七話
「アロン様。
上の階で、御父上はお待ちです。ご案内します」
(御父上って)
アロンは苦笑をこらえつつ、ウェイターに案内してもらう。
場所は、クロムウェル王国の一等地にある高級レストラン。
個室では御父上こと、カジマが待っていた。
「おう、仕事ご苦労だったな」
あれから3年が経ち、アロンはブラック・オプスのギルド員となっていた。
「ええ、ボス。
しっかりと務めてきましたよ」
アロンは個室の扉が閉まったことを確認して、ボストンバックの中身を見せた。
カジマはそれをチラリと確認し、頷いた。
アロンはすばやくバックを足元に収める。
「取り立て、ご苦労だった。
ギルドで山分けにしよう」
「食事代は?」
「チ、俺の驕りだ。
まぁ、つまらん仕事だったろうしな」
借金を滞納していたしがない不動産屋への取り立てが、面白いわけなかった。
金を返せと言えば、返す金は無いと言い、対して強くもない用心棒を繰り出してきて、それを返り討ちにしたら、返せばいいだろうとようやく返してきた。
しょぼい用心棒を雇うぐらいなら、最初から大人しく返せばいいのに、とアロンは呆れた。
「失礼いたします。
メイン・ディッシュのウエストランド地方のビーフ・ステーキでございます」
ウェイターは恭しい所作で、純白の更に盛られた暴力的な厚みのステーキ肉を給仕する。
アロンが極貧冒険者時代に齧っていた干し肉何十枚分だろうか。
肉の山の端をナイフで切り、フォークで拾い上げ、口の中に入れる。
口の中に肉汁と、圧倒的な旨味が溢れ、本能が歓喜を上げ、もっと喰わせろと叫ぶ。
ステーキを口に含みながら、アロンはレストランの窓から下を覗き見る。
一等地にはあらゆる施設が充実しており、冒険者ギルドも見える。
冒険者ギルドは近年勢力を増し、ありとあらゆるところにぽんぽん建ち始めたのだ。
しかし、光だけではない。
冒険者ギルドから少し離れた暗い路地には、薄汚い恰好をした少年たちが身を寄せ合い、一つの食パンを分け合っていた。
「ボス。
ああいうのを、冒険者ギルドでは美談にするんです」
『若き日の苦労が、未来の君を強くする!』そんな言葉で駆け出し冒険者を騙し、薄給で働かせ、限界まで追い込む。駆け出しに残された選択肢は、田舎に戻るか、実力に会わない依頼を受けて――殆どの場合は死ぬか。
「まったくひでぇもんだよな。あんなパンの耳で腹が膨れるかよ」
アロンは頷きながら、オニオンスープで口の中の油を洗い落とす。結果論として、彼はこの裏の仕事に就いてよかったと思っている。世間からは忌み嫌われ、恐れられる存在だが、金払いは良い。
そして、此処にはチャンスがある。
「ボス、俺は冒険者ギルドの連中が何をしようがどうだっていい。
でも、もしも俺の仕事の邪魔をする、テリトリーに踏み込んでくる気なら、容赦はしませんよ
俺は此処で成り上がるんで」
「ふむ、良い意気込みだ。
そして、お前に仕事の話がある」
カジマは懐から分厚いファイルを取り出した。その中身は様々な少年・少女達の捜索依頼のビラだった。
「これが次のターゲット? あまり気は進みませんが……」
「違う、違う。 こいつらはこの王都で非合法な人身売買の被害にあったとされるリストだ」
非合法な人身売買、という物騒なワードを聞いても、アロンの顔色はあまり変わらなかった。奴隷売買は表向きは禁止されているが、実質的に黙認されているのは周知の事実だ。実際、アロンも売り飛ばされかけた。被害者には同情するが、しかし、闇ギルドに頼るというのもおかしな話だ。
「それこそ、騎士団か、冒険者ギルドに……あっ」
「話がつながったようだな」
カジマはアロンの脳裏を察したかのように頷く。騎士団も冒険者ギルドも動かなかったから、闇ギルドまで話が降りて来たのだ。裏を返せば犯人グループは表側の人間ということだ。
「犯人グループの調査から殲滅まで、今回の山は大掛かりなものになるが、お前に一任しようと思っている。だが、一人では厳しいだろう。協力者を募った。明日の午前、この酒場に行け。そこに彼女がいる筈だ」
カジマはワインを飲み干し、上品に手拭いで口を拭った後に付け加えた。
「しかも、その犯人グループ、うちの名を勝手に使っているらしい」
◇
次の日の午前、アロンは指定された酒場に訪れた。
闇ギルドは少し特殊な形態をしている。冒険者ギルドを一等地に堂々と看板を掲げて営業しているが、闇ギルドはそうもいかない『ブラック・オプス』などの各ギルドは一般の住宅や商店に偽装し、事務所として設営している。だが、それでは人を募集できない為、面倒を見ている酒場などの飲食店を集会所として利用するのだ。
「しかし、バディといってもね」
アロンは一人で愚痴る。
これまでも人を使う勉強として、カジマにバディを付けさせられていたが、うまく行ったためしがない。8割の奴は大口叩きで、本番になると逃げだしたり、うずくまって使い物にならない。残りの2割は光るものを持っていたりするが、そういう要領のいい奴は金がたまると、直ぐに足を洗って表世界に戻ってしまうのだ。
「それにしても、18の元冒険者の女ね」
アロンはバディの特徴の書かれたメモを持って、酒場を見渡す。だが、見渡すまでもなく、人だかりができていた。
「嬢ちゃん、来るところを間違ったなぁ!」
「金目当てだろう、俺たちと一緒に、夜の勉強するか? 」
「昼間だけどな、ぶへへへへ!」
「邪魔」
「なんだお前!?」
「待て、こいつブラック・オプスのとこのだ!」
アロンが下衆な男たちをかき分けると、彼の思った通り、そこには小柄な少女がいた。彼女はローブを着て、杖を持っているが、どちらともくたびれている。何よりも、彼女の目元までかかった栗色の髪型『メカクレ』はいまいちパッとしない印象を与えた。アロンは過去一弱そうだと内心ため息をつきつつも、彼女の名を呼んだ。
「お前がクレーか?」
「は、はい! 私がクレーです……!」
助けを求めるかのように、クレーはか細い声で自分の名を叫んだ。