五話
数日ぶりに、アロンはギルドのある王都へと戻った。
当然、しがない冒険者アロン一人が、行方不明になったところでこの大都会はいつも通り何も変わらない。
とはいえ、鷹の爪のメンバーには会わないように気を付けねばならない。
まず、アロンはカジマから受け取った軍資金を用いて、公衆銭湯へと赴いた。
銭湯の主人は泥だらけのアロンに眉を顰めたが、それだけだった。
冒険者が泥だらけで帰ってくるなんて珍しいことではないからだ。
水風呂の冷水を桶で、頭から被る。
ゲイブらに嵌められた時から、沸騰気味だった頭がようやく冷えてきた。
改めて、考えを巡らせる。
(だが、あいつらは俺が帰ってきたことを知れば、不審に思うだろうな)
湯船につかりながら、考えている際、近くにオールバック姿のビジネスマンらしき男が入浴してきた。
カジマもオールバックだったが、ああいう髪型は人を賢く見せる。
その時、アロンの中にひらめきが沸いた。
彼は入浴を済ませると、次は床屋に向かった。
◇
そして、彼は大胆にも冒険者ギルドの門をくぐった。
それも真昼間の人気の多い時間帯だ。
だが、誰も彼がアロンだということには気づかなかった。
彼は服を新調し、髪をオールバックにして、傷が痛々しかった右目を眼帯で隠していたからだ。
そのまま、アロンは新規冒険者受付の窓口へ行った。
ちらりと様子を伺うが、リサはいないようだ。
しかし、第一印象というのは大事なもののようだ。
身なりを整えたアロンは、以前のような、投げやりな態度を取られなくなっていた。
「お名前と、前職があれば、何をしていたかお聞かせください」
「サムだ。前は田舎で犯罪者相手に賞金稼ぎをしていた。
やりがいのある職に転職したいと考えていたんだ」
「な、なるほど。
道理で、オーラが……右眼の眼帯はそういうことなのですね」
堂々とした受け答えを心がけると、勝手にギルド職員も狼狽してくれた。
「いやぁ、失礼しました。
数日前に、右眼をゴブリンにやられた馬鹿が行方不明になってましてね。
同僚の一人がどうやら、心配しているようで。
僕から言わせれば、自業自得――」
「そんなことより、聞きたいことがあるんだが……。
バーバラという女性を知っているか?」
「え?
ああ、それこそ件の馬鹿が所属していたパーティのメンバーです。
今はいらっしゃらないようですが……」
「実はひょんな機会があって、彼女の実力を拝見したことがある。
彼女は美しく、本当に凄い実力者だ。
是非とも、共に戦いたい。彼女に伝言を伝えてもらえないだろうか?」
アロンはギルドの職員に、待ち合わせ場所と伝言を伝えた。
◇
バーバラはギルド職員から、自分に興味を持っている新入りが来たと伝えられた。
その新入りが経験豊富な賞金稼ぎで、身なりも整っていたと聞くと、彼女は有頂天になり、何の不信感も抱かずに会いに行こうとした。
当然、ゲイブは気に入らず、彼女についていくことにした。
一方、パーティを取りまとめるリーダーのジェフは面倒になりそうだと察して、無視することにした。
「だから、アンタはついてこなくていいって」
「何処の馬の骨とも知らないやつをパーティに入れるわけにはいかないぜ!
俺が冒険者のシゴキを教えてやるって!」
二人は指定された郊外の廃墟にのこのことやってきた。
全て、アロンの計画通りだった。
「ふ、くく……駄目だ。まだ笑うな」
廃墟の中、アロンは自然と上がる口角を必死に抑えた。
しかし、身体の底から湧き上がってくる喜びを抑えることができない。
自分でチャンスを掴み、成し遂げる為に試行錯誤するのは楽しかった。
いまから、かつての仲間に手をかけることになるが、罪悪感や躊躇いは皆無だった。
扉が開き、見知った二人が入ってきた。
「やっほー、新入りさぁん。
へぇ、本当に二枚目じゃん」
「お前、人の女に手を出すとは良い度胸してんな!
ああん!?」
「これは予想外だったな。
まさか、顔を見せても気づいてくれないとは」
アロンは髪を手でほぐして、髪の毛を降ろす。
前の髪型風になったところで、ようやく二人は取り乱し始めた。
「ア、アロン!?」
「え、ゆ、幽霊!?」
「お、お前、奴隷になって売り飛ばされたんじゃ……!」
アロンは二つの小刀を、逆手に持ち、腰を下ろした。
得物を前にして、ついに口角を上げた。
彼は闇に堕ちていた。