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第29話 新しい芽 育む心

カフェの陽だまりの余韻が、まだ胸の奥に静かに残っていた。

温かな香り、焼き菓子の甘さ、そして柔らかな笑い声。


(……団として、何か“形”を作りたい)


レーナの言葉、クレアの眼差しが、静かに背中を押してくれるようだった。


エヴァ・ムーンカルザは、その想いを胸に、第十三騎士団の宿舎へと足を運んでいた。

今日が――“団”として、初めての顔合わせの日。


新しく用意された宿舎の門を前にして、彼女はふと足を止めた。

その正門の前に、ひとりの男が立っていた。


漆黒の衛士服に身を包み、動き一つなく佇むその姿は、まるで石像のよう。

年の頃は四十前後、短く整えられた髭、鋭くも静かな双眸。

その威厳は、他の騎士団とは一線を画していた。


「失礼する」


男が低く声を発した。深みのある、通る声だった。


「王より、第十三団団長・エヴァ・ムーンカルザ殿へ、通達を預かっている」


「……私が団長です。お受けします」


エヴァが一歩前に出ると、衛士は巻物を差し出し、丁寧に言葉を重ねた。


「第十三騎士団の人員任命および配属について――

その一切を、団長の裁量に一任するとのこと。王よりの直命です」


「……私が、すべてを……」


「はい。

陛下より、この言葉も伝えるように預かっております」


衛士は一拍おいて、凛とした声で続けた。


「“信じる者と歩め。それが最も強い絆となる”――とのことです」


言い終えると、衛士は迷いなく敬礼し、ひとつ踵を返す。

無駄のない足取りで、影のように静かにその場を去っていった。


残された巻物の重みが、腕にじわりと沁みる。

エヴァはその場で封を解かず、しばらくただ、紙越しに王の言葉を感じていた。


(……信じる者と、歩め)


胸の奥に灯った熱が、ゆっくりと広がっていく。


(ならば――私は、あの人たちと)


巻物を胸に抱えたまま、エヴァは宿舎の中へと歩を進めた。

彼女の心には、迷いはなかった。


***


宿舎の会議室。まだ備品も整っていないその部屋の扉を開けた瞬間、

微かに流れ込んできた風が、どこか懐かしい気配を運んできた。


窓際には、フェイ・オーディンの姿があった。

風にそよぐグレーの髪が、陽光を受けてかすかに光っている。


中央の机のそばでは、リィが床にごろりと寝そべっている。

毛並みを優雅に揺らしながら、どこか誇らしげに場所を陣取っていた。


その光景を目にした瞬間、エヴァの唇がふと緩む。

さっきまでの緊張が、ほんの少しだけ和らいだ。


(……これが、第十三騎士団の始まり)


「おはよう、二人とも」


「おう、団長。ようこそ我らが新拠点へ」


フェイが振り返り、にやりと笑う。


「まだガランとしてるけど……まぁ、馴染んでくるさ。人も、空気もね」


「リィは……相変わらず、自由ね」


「ご満悦だよ、あいつなりに」


フェイは肩をすくめて言った。


「で、ヴァーグは?」


「姿は見えないけど、“いる”よ。壁のどっかで気配消してるんじゃない?

ま、あいつらしいっちゃ、らしいけど」


「……そう。わかったわ」


エヴァは壁際の椅子に腰を下ろし、深く息を吸い込んだ。

それから静かに言葉を紡ぐ。


「これで、今の団員は……私、副団長のフェイ、リィ、そして――ヴァーグ。

たったそれだけ。でも……私は、それでいいと思ってるの」


少しの間をおいて、真っ直ぐに続けた。


「王様から“信じる者と歩め”と、そう言われたとき。

迷わず思い浮かべたのが――あなたたちだったの」


フェイが微かに目を細める。

からかいもせず、ただ静かにその言葉を受け止めた。


「それで……“団”として、まず最初に“ひとつ”になりたくて」


エヴァは言いながら、視線をリィに向けた。


「私たちだけの“印”を作りたいと思ってるの。小さくても、形として残る何かを」


「印、か。……あぁ、紋章とか?」


「うん。マントでも、腕輪でも。何でもいい。

“ここにいる”って、そう思えるようなもの。……レーナさんに言われて、考えたの」


「ふむ。それ、いいと思うよ」


その時だった。


リィがもぞもぞと床を前足で擦り、机の下に丸い模様を描き始めた。


線はややいびつながら、中心から放射状に伸びていく。

それはまるで、灯りを中心に広がる光のようだった。


「……また出た、謎アート」


フェイがしゃがみ込み、描かれた図案を覗き込む。


「……真ん中の輪、それから伸びてるこの線。“結び”の輪に、光みたいな……。

あいつ、ほんと感覚派だな」


「でも……不思議。見てると、なんだか心が落ち着く」


エヴァも隣にしゃがみこみ、図に手を添えた。


「輪の中に、何かを守ってるみたい。外へも広がってる。“つながり”と“広がり”……」


「最初は点がいくつかあったけど、固定しないほうがいいかもな。

これから仲間が増えるって思ったら、枠は作らないほうがいい」


「うん。“何人”って決めるものじゃないし。

この輪と、広がる光。それだけで、意味は伝わる」


フェイがふと、呟くように言った。


「名前をつけるなら――“結びのともしび”……かな」


その言葉に、エヴァはそっと目を細めた。


「……それ、すごく好き。“誰とでも結べる、開かれた形”。きっと、この団にぴったり」


リィは喉を鳴らしながら、再びその丸い中にすっぽりと体を収める。

まるで“これが正解だ”と言わんばかりに、満足げだった。


「じゃあ、これで決まりね」


エヴァは立ち上がり、胸に手を当てて小さく頷く。


「“輪”と“光”。それが、第十三騎士団の“印”になる」


それは、未完成の印。

けれど、だからこそ――これからを含んでいる。


“結ぶためにある輪”

“広がるためにある光”


その日、誰の名も知らない騎士団の紋章が、静かに芽吹いた。

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