第十章 戦
阿部家邸宅
「皆さん、お集まりいただき感謝します」
指揮官らしき男が語る。
「私が本作戦の指揮をとります、片山です。現在、状況を分折中ですが、本作戦の骨子は、装置強奪のため武力行使してくる第三国の戦闘員に対し、装置防衛のために迎撃することにあります」
片山と名乗った男は周りを見渡しながら続ける。
「現時刻、310(さんひとまる)をもって、この安倍家敷地内テントを作戦本部とし、作戦終了まで我々の指示に従ってもらいます。尚、みなさんには本作戦が終了するまで、我々が用意する場所へ退避してください」
その直後、家の主人と思しき老人が一歩前に出ると意見を述べる。
「いや、我々、明晴流の師範8名は残る」
年に見合わない張りのある声が辺りに響く。
「安倍先生、お気持ちは分かりますが、民間人を危険に晒すわけにはいきません」
「我々は民間人である前に武人でもある。それに申し訳ないが、人数的に見て、最後の備えが薄いようにお見受けするが、どうさなさるおつもりか?」
安倍と呼ばれた老柔術家は語気を強めて語る。
「おっしゃりたいことは分かります。ただ、我々は一次防衛線で十分に迎撃可能と考えています。そのための装備と人員は揃えました。ですから、最終防衛はあくまで保険とお考えください。それにあなたがた民間人を戦闘に巻き込むわけにはいきません。ここは我々にお任せください。どうか一刻も早く退避を」
「しかし、孫たちを置いて行くわけにはいかない。それに我々も武人の端くれ。このまま見て見ぬ振りは出来かねる」
「安倍先生、お気持ちは分かります。ですが、仮に皆さんに何かあった場合、国民を守るべき立場にある我々は使命を果たせなかったことになる。ここはどうか、我々を信頼してください」
「うむ……そうか、分かりました。出過ぎたことでしたな」
安倍はいかにも残念そうに言う。
「いえ、ご理解いただけて感謝します」
片山はモニターに向き直り、無線のマイクを握ると、力強く話し始める。
「全員そのままで聞け。現段階では第三国の戦力は不明だが、作戦通り、すでに本屋敷周囲に4個分隊を配置、一次防衛線を敷いている。現在、偵察部隊が主要幹線を監視中だ。疑わしい車両を発見次第、連絡が入る。攻めて来る方角が特定され次第、その方角に重点的に人員を配置する。全員、周辺監視を怠るな。以上だ」
そこに部下から報告が入る。
「報告。地元警察の協力を得て、近隣住民の避難は完了しました」
「よし。本時刻を持って戦闘態勢へ移行。各分隊へ通達」
「了」
見たところ、今回の装置防衛作戦には警察は直接的な関与はしていないようだ。国際機関の不可侵条約か、第三国との関係を悪化させたくない政府が半ば容認している状況がうかがえる。
「今のところ不明な点が多く、作戦は困難を極めるかもしれません」
指揮官の片山は語る。
「うむ」安倍はうなずく。
「ただ、日本という法治国家で、調達、及び、移動できる人員と装備は限られます。おそらく、一個小隊相当、人数にして40名程度であれば、現在の我々の部隊で十分に迎撃は可能です」
「そう願いたいものだ」
「万が一、一次防衛線を突破された場合に備えて、1個分隊11名を屋敷入り口周辺に配置します。皆さんはどうか早く退避を」
その時、偵察部隊から連絡が入る。スピーカーを通じてその場に響き渡る。
『こちらアルファ2。観光バスに擬装した部隊を確認。南東からそちらに向かうと思われる。引き続きドローンによる監視を続ける。送れ』
作戦本部内に緊張が走る。片山は間髪入れずに指示を出す。
「こちら片山。敵は南東より接近中。まもなく攻撃してくると思われる。繰り返す。敵本体は南東より接近中。ブラボーは攻撃に備えろ。チャーリー、デルタは南東エリアへ移動。エコーは引き続き奇襲を警戒しろ。全員に次ぐ、敵の攻撃を確認次第、発砲を許可する」
「片山さん、お伝えしたいことがあります。ちょっとよろしいですか?」
ふいに現れた老婦人が片山に語りかける。その手には方角が記された古びた板を持っている。
「なんでしょうか?」
「その方角は見せかけです。本体は子の方角、北から来ます。もう一つ、空からも来るので注意してください」
片山は、一瞬だけ目を細めた後、老婦人に向き直すと努めてゆっくりと話し始めた。
「陽動はもちろん想定していますが、空からですか? 確かに戦術的にはあり得ますが、飛行許可がおりるとは考えにくい。もしそうであれば、日本政府は見て見ぬ振りを決めたということになる……」
「おい、それは本当か? あまり片山さんを困らせてはいかん」
安倍が困ったように口を開く。
「この式盤にはそのように出ています」老婦人は続ける。
「安倍先生、可能性は十分にあります。少し検討させてください」
そう回答すると、片山はしばらく作戦参謀と話をする。その時、無線通信士からの報告を聞くなり片山の表情が変わった。片山の対応は早かった。間をおかずに無線機で指示を出す。
「こちら片山だ。南東は陽動の可能性あり。繰り返す、南東は陽動の可能性あり。エコーは北側の索敵に注力せよ。全員対空警戒も怠るな」
「家内が余計なことを……どうかこの通りだ」安倍は頭を下げる。
「いえ、どうか頭をお上げください。現在確認中ですが、飛行計画のないヘリと思われる機体がこちらに向かっているとの情報が入りました。おそらく間違いないでしょう。しかし、夜間の空からの攻撃というのは諸刄の剣となりかねない。これも陽動かも知れません」
安倍に向き直ったその表情からは、戦局の困難さがうかがえる。
「片山さん、もし家内の見立て通り空から攻撃された場合、敷地内の兵力だけは屋敷入り口の最終防衛線がますます手薄になりはしないか?」
「それは否定できません。ただ、状況次第ではありますが、作戦本部の護衛隊員をまわすことも作戦に入っています」
「しかし、相手の戦力が不明である以上、備えるに越したことはない。狙いは装置だ。我々、明晴流の師範は屋敷の入り口を固めよう」
「正直、ありがたいご提案です。しかし、あなたがた民間人を戦闘に巻き込むわけにはいかない。本来あってはならないことです」
片山は少し間をおいて話を続ける。
「しかし、一刻を争う事態であることは確かです。ではこうしましょう。あくまで我々が迎撃します。しかし、お孫さんのこともある。万が一のことを考えて、屋敷入り口での待機をお願いできますか?」
「承知した。今からでは退避も難しい状況だ。皆も相違ないな」
その場の師範全員が無言でうなずく。
「まあ、武人たるもの、世の一大事とあれば協力はやぶさかではない。なにより、孫たちを守りたい」
「お気持ちは分かりました。正直、皆さんのお力をお借りしたい状況なのは確かです」
「言わずもがなだが、銃器どうしの戦闘はそちらに任せる。こちらは最終防衛線として、至近距離での防衛に徹したい」
「近代戦闘にはない発想です」
「飛び道具が相手なら、接近戦に持ち込むのが定石だ」と言って安倍は笑う。
「懐というやつですね」片山も少しつられてはにかむ。
「距離が近ければ、たとえ相手が銃を持っていても十分に対応は可能だ」
「なるほど、敵もそれは想定外でしょう」
片山はうなずく。そして、少し間を置いてから続ける。
「それでは安倍先生、屋敷入り口の最終防衛をお願いします」
「承知した。我々は屋敷への侵入を阻止し、孫たちをなんとしても守る」
そこに、部下から報告が入る。
「片山三佐、敵部隊の車両が間もなく射程距離に入ります」
屋敷外の分隊の動きが激しくなる。それに合わせて、師範たちは屋敷の正面玄関へと向かう。
「安倍先生、くれぐれも無理はしないでください」
「なに、死にはせんよ」
「一人、部下を同行させます。足手まといにはならないはずです。杉浦二曹、同行しろ」
「杉浦二曹、同行します」
片山は安倍に向き直すと、勤めてゆっくりと話し始める。
「安倍先生、事が終わったら旨い酒でも呑みましょう」
「承知した。いい店を予約しておきます」
一聞すると場にそぐわない言葉とともに、安倍たちは音もなく走り去っていく。間もなく外で戦闘が開始されたことを銃声が知らせる。
「各分隊、状況を報告せよ」片山が指示を出す。
『こちらブラボー。南東からの攻撃を確認。主要部隊と思われる。現在交戦中。繰り返す。現在交戦中。送れ』
ブラボー、チャーリー、デルタより、交戦状態に入ったとの連絡が相次ぐ。
片山が凝視するモニターには、各分隊長がヘルメットに装備しているライブカメラからの映像が映し出されている。
「想定していたより規模が小さいのが気になる。やはり陽動か?」
片山はモニターを凝視しつつしばらく沈黙する。次の瞬間、無線マイクで指示を出す。
「奇襲攻撃に備え、デルタは北へ移動。デルタとエコーは敵の奇襲を警戒せよ」
その時、上空から明らかにこちらに近づいてくるヘリの音が聞こえて来る。
「ついに来たか……フォックスは上空を警戒」
『こちらフォックス。接近するヘリを目視。民間機を装っているが機銃らしき装備が見える。対空火器の装備なし。指示を乞う。送れ』
「片山三佐、航空管制システムでは、現時刻、このエリアを飛行するヘリはありません。国籍不明機です」
「やはりそうか」
すでにヘリは目視でも確認できる。まっすぐこちらに近づいて来る。
「フォックス、聞こえるか? 直ちにFMJ弾へ換装。対ヘリ戦闘に備えよ」
その直後だった。ヘリからの機銃照射が始まると同時に、裏庭で敵の攻撃とみられる爆発が起きる。空からの奇襲攻撃が始まった。
「どこからだ!?」叫ぶ片山。
『こちらフォックス。ヘリからの銃撃を確認。敵機と認定。応戦する。送れ」
ライブカメラには塀が爆破された状況が映し出されている。塀の外には、今まさに侵入しようとしている敵兵士の姿が見える。
「デルタ、エコー、状況を報告」片山が問いかける。
『こちらエコー。送電線上からの銃撃を確認。敵は送電線を伝って接近した模様。現在交戦中。 繰り返す。現在交戦中。送れ』
「デルタ、エコー、送電線の敵の排除を最優先。フォックスは敷地内への侵入を阻止しろ」
そう言うなり、片山はマイクを強く握りしめた。
「送電線とは……上とはこのことだったのか! そのためにヘリとの二重陽動とは、随分手の込んだことを」
指示を出した後、片山は思わずつぶやく。日本では当たり前すぎる送電線が盲点になった。第三国から見れば、用兵上のツールとして目を付けるのは十分に考えられる。ただ、下からは丸見えのため、狙い撃ちされたらひとたまりもない。命を天秤にかけた捨て身の攻撃と言える。このことは敵の本作戦にかける覚悟を物語っている。
「こんな作戦を立てられる部隊は手強い。我々も覚悟がいるな」
予め陽動を考慮していた用兵が功を奏し、戦局は拮抗している。しかし、ヘリからの攻撃のため、敷地内の隊員は身動きが取れない。戦局はまさに膠着状態となっていた。
「このままでは消耗戦だ。各隊、戦力の分散に注意」
『敵の一部が屋敷の裏口に接近中。送れ』
「デルタは直ちに屋敷裏口の応援に向かえ」
そう言うと、片山はその場の二名の隊員に目を向けた。
「後藤、串間、我々も向かうぞ!」「了!」
片山たちも屋敷の裏口の応援に向かう。
屋敷内で待機する師範たちにも分かるくらい銃撃の音が近づいて来ていた。
「外が騒がしくなってきたな。いよいよ腹をくくらねばならん。皆も覚悟はいいな」
「作戦本部より伝達。こちらに向かっているとのことです」と杉浦が伝える。
師範たちはうなずく。その直後、裏口が爆破されると同時に数人が侵入して来た。一人目は安倍が銃を取ると同時に当て身を入れ、受け身が取れないように投げ落とす。他の師範たちは六尺棒で銃を払いつつ、急所に突きを入れて次々と二名を気絶させた。師範たちは、銃器に対して木製の棒と、安倍にいたっては素手のみで対処している。一方、杉浦は見事な格闘術で敵兵を戦闘不能にしている。それを見た安倍は小さく「ほう」と呟く。
「師匠、やはり裏口で正解でしたな」
「兵法の基本だ」
敵にすれば、素手による至近距離からの攻撃は想定外だったようだ。また、爆破したとは言え裏口は狭く、一度に入られる人数が限られることも幸いした。そこに片山たちが合流する。
「安倍先生、ご無事でなによりです」
「造作もない」
安倍からは余裕すら感じられる。片山は状況を見渡すと、部下に指示を出す。
「敵兵の武装を解除。拘束しろ」
老柔術家の方へ向くと、銃撃の中でも聞こえるようにはっきりした口調で伝える。
「安倍先生、ここは我々が抑えます。皆さんは部屋の入り口の防衛をお願いします」
「承知した」
安倍と師範たちはすぐに奥へと走り去る。それを見届けると、片山は銃を構え直す。
「三名はここに残り、裏口防衛の任に付け。後藤曹長、指揮をとれ。間もなく第二波がくる。いいか、ここは絶対に通すな!」
「了! 侵入を阻止します」
「私は作戦本部に戻る。頼んだぞ!」
戦局が徐々に動き出した。