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第24話 十三番目の旗、掲げられる時

謁見の間には、深紅の絨毯をはさんで十二の団長と副団長が整然と並び、帝国最上位の緊張が張り詰めていた。

重厚な角笛の音が鳴り響くと、奥の大扉が音もなく開かれる。


重厚な扉が、音もなく開かれる。


射し込んだ陽光を背に、ゆっくりと歩みを進める一人の男。

それは、オーディン帝国第三代王――アル=クロード=ヴィクトル。


金糸で織られた深青の王衣は、歩みとともに静かに揺れ、陽光を浴びた肩までの金髪は、まるで光の冠のように輝いている。

若々しい顔立ちには気品が漂い、彫りの深い整った輪郭に、鋭さと温かみを兼ね備えた蒼の瞳。

その双眸には常に思慮が宿り、まっすぐ前を見据えながらも、誰にも気づかれぬほど微かに、柔らかな微笑みを浮かべていた。


その姿が現れた瞬間、空気が変わった。


騎士たちは同時に、膝を折る。

深紅の絨毯の上で一斉に屈する十二騎士団の動きは、まさに統制の極みだった。


静寂の中に、誓いの重みが満ちていく。


中央、フェイの隣に立っていたエヴァも、遅れてその流れに倣い、ぎこちなく頭を下げた。

だがその頬には、薄く冷や汗が滲んでいた。


(……ここが……“帝国の中心”……)


自分のすぐ目の前にいるのは、国家の象徴。

その両脇には、神話のように語られる歴戦の将たち――《十二騎士団》。


押し寄せるような存在感。

無言の圧力が、全身にじわじわとのしかかる。

喉の奥が乾き、背筋が凍るような緊張が肌を這う。


そんな中――

ふと、柔らかな気配がひとつ、そっと差し込んだ。


第三騎士団《漆黒騎士団》の副団長、レーナ・ファン・ルナ。


黒銀の装束を整えたその女性は、団長クレアの隣に静かに立ち、

他の誰とも違う穏やかな目で、エヴァを見つめていた。


その視線には――威圧も警戒もない。


ただ、目を細め、柔らかく口元だけで小さな微笑を返してきた。

“気負わずに、あなたのままで”

言葉ではなく、温度で伝わるようなまなざしだった。


エヴァは、気づかれぬよう小さく頷いた。

張りつめていた息が、少しだけ抜ける。


その瞬間、王――アル=クロード=ヴィクトルは、静かに玉座へと腰を下ろした。


高みにありながらも、決して威圧的ではない。

そこに座する王の姿には、静かなる重みと、揺るぎない意志が漂っていた。


やがて、王の口から低く、澄んだ声が落ちる。


「……本日は、集まってくれて感謝する」


その一言に、騎士たちは再び頭を垂れる。

玉座の前の床に、膝をついた十二の忠誠が沈黙のうちに応じた。


エヴァも、それに倣いながら――

ほんの少し、自分の立つ場所を、見据える力を取り戻していた。


静けさの中で、王――アル=クロード=ヴィクトルが、重く、確かな声が空気を揺らすように落ちた。


「……まずは、ヴァレスティア森林における異常調査、治安の回復、ならびに――新たなる協力者の獲得に尽力した者たちに。帝の名において、心より礼を述べよう」


荘厳な言葉が、謁見の間に染み渡る。


思わずエヴァは背筋を正し、膝の上の拳をきつく握った。

これまでの旅路が、苦闘が、ここで王の口から“確かに認められた”という実感。

静かに、だが確かに、その胸に火が灯るようだった。


玉座からの視線が、緩やかに降りてくる。


王の瞳が、エヴァとフェイへと向けられる。

その目には、決して作り物ではない敬意が宿っていた。


「困難な状況の中、迅速かつ的確に任を果たし、村の安全を守った。……さらには、帝都の未来に繋がる者との、貴重な縁を結んでくれたこと――大いなる誇りである」


(……未来に繋がる、縁……)


エヴァの胸に、リィの姿が浮かぶ。


王の視線がすっと流れ、間もなく、“そこ”に向けられた。


白き異形――リィ。

その巨体は、謁見の間の端に静かに佇み、呼吸の音さえ出していない。


それでも、その存在はあまりにも“濃い”。


皮膚のようなものに覆われた、滑らかで異質な輪郭。

三メートルを超える巨軀は、まるで人でも獣でもない。

だが恐ろしいほどに静かで――威圧も敵意も、何一つ見せていなかった。


最初は目を逸らしていた十二騎士団の面々も、今は視線を向けずにはいられなかった。


「……これは……」

第八騎士団《氷牙騎士団》のシュレイン・グランヴァルが、淡々とした口調で言葉を零す。

感情の起伏が少ないことで知られる“氷王”ですら、その瞳の奥に一瞬だけ、鋭い警戒を滲ませていた。


「生物……よね? ……でも、気配が、なさすぎる」

副団長ファラ・ミストが、無表情のままささやくように口を開いた。

淡々とした語調の裏に、情報処理のための精密な観察が走っているのがわかる。


「……動かないな」

第六団《雷迅騎士団》副団長、バルド・グレンが、腕組みをしたまま短く呟く。

その双眸は鋭く、動きの予兆を探っていた。


「いや、見てるぞ。あいつ、俺たち全員を……」

同じく雷迅の団長、ガラル・バルド=ゾルドの低い声が響いた。

虎耳をピクリと動かしながら、眉間に皺を寄せる。

巨軀の戦士は、野生の本能で“ただならぬ何か”を本能的に察していた。


「なにか、見たことのないものね……」

第五騎士団《白陽騎士団》のミレイユ・ランツが、細く息を吐く。

その金の瞳には怯えではなく、“美しい不可解”に対する好奇心が宿っていた。


謁見の間に、わずかにざわめきが走る。


しかし、王は――あえて、それに触れなかった。


まるで、“今はまだ名を問うべき時ではない”とでも言うように。


その沈黙が、場の緊張をさらに際立たせる。

空気の密度が高まる中、王は視線をゆるやかに前へ戻し、静かに続けた。


「――さて。ここからは、今後の動向について話そう」


その言葉が落ちた瞬間、すべての視線が再び王へと集中する。


厳かな沈黙の中で、王が静かに告げる。


「エヴァ・ムーンカルザ。汝の行動は、まさに誇るべきものである」


名を呼ばれた瞬間、エヴァの体が跳ねた。

思わず膝を折り、床に右手をついて頭を下げる。


「……はっ。光栄に存じます、陛下」


声は震えていなかったが、その内心は嵐のようだった。

王自らが名を呼び、労いの言葉を述べる――

それは、単なる“報告任務”の場ではない。

“何かが始まる”予感が、空気をひりつかせる。


そして王の口が、再び静かに開かれた。


「その責を果たした汝に、我は新たな任を与えようと思う」


(……新たな、任?)


戸惑いが脳裏をよぎる。


(何を言って……)


王の言葉が続く。


「帝国は今、新たな風を迎える。よって、ここに――」


一拍の間の後。


「“十三番目”の騎士団を創設することを、宣言する」


その瞬間――謁見の間に、明確な“ざわめき”が走った。


「十三番……?」


「前例が……ないはずだ」


「空位だった席が、新たに加わるのか……?」


一部の団長たちがわずかに身を乗り出し、目を見開いた。

あの十二の椅子で完結していた帝国の象徴。

それを“超える”という意味を、全員が瞬時に理解する。

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