九話
アロンとクレーは情報収集を始めた。
行方不明者の大勢は王都西部の外れで行方をくらましている。そこで、まず立ち寄ったのは大衆酒場だ。平日の昼間ということもあり、人はまばらだった。
カウンターにつくや否や、アロンが口を開いた。
「店主、聞きたいことが」
店主は訝し気に、アロンのことを睨んだ。
「注文は?」
「ち……焼き鳥で」
「あいよ、焼き鳥、お待ちどう」
看板メニューで事前に仕込んでいたのか、驚くほど早く焼き鳥は提供された。焼いた鳥と適当な野菜を鉄串で焼いた冒険者スタイルの焼き鳥だった。アロンは店主からそれを受け取ると、そのままスライドするように、クレーに渡した。
「俺は要らんから、お前が食え」
「い、頂けません! 私にはこんなもの食べる価値なんて」
「そんな細い腕して何を言ってやがる。いいか、良いことを教えてやる。これも食事にありつけるチャンスだ。俺の元で仕事をするなら、どんなチャンスも逃すな、覚えておけ」
クレーは遠慮がちに串に手を伸ばした。リスのようにそれをモグモグと食していたが、やがて向日葵のような笑みを浮かべた。
「美味しいです……」
それを見て、表情が険しかった店主も表情を和らげた。
「なんだ、兄さんカタギに見えないから、女の子奴隷にして連れまわしているんかと思ったわ」
「カタギだ」
「眼帯を付けたカタギが何処にいる? そもそも、カタギは自分のことカタギなんて言わないだろ」
「アンタが言い出したんだろ。
それより、どういうことだ? 一応、国で禁止されている奴隷を連れまわしている馬鹿なんている訳がない」
「はっ、西部じゃ日常茶飯事さ」
店主が言うには、西部は人身売買のメッカらしい。騎士団も調査に動いているがやる気があるのか、ないのか……冒険者ギルドは行方不明者を出しつつも、表立って何かをする様子はないらしい。
「何処で奴隷を売買しているんだ?」
「知るわけないだろう。なんだ、アンタも興味があるのか? やめとけ、手を出すな。
なんでも、『闇ギルド』が仕切っているらしい」
闇ギルドの名を聞いて、アロンは眉をピクリと動かした。
「いいや、俺はこう見えても……そう、探偵でな。行方不明者を追って、闇組織の壊滅を狙っているんだ。 何か知っていることはないか?」
「……コーヒーハウスだ。庶民の喫茶店じゃない、会員限定しか入れないコーヒーハウスで貴族たちが怪しい話し合いをしているって話だ。これ以上は本当に知らない」
◇
その日の夜、アロンとクレーは西部の安宿を取った。暫くの拠点にするつもりだ。
「しかし、参ったな。まさか、コーヒーハウスの入会料があそこまでバカ高いとは。持ち込んだ金では足りないし、まさか、ボスに追加の金をせびるわけにもいかない。金を稼ぐか、別の方法を考えないとな」
二人分の部屋を確保する余裕もなく、落ち着きなさそうにドギマギしているクレーを差し置いて、アロンはカーテンの隙間から、例のコーヒーハウスを眺めていた。確かに成金のような貴族たちや、ニット帽を被った胡散臭い連中が多く出入りしていた。
「明日は朝早くから動くぞ、お前はもう寝ていろ」
「わ、分かりました! 私は床で寝ます!」
「床なんかで寝たら、よわっちいのがさらに弱くなるだろう! ベッドを使え!」
「でもベッドは一つしか……い、一緒に寝ますか?」
クレーは枕で顔を隠しながら、おずおずと尋ねた。
「交代で寝るんだ! 片方がコーヒーハウスを監視しておくんだよ!」
「え、あ、はい。そうですよね」
「全く……早く寝ろ」
クレーがベッドに入り、静かになる。寝入ったのだろうとアロンは思ったが、遠慮がちな質問が発せられた。
「アロン、さん。 故郷に戻りたいとか、お母さんやお父さんに会いたいだなんて思ったりすることってありますか?」
「は?ない。父親は酒に溺れていた。母親は何処かに消えていた。故郷はどいつもこいつも陰湿な奴らだった。あんな田舎に帰ってどうする?」
「故郷を見返そうって、馬鹿にしてきた人たちを見返そうって気持ちはないんですか?」
「……お前に一つ忠告してやる。
お前が手柄を立てれば、自分たちのお陰だと胸を張る。だが、少しでも理想に届かなければ裏切者と喚き散らす――そんな一銭にもならない奴の言うことを聞いてどうする?」
ベッドの中で、クレーは息を呑むような声を上げた。何か口を開こうとしたようだが、何も口にせず、代わりに静かな寝息が聞こえて来た。
アロンは鼻を鳴らした。
「お前には、裏社会は早いよ。……ま、来るべき世界じゃないけどな、此処は」