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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カロレッタは嗤う

作者: 都森 のぉ

 王宮の王族しか入れない庭園にカロレッタは呼び出された。お茶会のように見えるが、差し向かいには、この国唯一の王女が呼び出したことすら忘れているかのようにお菓子を楽しんでいる。身分から言えばカロレッタは、王女を咎めることができない。


「わたくしは、国王の唯一の子でしょ? だから、女王になることが決まっているの。なのに、エンデリエンアは王族を寄越せって言うの。ずいぶんと横暴とは思わない?」


「そうね」


「これは立派なお国乗っ取りで簒奪行為で、国際法よって処罰されるべきだと思うの。なのに、お父様は受けるしかないとか言ってるのよ」


「当然よ。戦争に負けたのだから」


「お父様もそう言ってたわ。一回負けたくらいで止めるなんて、飽き性も良いところよね」


 王女は一口噛ったフィナンシェを皿に置くと、新しいフィナンシェを掴む。食べかけのお菓子が量産され、次々に新しい焼き菓子が運ばれる。当然のように一口だけ食べて残す。


「それでね。わたくし考えたの。王族を寄越せって言うなら、カロレッタは公爵令嬢なわけでしょ? 王族になると思うの。わたくしの代わりにエンデリエンアに行ってね」


「面白いことを言うのね。わたくしがエンデリエンアに行けば、女王どころか王女ですら居られないけど、それでも良いの? 良いなら別に構わないのよ」


「カロレッタに教えてあげるけど、わたくしはお父様の唯一の子なの。あり得ないわ」


「そう。わたくしがエンデリエンアに行くのが王命なら受けるわ。楽しみね」


 カロレッタは一口も食べずに席を立った。連れて来ていた侍女がカロレッタの肩にショールをかける。王女に挨拶もせずにカロレッタは庭園を歩く。


「カロレッタ様にずいぶんと無礼なことを」


「あれがこの国の王女なのよ。さて、どうなるかしらね」


「王女可愛さにカロレッタ様を送るのではありませんか?」


「そうね。王妃の母国の顔色もあるでしょうし」


 カロレッタは馬車に乗ると、すでに乗っていた人物に向かって頷いた。カロレッタに良く似た婦人は持っていた扇を二度ほど開いては閉じるを繰り返した。


「本当に、どうしようも無いわね。国王も王妃も王女も・・・」


「はい。今回のことで王妃の母国も疎遠になるでしょうし。この国は終わりです」


 カロレッタは窓から城下町を眺めた。王家直轄の城下町は他領に比べて平穏そのものだ。戦争があったことすら感じさせない。


「おかえりなさい」


「戻ったわ。ジェイク、準備を」


「かしこまりました。我が主」


 カロレッタとその母を迎えたのは、当主自身だ。カロレッタは二人の唯一の子であり、エンデリエンア国王の姪でもある。


「本当に困った国王だこと。わたくしの娘をエンデリエンアに嫁がせたところで、賠償になるはず無いというのに・・・喜劇にもならないわね」


「エリサベタ様」


「何かしら?」


「あちらに王国の紋章を着けた馬車が見えます。止まるように指示を送って来てますが、いかがなさいますか?」


「止まってどうしろと言うのかしらね? このままエンデリエンアに向かってちょうだい」


 指示を無視して、馬車を走らせる。止まる様子を見せないことに焦ったのか、急いで追随しようとするが速度をいきなり上げることもできない。カロレッタたちを乗せた馬車は順調に国境に到着した。


「どうぞ、お通りください」


 国境を警備している騎士は、エンデリエンア所属の騎士だ。敗戦国となった国の貴族を亡命させないために配置されている。賄賂を送って秘密裏に出国することもできず、王家がエンデリエンアに賠償を終えることを今か今かと待ちわびる日々を過ごしていた。


「待てっ、待つんだ!」


 馬車では追い付けないと判断した騎士がカロレッタたちを引き留めるために単騎で走っていた。待てと言われて待つ理由もなく、無情にもカロレッタたちを乗せた馬車は国境を越えた。


「おい。止まれ」


「邪魔しないでくれ。公爵令嬢を城に連れて来るように、と。王女殿下からの命令だ」


「我々はエンデリエンア国王より国境警備を任されている。我々はエンデリエンア国の王女殿下御一行をお通ししたにすぎない」


 敗戦国となった以上、エンデリエンアに強く言うことはできない。仕方なく騎士たちは城に帰り、カロレッタがエンデリエンアに向かったことを王女に伝えた。王女付きの侍女は、騎士の報告に満足そうに頷いている王女を怪訝な顔で見ている。


「まあ。カロレッタがエンデリエンアに、もう向かったのね。わたくしにはエンデリエンアに嫁ぐことはないとか、啖呵を切っていたのに。これで安心ね。安心したらお腹が空いたわ。お菓子を用意してちょうだい」


「王女殿下。本当にそうでしょうか」


「そうに決まってるわ。きっとあれはカロレッタの負け惜しみだったのよ。お父様からお話もいっていたでしょうし、国に残れるわたくしと違って、人質のように嫁がされるのが嫌だったのよ。でも仕方ないわよね。代わりのいる公爵令嬢と違って、王女はわたくし一人。どちらが大切かなんて、すぐに分かることだわ」


 侍女たちは顔を見合わせて、一番身分の高い侍女が王女に進言した。


「王女殿下。公爵令嬢にも代わりはいませんよ」


「何を言っているの? いっぱいいるじゃない。公爵家は全部で八。そこに公爵令嬢が何人もいるでしょ?」


 それぞれに家名を持っているが、王女の中では爵位で括られているようだ。戦争が始まるまでは言葉を交わすこともなく、扉の前や馬車の周りを護衛していた。だから、気付かなかった。王女が王家以外を代わりのきく存在だと思っていることを。


「ねえ。早くお菓子を持ってきて。お腹空いたんだけど」


「王女殿下。この国は敗戦国となったため、最低限の衣食住のみエンデリエンア国より認められています。お菓子は一週間に一回でございます。それも、先ほどカロレッタ様とのお茶会で召し上がりましたよね」


「ちょっと待ってよ。聞いてないわ」


「国王陛下よりお話がありました。我が国は負けたのです。今までと同じことはできません」


「なら、エンデリエンアと戦争をして今度は勝てば良いのよ」


「王女殿下。戦争はチェスとは違いますよ」


 戦争で実際に傷ついた人を見たことのない王女は人の死に疎い。国民がいくら亡くなっても勝手に増えると思っていた。


「分かってるわよ。チェスは駒の数が決まっているけど、戦争は決まってないでしょ? いくらでも注ぎ込めば良いじゃない」


「王女殿下。何も分かっていらっしゃらないのですね」


「何よ」


「敗戦国として、賠償の一部として王女殿下は嫁ぐことになるのです。優雅な生活などできない。そこを分かっての発言ですか? 国王陛下にも軍を動かす権限はありません」


「賠償なら終わってるわ。カロレッタを嫁がせたから」


「カロレッタ様が嫁いでも賠償にはなりませんよ。王女殿下に、その権限もありません」


 侍女は当たり前のことを説明しなければならないことに恐怖を感じた。普段は、物静かで無理難題を押し付けてくるようなことも無かったため気付かれなかった。


「王女殿下。カロレッタ様のお母様は、エンデリエンアの王女であらせられます。他国の王族の血族に、命じることは、王女殿下にできませんよ」


「なら、お父様にお願いするわ。お父様は国王だもの。いくらカロレッタが王族でも、我が国の公爵令嬢でしょ?」


 王女に理解させることを諦めた侍女は、無言で世話をする日々を選んだ。敗戦国となっても王女可愛さに手放そうとしない国王に国民は不信感を募らせている。


「お父様! わたくしをエンデリエンアに嫁がせるなんて、酷いわ」


「私も賠償金を上乗せすると言ったが、エンデリエンアは王女を渡せ、の一点張りでな。お前は王女だ。向こうでも王族として扱われる」


「それでしたら良いのですけど。わたくし、怖くて・・・それでカロレッタにお願いしましたの。嫁いでくれって、そしたら何か色々言ってましたけど、素直にエンデリエンアに向かったと報告を受けましたの」


「カロレッタを嫁がせた、だと? カロレッタはエンデリエンアの王姪だ。嫁がせることなどできん」


 王女はカロレッタの母親がエンデリエンアの王族であると説明を受けて理解したが、公爵家に産まれたカロレッタは公爵令嬢で、自分の臣下という認識だ。


「でも、公爵家は王族でしょ? エンデリエンアの血を引いていても我が国の公爵令嬢であることには代わりないばすよ」


「もう十分でしょ? 陛下」


「王妃よ。しっかりと教育を受ければ王女も・・・」


「しっかりと教育を? ただ教育係が読み上げる内容を右から左に聞き流しているだけで教育とは」


「何度も聞けば覚える。だから・・・」


「だから? カロレッタはエンデリエンアの王姪。エリサベタはエンデリエンアの王女であり、現国王の妹。ジェイクは、その婿。出身は、エンデリエンアの伯爵家。我が国では、公爵と呼ばれているけど、家名は?」


 国王と王女は王妃の質問に答えられなかった。エリサベタが同盟国の証としてエンデリエンアから来るということが決まり、そして公爵とだけ名乗るようになる。周りもただ公爵とだけ呼び、臣下として扱った。


「待て、エリサベタは同盟の証として来たはずだ」


「ええ。そうよ。エリサベタ、ジェイク夫妻はエンデリエンアから外交大使として訪れて、滞在を引き留められて、いつの間にか臣下の扱いを受けていたエンデリエンアの王族よ」


「ジェイクは、伯爵家出身だと言ったな。なら、伯爵夫妻だろう? なぜ公爵などと呼ばれるようになったのだ?」


「そこが気になるところなの? まあ、事実に気づいていても何も言わなかった王妃のわたくしにも責はあるわね。エリサベタにジェイクは婿入りしたの。エンデリエンアの王族は家名を持っていないから名前で呼ぶのだけど、その風習が我が国に無いため、敬意を込めて公爵、公爵夫人と呼んでるのですよ」


 王妃がエンデリエンアの王族の在り方を説明すると、国王は忘れていたことを思い出す。まだ王太子だった頃に外交大使として来た一団の中に居た記憶が甦った。


「そう言えば、父上の側近たちから説明を受けた気がする」


「王女の人の話を聞かず、覚えないのは陛下譲りのようですね。聞いているようで何一つ覚えない。都合の良いところだけ覚える。教育係が何人いるかご存知?」


「五人くらいか?」


「十五人よ。何度も同じことを読み上げなければならないから一人では難しくなったのよ。覚えているところを聞いても、分かっているとしか答えないし、書かせたら適当な答えで埋める。そうそう、王女がお茶会でお菓子を一口噛っては次のお菓子を食べるのをご存知?」


「いや。私たちの前では、そのようなことはないだろ」


「そうね。それは、お茶会の主催者ではないからよ。お茶会の主催者は、客人に安全であることを示すために、先にお菓子を食べるわ。そのときに、新しいお菓子を食べて、安全であると示すと教育係が言った言葉を王女は主催者は新しいお菓子を食べるものと認識して、手のつけられていないお菓子があれば、全て噛るのよ」


 教育係が違うと言っても、新しいお菓子を食べたい王女は都合良く解釈した。都合が悪いことや面倒なことは聞き流している王女のことを報告を受けているはずの国王も都合の悪いことは見ないふりをしている。


「いい加減、現実を見てくださいな。陛下が何も言わないから王女は、勘違いをしているのですよ」


「勘違い?」


「陛下が教育を受ければ、いずれ身に付くという言葉を真に受けて、ただ受けるだけ。国の王が何も言わないから問題ないと、助長してきたのですよ」


「問題があるという報告は受けていない」


「受けてますでしょ。同年代の子息よりも覚えが遅く、王族教育に移行できない。陛下は単純に勉強の時間を増やせば良いとお考えでしたけど。仮にも王女という身分で国の成り立ちすら暗唱できないのは問題ですよ」


 国王は、基礎的なことすら身に付いていないことに、ようやく危機感を覚えた。王妃が問題だと言っていても王女は自分のことを言われていると思ってもいない。ただ、笑って話題が変わるのを待っている。


「陛下、都合の良い夢は無いのですよ。エンデリエンア国の王女が、公爵家に嫁ぎ、公爵令嬢が両国の架け橋となっているから、戦争を仕掛けても軍を動かすことはないと思い、その隙に鉱山を持っている領土を奪ってしまおうなどと、どこをどうしたらそんな考えになるのか」


「エンデリエンアは、たくさん鉱山を持っているから、ひとつやふたつ貰っても良いだろ?」


「欲しいから奪う。それは、略奪というのですよ」


「奪うなんて人聞きの悪い。私は貰おうと思っただけだ。エンデリエンアは裕福だから我が国に施すべきなんだ。それがノブリスオブリージュだというものだ」


「はぁぁ」


「お父様、良いことをおっしゃいますわね。ちょっと戦争をしただけなのに、目くじらを立てるなんて、上に立つ者の度量を見せて欲しいですわ」


 詳しい内容は理解していないが、父親の言うことに同意すればエンデリエンアに行かなくても済むような旗色を察して王女は賛同した。分かりやすい横暴さを見せない国王は、何もなければ平凡そのものだった。王妃の機嫌を損ねれば援助して貰えなくなることは、理解している国王だからか基本的に王妃が反対したことを進めることは無かった。それで大きな反感を買うこともなく時が流れたのだが、自分の意見で政治を動かしたくなり、独断で戦争を仕掛けた。


「そうね。王女の言う通り上に立つ者の度量を見せて欲しいわ」


「早速、エンデリエンアに兵を差し向けて・・・」


「そうではないでしょう。この戦争の責任を取って、賠償金を支払い、王女を嫁がせ、そして退位する。次期国王には、エンデリエンア国の王子のどなたかになっていただき、属国となったのちに割譲領地としてエンデリエンアの貴族に分け与える」


「そんなことをすれば、我が国の貴族たちはどうなる?」


「平民になるわね。でも、仕方ないのよ。国王への罰として、臣下を失うことも含まれてるの」


 王妃は、この国の行く末が見えている。そして、王妃の母国は、沈黙を貫く姿勢だ。


「臣下のいない王は、王と言えるのかしらね? 安心してくださいな。幽閉されるときは、わたくしも一緒ですよ」


「お、お父様が幽閉って、どうして」


「まだ理解していないのかしらね。この国の終わりを生きて見届けさせるためよ。王女には、エンデリエンアから見届けてもらうために人質にしようとしているの」


「この国の終わりを見せるため・・・わたくしが人質」


「気になるところなの? それで、いつ出発するつもりなの? このままだと、強制的に断頭台まっしぐらよ」


「いやよ! まだ見たい舞台もあるし、着たいドレスだって仕立てさせたばかりなのよ!」


「気になるところなの? まあ良いわ。早いところ向かいなさいね」


 まだ敗戦国の王族だという自覚が薄く、王妃に言われて実感している二人は、侍女に促されて部屋に戻る。よほど断頭台が嫌なのか王女は、たくさんのドレスや装飾品を馬車に積んで、輿入れ同然にエンデリエンアに向けて出立した。道中にある全ての領地の領主に歓待の宴を要求し、叶えられないと分かると憤慨して次の領地に向かうというのを繰り返した。


「王女であるわたくしが来たというのに宴を開かないなどと不敬にも程があるわ。何が自由に使えるお金が無い、よ。きっと散財しているのね」


 馬車で不満を顕にしている王女に同意する随行員はいない。王公貴族は衣食住に使えるお金を全てエンデリエンアに管理されている。賠償金を支払い終えていない今は、少しでも国全体の資産を減らさないように監視されている。


「王女殿下、エンデリエンア国に入ります」


「それで、迎えは?」


「いません。城まで停まらずに向かって欲しいとのこです」


「え、せっかくエンデリエンアに来たのに観光できないの? まあ仕方ないわね。王族が平民と同じ店に入るわけにはいかないもの」


 お気楽な旅行気分の王女は、馬車の窓から手を振りながら城まで行くが、エンデリエンアの民たちは冷ややかな反応を見せる。分かりやすく石を投げる民もいるが、警備隊は誰も制止する様子を見せない。


「ちょっと、石を投げた平民を捕まえてちょうだい」


「できません」


「王族に危害を加えたのよ!」


「王族? エンデリエンアの王族のどなたにも危機は迫っておりませんので、ご安心ください」


「わたくしに危害が及んだわ! わたくしは、エンデリエンアの王子に嫁ぐのだから、エンデリエンアの王族にも等しいのよ」


 王女の言葉に誰もが顔を見合わせて返す言葉を失った。勘違いしていることは分かるが、一緒の馬車に乗っている王女付きの侍女が目を閉じて沈黙を選んでいることに、何かあるのだと察して任務に戻った。


「ちょっと、失礼ね。王族が国を出るのは、婚姻を結ぶ以外ないじゃない」


 王女は文句を言い続けるが、同意が得られないことに意識が向いて、何とか侍女に同意させようと話しかける。何も反応しないことに王女は気づき、面白くないとばかりに腕を組んで床を踏み鳴らす。


「王女殿下、謁見室はこちらです」


「ちょっと、勝手に扉を開けるなんて失礼でしょ」


「エンデリエンア国王陛下がお待ちです」


「ちょっと、エスコートくらいしなさいよ」


 騎士の制服を着た男性が扉を開けて王女に声をかける。手を伸ばすも届く距離になく、王女は仕方なく一人で歩く。床を踏み鳴らしたせいで片方のヒールの先端が欠けていて足を挫きそうになる。


「王女殿下のお着きです」


「ようやく来たか。ああ、挨拶は要らん。ただ王族としてエンデリエンアで過ごすこと。こちらの言うことには全て従ってもらう。下がれ」


 王女は思っていたことと違う内容が語られて理解することができずに放心状態に陥った。王子の婚約者として迎え入れられたと本気で信じていた。黙々と指示に従うエンデリエンアの侍女に連れられて、離宮に案内された。


「お呼びがかかるまで離宮をお出にならないようにお願いいたします」


「分かったわ。ああ、マッサージとお風呂と、外出着を用意してちょうだい」


「なぜでしょうか」


「なぜって、王子がお呼びなのでしょう? エンデリエンアを案内してくれるのでしょ?」


「・・・そのときになりましたら然るべき準備をいたします。それでは失礼します」


 王女の勘違いを正すことはせずに侍女たちは離宮を後にした。王女が自国から連れて来た侍女は、帰国している。さらに王女が持ってきたドレスなどは普段着を除いて全て賠償金の一部としてエンデリエンアが受け取っている。のらりくらりと賠償金の支払いを先延ばしにされている以上、金銭に代わるものは全て支払い対象だ。


「ああ! もう、なんなのよ」


 最低限の身の回りの世話をするために侍女が代わる代わる来るが、会話のひとつもなく、無為に日々が過ぎている。苛立ちをぶつけようにも壊せる花瓶もなく、王女は冷めた紅茶を飲んだ。朝に大きなポットに用意されて、微かに色付いている程度だが喉が渇いては飲むしかない。


「夜会!」


「はい。王女殿下の顔見せでございます」


「いつなのかしら? 仕立て屋を呼ばないと」


「必要ございません」


 侍女は冷たく微笑むと、濃い灰色のドレスを運び入れた。王女を観察していくうちに言葉を選べば、思い通りに動かすことができると侍女たちは気づいた。ドレスを着替えさせると、夜会会場に案内する。


「えっ? どういうこと?」


「こちらにお座りください。国王陛下よりお言葉がございます」


 王族が通る通路から一段高く作られている玉座の横に用意された椅子に座らされる。説明を求めようにも多くの貴族の視線が向けられていて席を立つこともできない。


「今回の謂われなき戦争で家族を失った者もいることだろう。王女には、エンデリエンアで、敗戦国の王族として過ごしてもらいたい」


「それは・・・」


「何か問題でもあるか? きちんと王族として扱っているが、何か不満でも?」


「それは・・・・・・か、カロレッタ! 話が違うじゃない。貴女がエンデリエンアに嫁げば、終わりのはずでしょ」


「・・・相変わらず、世迷い言を。国王陛下、発言をよろしいでしょうか?」


「構わん。許す」


 正式な夜会の盛装をしたカロレッタが王女を蔑んだ目で見上げる。分かりやすく嘲笑を受けて王女は席を立とうとしたが、侍女と騎士に肩を押さえられて叶わない。


「わたくしがエンデリエンアに嫁ぐ? エンデリエンアの王族であるわたくしがエンデリエンアの王族である親族と結婚することが、どうして貴女の国の賠償金代わりになるの?」


「それは、」


「わたくしは、ただ祖国に帰っただけ。それよりも周りを見た方が良いわよ。他国の王女が自国の王女の婚姻に・・・政治に口を出していることに、越権行為を平気でしている様に怒っているみたいだから」


 明らかに不機嫌な顔をしているエンデリエンアの貴族からの視線に王女は、ようやくたじろいだ。貴賓としての持て成しが受けられないことが分かった王女は、帰国しようと思うがドレスの裾を侍女に踏まれて立てないでいた。


「扱いが不当だと騒がんでくれ。恨むなら自分の父親を恨め。欲しいからと他国に戦争を仕掛ける父親を、な」


「貴女が不遇な扱いを受けていても何もできないことが、貴女の父親への罰でもあるの。そこは理解してちょうだいね」


「だったら! 直接やりなさいよ。娘のわたくしは関係無いわ」


「そうも言えないのよ。貴女が欲しいと言ったレッドベリルは国王が奪おうとした鉱山からしか産出されないものだから。最初は、きちんと説明したのよ? 順番を待って欲しいって、そしたら、貴女、自分が何を言ったか覚えていて?」


「いちいち会話を覚えてるわけないでしょ?」


「“王女のわたくしが欲しいと言っているのだから献上すべきでしょ”」


 カロレッタがそのときの言葉を代弁するが、王女は記憶にすら残っていないようだ。希少なレッドベリルが産出される鉱山は子爵領で見つかったが、あまりの希少性から権利は国が管理している。エンデリエンア王家であっても順番を待っている状況だ。そんなところに欲しいからと鉱山ごと奪おうとするなど正気の沙汰ではない。


「国王は、それなら鉱山ごと手に入れれば好きなだけレッドベリルが無料(タダ)で手に入る。そう考えたのよ。まあ、いつも止めていた王妃もレッドベリル欲しさに黙認したから同罪よね」


「酷い。お父様やお母様を悪く言うなんて」


「酷いのは、どちらよ。欲しがったら奪う悪癖は王太子時代から酷かったそうだけど、王妃も相当よ? 結婚した理由が自分の国に被害が出ないように、だもの。そのお陰で周辺国への被害が大きくなって外交的には最悪らしいけれどね」


 王女は大粒の涙を見せるが、その姿に同情する貴族はエンデリエンアにはいない。国王の悪癖は昔からだが、さらに悪化させる原因となった王女に好意を持っている者はいない。


「カロレッタ。わたくしたち友だちよね。友だちが困っていたら助けるのが当たり前でしょ」


「友だち? 友だちなら助けないといけないわね」


「そうでしょ? わたくしたち仲良く語り合ったでしょ」


「語り合ったかもしれないけど、呼び合ってはいないのよ」


「どういうこと? カロレッタ」


「それよ。わたくしは貴女に名前を教えたことはないし、教えて貰ってもないの。名前も知らないのに、友だちって言えるのかしら」


「それは、当然よ。王族の名前を呼ぶなんて不敬だもの。敬意を込めて王女殿下と呼んでもらわないと。それが王族でしょ」


「そうね。その理論で言うなら、わたくしも王族よ。だって公爵令嬢は王族だと、他でもない貴女が言ったんだもの。王族だからエンデリエンアに嫁いでも問題ないって」


「カロレッタ。そろそろ終わりにしよう。ダンスもまだ踊っていない。時間はある。次にしなさい」


「はい。お祖父様」


 カロレッタに言い返したい王女はエンデリエンア国王に機会を封じられてしまった。ダンスのための音楽が奏でられると、思い思いに躍りが始まる。カロレッタに挨拶をしたい令嬢たちは飲み物を片手に集まる。そのついでに王女へ小言を言うのは忘れなかった。


「欲しいから渡せ。まるで子どもですわね」


「まあ! 我が家の妹でも他人の物を奪ったりしませんわ」


「確か三歳になられたのでしたね。もう立派な大人な振る舞いができるなど、素敵な淑女になられることでしょうね。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 王女に聞かせるだけの話だから脹らませるつもりはなく、何か反論される前に立ち去る。今まで悪意に晒されたことのない王女は涙を流して手のひらで顔を覆うが、指の間から令息たちに視線を送るが嗤われるだけで近づいて来る気配も見せない。


「お父様、お母様」


 王女は招待客が全員帰るまで席に着かされた。そして、王族として夜会に招かれると有無を言わさずに強制的に参加が決まった。途中退座は許されずに席に着いたまま貴族たちに嘲笑われる。ただ、それ以外には何もされない。

 王女のエンデリエンアでの扱いは、国王と王妃にも具に伝えられた。毎度、国王がエンデリエンアに挙兵すると騒ぐが、王妃が止めるという構図ができあがった。これは、国王を中途半端に止めていた王妃への罰でもあった。


 後の歴史学者は、エンデリエンアの属国となった国のことの情報が極端に少ないことに首をかしげることになった。国の名前も初代国王の名前も記した物が見つからないのだ。歴史書には、国王や王妃、王子や王女という肩書きによる功績は載っているが、個人名がどこにもないのだ。そのせいで代替わりや時の王に何人の子が居たのか知ることができない。

 たまに周辺国の歴史書から見つかる武力衝突のあった記述から、国家ではなく山賊のような略奪集団だったのではないかという推測も出る始末だった。その点は、周辺国の王女や王子と婚姻を結んだことから、名前すらつかないほど小さな国だったのが有力ではないかと落ち着いた。

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