「うん」

 変なことが起こっている気がして、心がざわざわする。今までも伯父に関わるとろくなことがなかったけど、今回ばかりは今までとは違う感じだ。


 撮影八日目、それとなく辺りを警戒していると、遠くの建物の陰からこちらを監視しているような気配を感じた。いよいよ私にも監視の目が向けられ始めたようだ。

(きっと、おじいちゃんが言ってた連中だ)

 私のことを監視しているのは間違いない。気持ち悪いのは、気配は感じるのに姿が見えないことだ。

(この連中はなんか普通じゃない。おじさん、大丈夫かな……)

 なんとも言えない不安がよぎる。とにかく、今は平静を保つことを肝に銘じた。緊張感バリバリの撮影で気が紛れるのがせめてもの救いだ。変な話、映画の撮影と映研のみんなには助けられている。

 その日の撮影が終わって家に帰っていると、再び視線を感じて辺りを見渡してみる。なんとなく気配は感じるのに、相変わらず姿は見えない。

(現代の忍者って感じ。でも、きっと近くにいる……)

 近くにいるはずなのにその姿が見えないということが、こんなにも不気味で気持ち悪いということを初めて知った。結局、その連中は私が家に着くまで付かず離れず監視していたようだ。家に着くと、私はすぐに祖父に電話した。


「もしもし、おじいちゃん? 優希だけど……」

『優希か。そうか……おまえの周りにも現れたか』

「うん」さすがに察しがいい。

『すぐにどうこうということはないと思うが、くれぐれも油断するなよ。中庸の精神を忘れるな』

「うん。わかった。それと自然体を保て、でしょ」

『その通りだ。優希、何かあったらいつでも連絡しなさい』

「わかった。何かあったら連絡する。じゃあ、おやすみなさい」


 あれ以来、相変わらず気配は感じるのに姿が見えない状態が続いている。

(こんな状態がずっと続いたら気が変になりそう)

 いっそのこと、まったく感じなくなって欲しいとすら思う。きっと普通の女子なら、監視されているなんて気づきもしないはずだから。

 二日後、遅れに遅れている撮影もようやく終わりが見えかかった頃、私の自宅に空き巣が入るという事件が起こった。

(あいつらの仕業だ!)

 私はそう確信した。いよいよ私たちの生活にも影響が及んできた。母はすぐに警察に連絡すると、祖父にも連絡してすぐに来てもらった。

「わたしが買いものから帰ったらこの有様。鍵はちゃんとかけたのに……変よね」と例によってどこか他人事な母。

「やっこさん、いよいよ痺れをきらしてきたな」

「何か知ってるの? お父さん」

「いやなに、最近、家の周りをうろちょろしている連中がいたんでね」

「晃明は行方不明だし、一体どうしたのかしら……。こんな時にうちの人も長期出張だなんて……」

「とにかく警察を待とう。おっと、現場は荒らすなよ。おそらく証拠は出ないと思うがね」

 警察による現場検証が終わってはっきりしたことは、祖父の言った通り、犯人につながる証拠は何も出なかったということ。しかも、部屋はいかにもといった感じで荒らされているのに、盗まれたものは何もなく、警察の人たちも首を傾げていた。特に、空き巣のプロの犯行ならこういった荒らし方はしないそうだ。ただでさえ誰かも判らない赤の他人が家に入ったというだけでもぞっとするのに、その上、あからさまに警告ともとれるような犯行はさらに不気味だ。一つ分かったことは、私と弟の部屋も同様に荒らされていたけど、弟の部屋は普段とさほど変わって見えないところがすごい。何はともあれ、片付けることを考えると憂鬱(ゆううつ)になる。

(女子の下着までぶちまけて、見つけたら絶対にぶん投げてやる)

 どこの誰が触ったのか判らない下着は、さすがに気味悪くて身に付けられないので、全部洗濯することにした。

 夜、家の後片付けをしていた私は、伯父からのSNSのメッセージに気づく。


『優希ちゃんに装置を預けたことがバレた』


「え、ちょっと待ってよ。マジで」冷たい汗が流れる。

(これって、次の標的は、わたしってことだよね……)

 私も失踪とかあり得るということ? 正直、あんな忍者みたいな連中は相手にしたくない。

「とりあえず、おじいちゃんに相談しなきゃ」

 もはや独り言とは言えないレベルの声が口から漏れる。私は部屋を飛び出ると、走ること数分、私はその勢いのまま祖父の家に上がり込む。

「おじいちゃん、ちょっとまずいことになったかも」

「どうした優希、何かあったのか?」

 私のただならぬ様子に、祖父は読みかけの新聞を脇に置いて向き直す。

「さっき、おじさんから連絡があって、わたしが持っていることがバレたみたい」

「そうか。まあ、時間の問題だとは思っていたが、晃明は無事のようだな。次は優希を狙ってくるぞ」

「やっぱりそうだよね。どうしよう……」

「当面、わしがおまえのボディーガードになろう。わしが付けないときは、他の師範に付いてもらう」

 祖父は老眼鏡をゆっくり外すと、励ますような口調で話す。

「それなら安心かな」

 百人力とはまさにこのことだ。祖父以上のボディーガードを私は知らない。

「一つ約束してくれ。いざとなったらその装置は連中に渡すんだ。いいね」

「わかった。そうする」

「今日はここに泊まりなさい。沙希にはわしから言っておくから」沙希は私の母の名だ。

「じゃ、速攻で着替えを取ってくるね」と立ち上がる。

「さすがに今日は来ないと思うが、散歩ついでにわしも行こう。沙希にも話しておきたいしな」

「うん。助かる」正直、心強い。

 その晩、祖父の家に戻ると、道場で多人数に襲われた場合の対処法を教わった。同時に複数の人間に技をかける多人数掛けというのもあるけど、まずは一人ひとりに対処するのが基本だ。つまり、各個撃破ということ。そのためには、『観の目』で、目に頼るのではなく、心で観ること。『運足』で回り込みつつ、常に一対一になるようなポジションを取り続ける必要がある。でも、できればそんな状況には出合いたくない。


 翌朝、一旦、自宅に戻ってから撮影に向かう。結局、後半の巻き返しも虚しく、二日間の延長となり、いよいよ撮影も残り二日となった。朝一番、監督の顔を見て感じたのは、気合の入り方が半端ないこと。きっと、今までにないくらい高いところから落ちることになりそうな予感。

「さー、楽しい撮影も今日明日で終わり。まぁ、順調に行けばだけどね〜」

 監督、そんな不吉な前振りいらないから。

「それでは、今日もよろしくお願いしま〜す! みんな、張り切っていこー!!」

 やっぱり今日の監督はいつもよりテンションが高い。

 本日のワンカット目。2階の踊り場からのダイブ。

「あのさ〜。今日はまた一段と高くない?」

(ってか、もろ2階なんですけど……)

「まあ、クライマックスだからね〜」

 監督、そんな含み、ぜんぜんいらないから。

「ほら〜、1年で実験済みだから大丈夫だって」

 その1年部員は、引き吊った笑顔でサムアップしている。

(ぜんぜん大丈夫そうには見えないけど)

「わたし、保険入ろうかな……」

「それ大丈夫。もう入ってるから」

「はー!? どういうこと?」

「はい。深く考えない、考えない」

 昔から知っているとはいえ、いまだに何を考えているのか解らない時がある。

「御堂、ちょっといい? あのさ、背中から落ちるってのはどう?」

 出た。情熱の暴走という無茶振り。

「監督、それは無理!」

「え〜、やっぱりダメ?」

「低いところならまだしも、2階はさすがにないでしょー」

「そっかー、やっぱダメか……じゃ、撮影始めるよー」

 でも、まだ諦めてない気がする。私の直感は多分、当たっている。

 1年部員がいかにも済まなそうに、こっちですといった感じで、2階の踊り場へ誘導する。

「2階から落ちるんか〜い」

 ちょっと韻を踏んでボケると、1年部員たちは苦しい笑顔で応えてくれる。その可愛げに免じて落ちる気になる。身の回りで異常なことが起こっている今、こういった何気ないやりとりに気持ちが緩む。

 私が踊り場に通じる階段を上っていると、下方の視界に、いかにも普通じゃないといった、三人の黒服の男たちが目に入る。一人は明らかに回り込もうとして迂回している。

(ついに来た!)私は思わず後ずさる。

 そこには、気配もなく近づく見覚えのある後ろ姿があった。

「おじいちゃん!」

「わしの孫に何か用かな?」

 男たちは無言のまま近づく。祖父の脇を抜けようとした瞬間、男の一人の動きが止まった。そのまま顔が苦痛に歪んでいく。

「優希、走れ!」

「わかった!」

 とりあえず、私は階段の手すりを乗り越えて、男たちとは反対の方角に走る。

「あの、御堂、撮影は?……」

「監督ゴメン!」と、手を合わせる。

 こうなると、もはや撮影どころではない。そして、もう一人の男が私を追おうと、祖父の横を通ろうとした瞬間、その男が宙に舞うのが視界の端で見えた。

「わしにできるのはここまでだ」

 遠ざかる中で、かすかに声が聞こえた。私は途中でリュックを拾い上げる。

(でも、どこへ逃げたらいいの!?)

 とにかく、今は走るしかない。


 鎌倉の狭い路地を無茶苦茶に疾走した甲斐あって、とりあえず黒服の男たちは見えない。きっと、祖父がうまく阻止してくれたに違いない。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 自分の呼吸音が不自然なくらいに大きく聞こえる。

(逃げきれたかな……)

 体力には自信がある。でもさすがに限界だ。走るスピードを落としながら、私は酸欠気味の頭で考える。そして、朦朧(もうろう)としながらあることに気がついた。

(どうしよ。わたし行くとこないじゃん……)

 自宅も祖父の家もすでに監視されているはずだし、私が行きそうなところは、間違いなく黒服の男たちが見張っているはずだ。ということは、男たちが思いもよらない所に行くしかない。

(あいつらが知らないとこ、知らないとこ……う〜ん?)

 焦っているせいか、考えがまとまらない。


『中庸の精神を忘れるな』


 ふと、祖父の声が頭の中で響く。

(焦ったら負けだ)

 私は走りながら、できる限りゆっくりと丹田呼吸をする。少しずつだけど、徐々に気持ちが落ち着いてくるのが分かる。気配を感じて後方を確認すると、例の黒服の男たちが追いかけて来ている。不思議なことに冷静に受け止めている自分がいる。

「よし。大丈夫、大丈夫」

 私は再び、全速に近いスピードまで加速する。

(このままだと追いつかれる)

 さすがに訓練された男たちにはかなわない。走りながら必死で考える。人混みに紛れようと、私は人通りの多い由比ヶ浜商店街へ向かう。遠くの見慣れたアーケードが少しホッとさせる。この商店街の人たちは地元の人が多く、みんな顔見知りだ。

「あ、おばさん、こんにちはっ!」

「まあ、優希ちゃん、そんなに急いでどこ行くの?」

「ちょっとね!」

 うまく人混みに紛れたつもりだったが、その行く手に別の男たちが待ち構えていた。

「しつこ!」

 前方に二人、後方にも二人。完全に挟まれた格好だ。男の一人が口を開く。

「我々は敵じゃない。落ち着いて聴いてほしい。知らないと思うが、君が預かっている装置は大変危険なものだ」

「…………」

「手荒な真似はするつもりはない。装置をこちらに渡してくれないか」

(よく言うよ。ひとん家を荒らした上に、おじさんまで行方不明にしておいて……)

 これを渡したら、伯父の身が危険にさらされるかもしれない。

「それ以上近づくと、大声出すよ!」

 その声に反応して男たちは一瞬、立ち止まる。

「頼む。我々を信じてほしい」

 そう言うと、再びジリジリと間合いを詰めて来る。

「くるなっ!」もはや止まる気配はない。

(どうしよう……これって、多人数だよね)

 前に二人、後ろに二人。しかも訓練されている男たち。決して出合いたくない状況だ。嫌な時間ほど長く感じられる。

(自然体を保て……)

 祖父である師匠に言われた言葉を自分に言い聞かせる。思い出せ。無邪気に技をかけていた頃の感覚を。技はかけるんじゃない。流れに身を任せれば、それが技となる。

 私はゆっくり姿勢を正すと、呼吸を整える。右足を静かに踏み出し、半身に構える。

(一対一のポジション……)

 考えてはだめだ。『観の目』で、動きにとらわれず、相手の心の動きを観る。

「やむを得ない。君を保護させてもらう」他の男たちに目配せする。

(来る!)

 皮膚が合図を出した瞬間、前の二人の男が同時に向かって来た。左の男の方が微妙に早い。それを入り身でかわすと、右の男の右手を取りつつ、裏入り身と同時に『青龍投(せいりゅうなげ)』で後方にいた男の方へ投げ飛ばす。これは、柔道の一本背負いに近い技だけど受け身は取らせない。そして次。流れの中で左の男の後方へ回り込むと、読み通り、その男は振り向きながら左腕を伸ばして来る。その腕を取りつつ、顎に掌底を入れると、そのまま後方の男たちに向かって押し倒す。これは『白虎落(びゃっこおとし)』という技だ。私はその流れのまま、右側の細い路地へと走り込む。その瞬間、いつもの町の音が戻ると、時間の流れも元に戻る。

(動けた!)

 技をかけられた。一番驚いているのは紛れもなく私だ。技をかけた感触がまだ手に残っている。祖父に言われた通り、一対一のポジションを心掛けたのが功を奏したに違いない。

(行ける!)

 と思ったのも束の間、路地に入った途端、足を滑らせて私は派手に転倒する。

「いったぁ! なんか滑るしー」

 滑った辺りを確認すると、エアコンの室外機から水が漏れていた。もちろん受け身は取れたけど、チャックが緩かったリュックの隙間から装置がこぼれ落ちてしまい、乾いた音を立てる。

「あ、やばっ!」

 慌てて装置を拾って立ち上がると、すでに駆け寄ってくる男たちの気配が近い。

(もう間に合わない!)

 私は装置を握りしめると、再び迎撃の構えを取る。


『ボーン……』


 突然、起動サウンドらしき音が手元から聞こえる。なんか装置が起動したっぽいんですけど。

(え、なに?)訳が分からない。

 私はふと装置を握りしめている自分の指を見て愕然とする。

(!? なんか電源ボタン押してるしー!!)

 そうこうしているうちに、装置が順調に立ち上がっている様子がスクリーンに表示されている。目の前には黒服の男が四人。すでに後方にも気配を感じる。投げられた男と、顎に掌底を受けた男は明らかに、警戒レベルを上げているのが判る。もう、さっきのようには行かないはずだ。

「よく聞きなさい。その装置を渡さないなら、強硬手段にでるしかない」

(どうする?)

 何を考えたか、私はとっさにスクリーンを男たちに向けて叫ぶ。

「近づいたら、スイッチ押すからね!」

(なんのスイッチを押すつもり? わたし!!)

 一瞬ひるむ男たち。

(ワンチャン、はったり効いた?)

「その装置を作動させると大変なことになる。やめなさい!」

 男たち再びはジリジリと間合いを詰めて来る。

 ハッタリもそう長くは通用しない。すでに間合いは一触即発の距離。路地後方の男たちを目の端で確認する。

(挟まれた! どうする?)

 諦めかけてスクリーンを見ると、『転移しますか?』の表示。

(転移ってなに?)

「よせ! やめるんだ」

 私は神にも祈る気持ちで、『はい』をタップする。何が起こるのかまったく想像すらつかない。半ばやけくそで装置を握りしめる。すると、全身がふわっと浮くような、不思議な感覚に包まれる。次の瞬間、私は――



 ――なんで??

「いったぁー!」

 なぜか腰に打撲痛が走る。手には地面のジャリっとした感覚。

(え、落ちたの? わたし)

 予想外の事態の最中、私は尻餅をついている。

「受け身、取れなかった……お尻痛い」

 柔術家として情けない。すぐに体勢を立て直すと、辺りを見渡す。そこはただの大地。


「ここどこ??」

 

 空と大地以外、なんにもない。


 なんかテレビを観ている感じ。現実感がまったくない。


 どうやら、信じられないことが起きた。いや、信じられない所に落ちた?


「なに、この匂い?」

 ツーンと鼻につく匂い。これはオゾン臭? それに磯の香りがまったくしない。それどころか、なんか埃っぽい。手を着いている地面は見たこともない赤茶色をしている。ふと顔を上げると、見渡す限り、草と低木だけの大地が広がっている。

 とりあえず、私は立ち上がりつつ、ボトムスに付いた赤い土を払う。

(!?)

 明らかに空気が違う。

(ん? 暑くない。って言うか、ちょっと涼しいかも……)

 いや、むしろ肌寒いくらいだ。気温もさることながら空気が乾燥していて、真夏の鎌倉とは正反対だ。

(あれ? わたし、さっきまでどこにいたんだっけ?)

 記憶が混乱する。私はついさっきまで由比ヶ浜商店街にいたはず……自分の状況がまったく理解できない。

(途方にくれるって、こういうこと?)

「10代で痴呆症とか、マジでしゃれなんない……」

 不安から声に出してみる。反射物がないせいか、声が空間に吸い込まれてしまう。音という手応えのなさが、圧倒的な空間とちっぽけな自分という対比を際立たせる。

「やっば、人いないじゃん……」

 夢かもしれないと思いつつ、わずかに期待しながら、私は目をぎゅっとつぶる。そして、ゆっくりと開いてみる。期待は見事に裏切られ、目の前には相変わらず見慣れない大地が広がっている。

「あー、これガチだ」

 素人相手のドッキリ番組なんて、あったっけとか考える。でも、これは間違いなく現実だ。あまりに異常な事態になると、人は逆に冷静になると言うけど、それは本当だ。不思議と落ち着いている自分に違和感すら覚える。

(案外、中庸の精神できてるじゃん。わたし)

 祖父の言葉を思い出しながら辺りをぐるりと見渡すと、背後には赤い大きな岩があった。

「あれ〜、なんか見たことある的な……」

 岩の方向には停まっている車が数台見える。歩いて行くと、普通に道路があって、すぐ近くに横断歩道まである。道路を渡った先は駐車場のようだ。

「人いるじゃん。焦ったー」

 とりあえず、人がいる方へ向かう。近づくにつれ、明らかに日本人じゃないことが判る。駐車場を通り抜けるとベンチがあるので、素知らぬ顔をしてベンチに座る。そこから見上げると、赤い岩肌の山のような岩が目に入ってきて、自然のパノラマに圧倒される。

「いやこれ、絶対知ってるやつだって」

 そう、どこかで、いや何かで見たことがある。きっと有名なはずの、その『岩』が目の前に広がっている。

「なんだっけ、これ? えーっと……」

 空を見上げながらしばらく記憶を辿っていると、突如、頭に地理の教科書の写真が浮かぶ。像が重なった。私は記憶にある写真の名称を声に出してみる。

「エアーズロック! こ、これってもしかして、地球のおヘソ、エアーズロックじゃん!?」

 と叫ぶと思わず立ち上がる。そんなバカな。私、一体なにを言っているの。

「だったらここって、オーストラリアじゃん! って、そんなことあるわけ?」

 自分で言ってて信じられない。そんなことがある訳がない。理系が苦手な私が言うのも変だけど、あまりにも非科学的すぎる。

「ないないない! どう考えてもあり得ないでしょー」

(でもちょっと待って、この装置はあのおじさんが作ったんだよね……)

「やっぱ、あり得るかも……」

 一人ボケツッコミをしながら、装置をまじまじと見てみる。伯父の作ったものなら十分に可能性はあると、なぜか確信する。少し疑問が晴れたような気がした私は、再びベンチに座ると、世紀の大発明とか言っていた伯父のドヤ顔を思い出す。

「ってことは、やっぱオーストラリアかぁー」

 そのあまりにも理解を超えた現実から、なぜか可笑しくなってくる。

「マジ、うけるー」もはや笑いが止まらない。

 お腹が痛くなるほど笑った後、自我崩壊の危機から立ち直った私は、目の前の景色を改めて眺めてみる。間違いない。オーストラリアにあるはずの、あの、あまりに有名な『岩』が目の前に存在している。

「バイブスきてるねぇー」なんの?

 目一杯、走って笑った疲れもあり、ぼうっと座っていると、目の前をモデルのようにかっこいい外国のお姉さんたちが通りかかる。

「ハロ〜」お姉さんたちが片手を上げながら、にこやかに声を掛けてくる。

 思わず私も、「は、はろー」と手を上げた。その後、立て続けに話し掛けられたけど、なに言ってるのかさっぱり解らない。

(やっば、ぜんぜんわかんないし……)

 ただ、服を褒められたのは、その身振りと「ソゥキュート」の合わせ技でかろうじて理解できた。「サンキュー」と言うと、さらなる英語をあびせてくる。そもそも終わらせ方が分らない。作り笑いでその場を凌いでいると、「どこから来たの?」と聞かれた気がして、とっさに自分を指差して言う。

「ジャパン!」

 会話成立。相手も納得してくれたようで笑顔で去っていく。手を振りながら、そのかっこいい後ろ姿を見送ると、妙な充実感と共に一つの後悔が頭をよぎる。

「英語……もっと勉強しておくんだった〜」あとの祭りだ。

 ここは私の知っている鎌倉じゃないし、ましてや日本ですらない。英語が話せないと、何も聞けないという厳しい現実に直面していることを実感した。

(――この状況、なんとかなるの? そもそも)

 私は装置をしまうと、意味もなく外国のお姉さんたちの後に付いていくことにする。その先には、あのエアーズロックがあるからだ。

「ここまで来たら見るでしょ」

 赤い土が剥き出しの細い道を歩いていくと、空を覆うばかりのエアーズロックが目の前に広がっている。

「すごぉ〜!!」

 自分の置かれた状況も忘れて私は感動する。空の青さと岩の赤さのコントラストは絵画的ともいうべき美しさだ。きっと夕方には写真にあるようにオレンジ色に輝き、さらに神秘的な美しさを見せてくれるに違いない。

「ここまでなんだ。残念」

 注意書きっぽい立て看板と、いかにも立ち入り禁止とばかりに柵が遮っている。どうやらこれ以上は近づけないようだ。

 外国のお姉さんたちは、しばらくセルフィーを撮ると、楽しげに会話しながら戻っていった。すれ違う時には手まで振ってくれて、気分はもう観光だ。

(よく考えてみれば初の海外旅行じゃん)「マジで上がるー」

 旅行かどうかは別として、ちょっとワクワクする気持ちを抑えつつ、エアーズロックを背景にお約束のセルフィーを撮影してみる。

(あ、こんなとこでも通じてる。フリーワイファイ、神すぎ〜!)

 ワイファイのアンテナがバッチリ立っているのが心強い。こんなおいしいネタはすぐにSNSに上げないと。『エアーズロックエモすぎ』とコメント。早速アップすると、即リプあり。


『今オーストラリアにいるの? 聞いてないし』

『え? おととい会ったよね。なにこれ合成?』

『今時の合成写真すごー! アプリ教えて!』

『それなー! ってジャパンていうオチ?』

『エアーズロック、ググってみた。どゆこと?』


(みんな驚いてる、驚いてる。的外れのコメ笑える〜)

 異常事態でも日常とつながっているという安心感から、ちょっとだけ現実逃避してみる。

「……って、観光してる場合じゃないし。何やってんの、わたし」

 しばし自戒。

「そもそも、なんでこんなところにいるわけ? それにどうやって帰ればいいの?」

(それに私、パスポート持ってないじゃん……)

 パスポート持ってなくても帰れるんだっけ? それともなくしたことにする? いっそ違法入国で強制送還? でも、帰れればいいか、とか色々考える。

(ホント、どうしよう……)

 英語以前に人に説明するには、状況があまりにも異常すぎる。もはや不安を通り越して、一人コントのような気分だ。

「こんなのどう考えても無理ゲーだよ……あっ!」

 ふと思い出して、リュックにしまった装置を出してみる。

「これだ。この装置を使えば帰れるかも……」

 改めてまじまじと装置を見る。もちろん電源は入ったままだ。

(……ってことは、まだ使えるってこと? でもどうやって操作するわけ?)

 そもそも電源を入れるなって言われてたから、使い方なんて聞いてない。何気なくスクリーンを見てみると、馴染みのあるワールドマップだ。GPSアンテナも表示されていて、親切に現在位置も表示されている。

(もしかしたら帰れるかも!)

 私の想像が正しければ、操作の流れはきっとこんな感じだ。まずは、メニューから目的地を設定して、『転移しますか』と表示されたら、『はい』をタップする。多分それでいけると思う。

「デジタルネイティブなめんなよ」

 とりあえず、現在位置を確認してみる。スクリーンを拡大すると、『ウルル=カタトジャッタ国立公園』と書いてある。

「え、なに? エアーズロックじゃないの?」

 私は大急ぎで地図をズームダウンする。次第に、オーストラリアの文字とオーストラリア大陸が表示される。

(やっぱ、オーストラリアじゃん!)「マジで焦るしー」

 異常な状況とはいえ、予想通りだったのは安心できる。とにかく、自分の居場所がはっきりしたことによる、精神的メリットは大きい。

(うん。なんとなくスマホと同じっぽいから操作できるかも)

 気を取り直して、直上の日本へスクロールすると、そのまま鎌倉をズームアップ。私が今朝までいた場所を探す。

(日本の神奈川県、鎌倉市、由比ヶ浜高校の……)

 拡大してさらに詳細な場所を見つける。それは、ほんの数十分ほど前までいた高校の校庭だ。最大限に拡大すると、上のメニューバーから『目的地の設定』を選択する。

「ここっと」

 目的の場所をタップすると、その場所に旗のアイコンが表れ、その横に緯度経度と標高の数値が表示される。次に、『目的地に設定しますか?』と聞いてくるので、もちろん、『はい』をタップする。

 続いて見覚えのある『転移しますか?』の表示が現れる。周りを見渡して人から目立たないところへ移動すると、深呼吸する。

(どうか、ちゃんと帰れますように……)

 ちゃんと帰れるかどうか判らないだけに、私は少しだけ躊躇(ちゅうちょ)する。しばらく、『はい』を眺めたあと、ついに意を決する。

「……はいっと」

 目をつむってタップする。その瞬間、例によって宙に浮くような感覚とともに思わず目を開けると、目の前が真っ白になった。

 次の瞬間、私は――

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