表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/53

第33話 断ち切るは過去か、未来か

挿絵(By みてみん)

夕暮れの帝都。

朱に染まった街並みの中、石畳の道をふたりが並んで歩いていた。


その静けさのなか、エヴァがぽつりと呟いた。


「……あのチャーム、すごく“生きてる”って感じがした。

言葉じゃなく、形で伝えてくるみたいに。あの人……やっぱり、ただ者じゃない」


フェイは穏やかに頷き、背の刀に手を添える。


「……ヒューゴは火と鉄にすべてを注いでる。多くは語らないが、あいつの手にかかった“もの”は、生きる。

あのチャームもそうだし……“冥閃”も、そう在り続けているのは、ヒューゴの手入れのおかげだ」


エヴァは驚いたように目を向ける。


「えっ……あの刀も?」


「打ったのは、ずっと昔の名も知られぬ鍛冶師さ。もうとっくにこの世にいない。

でもこの刀の命火を繋いでるのは、ヒューゴだ。

相当扱いが厄介だったと思うよ――でもあいつは見捨てなかった」


そう語るフェイの声には、敬意と、どこか切ない温度が宿っていた。


「冥閃……」


エヴァはそっと、その名を口にする。


フェイは一歩だけ立ち止まり、静かに語る。


「“冥”を、“閃”で断ち切る。

闇、過去、絶望――あるいは、振るう者の中にある“迷い”や“ためらい”さえもな。

この刀は、心の濁りを断つ刃なんだ。……相手より、まず自分を試す」


「自分を……試す刀」


「迷えば跳ね返る。覚悟が曇っていれば、振ることすらできない。

でも、たとえ断ち切るべき相手がいなくとも、“己の信念”を研ぎ澄ますために――こいつはそこにある」


エヴァは、改めてその刀を見つめる。


今はただ静かに背に収まっているが、そこにはまるで、もう一人の“語らぬ同志”が寄り添っているような重みがあった。


「……ヒューゴさんにとっては、それもきっと“火を絶やさない”仕事なのね」


「そうだな。

アイツにとって鍛冶ってのは、鉄を打つことじゃない。

“魂を護る”ってことなんだと思う」


フェイはわずかに笑い、空を見上げた。


「……実際、冥閃の手入れを任せたのは、俺の人生でも数少ないからね。

だから預けてよかったよ。……過去と、今を繋ぐために」


「……過去と、今……」


「そして未来へと、つながる刃かな」


ふたりの歩む先――石畳の道は、遠く橙色の光に溶けていく。

その先にどんな“冥”があろうとも、きっと閃きが道を示してくれる。


それを信じるように、エヴァは言った。


「……冥を断つ刃、ね。なら――私も、覚悟を曇らせないようにしておかないと」


「期待してるよ、“団長”」


フェイの言葉に、ふたりは自然と笑みを交わした。


そうして、夕暮れの帝都に、新たな絆の輪が――静かに、けれど確かに、結ばれていった。


***


夜の帝都。

昼のざわめきがまるで嘘のように、街は静まり返っていた。


高層建築の屋上。

塔の鐘が遠くで三度鳴る。

風が高みを滑り、石造りの街並みにそっと影を投げていく。


その静寂の中、二つの影が対峙していた。


一人は、漆黒の戦装束を身にまとったエルフの女――クレア・ノクス。

第三騎士団の団長であり、“黒き断罪者”の異名を持つ者。

もう一人は、ラフな黒衣に身を包んだ、気怠げな男――フェイ・オーディン。


「……珍しいわね。あなたの方から声をかけてくるなんて」


月明かりの中、クレアの瞳がわずかに細められる。

その声に、フェイは手すりにもたれたまま、苦笑を漏らした。


「たまにはさ。昔の顔が……ちゃんと今もここにあるか、確かめたくなることもある」


「……昔、ね」


その一言には、思い出すことすら重い“何か”が詰まっていた。

語られぬままの出来事たち。戦い、喪失、選択、誓い。


けれど、誰も年数を口にすることはなかった。


あの時間は“時間”ではなく、“罪と記憶”だったから。


「……また、あの流れが来ているの?」


クレアの声が、静かに夜を切る。


「感じるだろ。帝都の底に……風がざわついてる。

喉元にナイフを突きつけられたような、あの嫌な気配。静かだけど、確実に膨らんでる」


フェイの瞳が、月光を浴びて青く揺れた。


その光に、クレアの表情がかすかに陰る。


「……また“そういう役回り”を選ぶの?」


「誰かがやらなきゃいけない。なら、俺でいい。今度こそ、きちんと……終わらせるよ」


「……死ぬ気なの?」


問いかけは、鋭くも、冷たくはなかった。


フェイは、ただ静かに笑った。

諦めでも、虚勢でもない。すべてを受け入れた者の、静かな決意。


フェイは短く息を吐いた。


「さあ、どうかな。……ただ、今度こそ“終わらせる”。今回で、綺麗に」


「彼女には……エヴァには、話したの?」


「話してない。けど、いずれ話すよ」


少し言葉を切って、フェイは空を仰いだ。


「全部を背負わせるつもりはない。彼女は……彼女達は、未来に進む人間だ。

傷を継ぐためじゃなく、“綺麗な光”を見て生きてほしい」


クレアの目に、一瞬だけ柔らかさが宿った。


「あなたらしくない台詞ね」


「らしくないのが、歳をとった証拠だよ。……でも、それでも、あの子達は次を生きるからね。

だからこそ、未来を渡せる。俺たちがやり残した、あの光の先を」


風が、夜空を渡る。


ふたりの影が伸びて、交わって、また離れていく。


クレアがふっと目を細める。


「……あの頃とは、すべてが変わったわよ」


「だからこそ。今なら、“終わり”じゃなくて、“始まり”に変えられる気がしてるんだ」


フェイの声は静かだった。だが、そこに宿る炎は絶やされていなかった。


塔の鐘が、四度、夜に鳴った。


風が過ぎ、クレアは音もなく背を向け、屋上から姿を消す。

その足音さえ、夜の帳に吸い込まれていった。


そして、残されたフェイだけが、静寂のなかに佇んでいた。


夜風が再び吹く。

遠くで、誰かが家路につく足音が、かすかに石畳を打つ。


フェイは屋根の端に立ち、帝都の灯りを見下ろしながら――

ゆっくりと、呟くように口を開いた。


「……今度こそ」


その声には、自嘲も期待もなかった。

ただひとつ、過去から今へと繋ぐ“覚悟”だけが滲んでいた。


「せめて……彼らの世界が、ちゃんと続くように」


そう告げると、フェイは背を向け、誰にも気づかれぬように闇へと消えていった。


音もなく、光もなく。

けれど、確かに――あの場所にいた者だけが持ちうる、静かな決意の気配を残して。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ