十三話
「それで、お前はどうしたいんだ?」
アロンがそう尋ねると、クレーはびくっと肩を上げた。
「怖がることはない、別に取って食いやしないんだからさ」
「わ、私は立派な冒険者になって、みんなを見返したいんです! ……良かったら、アロンさんも一緒に、二人でなら立派な冒険者パーティになれると思うんです!」
「忘れたか? 俺は全ギルドから出禁にされている。正確に言うと、この目の傷の手配書があちこちにばら撒かれている」
「でも、目の傷がある冒険者は意外といます。さっきの騎士団の人だって気が付かなかったし……!」
「まぁ、正直言うと、冒険者なんてまっぴらごめんなんだよな」
アロンは椅子にだらしなく寄り掛かり、遠い目をしながら言い放つ。
「早起き、パーティの帳簿整理、掃除、挨拶、炊事、少しのしょぼい冒険、後片付け、薄給。これのどこに夢を感じるんだよ。その点、闇は良い。人探しだろうが、人攫いだろうが、人殺しだろうが、やってしまえば金がでる」
アロンは布袋を取り出し、ずしんと重たい音と共に机の上に置いた。クレーがおずおずと開けると、目を大きく見開き、慌てたように周囲を見渡した。
その額はA級冒険者が請け負えるような高難易度クエストの成功報酬とか、王都のエリート魔術学者の月給とか、それほどのものだった。
「こ、こんなの受け取れません! 私はアロンさんに付いて回って、ほんの少しの手伝いをしただけです!」
「確かに。だが、俺たちは黒幕の正体に辿り着いた。だから、その分の金は払う。じゃなきゃ殺される。これが冒険者パーティと俺たちの世界の違いだ」
大金を前にして、クレーの様子は明らかに動揺していた。小さい胸が上下しており、目が明らかに彷徨っていた。
「やっぱり、私は――!」
「でも、まぁ……お前は冒険者で良いんじゃないか」
「えっ? 」
「才能はあるんだ。感を取り戻せば、B級ぐらいには庶民的な暮らしなら出来るだろう。奴の言うとおり、こんなとこに居ちゃダメなんだろう。さぁ、行けよ」
アロンは笑みを浮かべた。クレーにはその笑みが相手を馬鹿にする時の冷笑でも、チャンスを見つけた時の愉快な笑みでもなく、優しげなものに見えた。クレーは長い時間迷った後、静かに一礼し、席を立ち、アロンに背を向けた。
「お前が出世したら、今度は驕ってくれよ」
「……はい、喜んで」
遠ざかる背中に投げられた声に、クレーは弱弱しい笑みを浮かべて答えると、とぼとぼと食堂から出ていった。
その背中が見えなくなってから数分後、酒場の隅から一人の人影が現れた。
「いやぁ、旦那にあんな優しい一面があったとはおもわなかったっす」
へらへらと媚びを売るように喋りかけて来たのは、巻き毛の眼鏡女だった。彼女は情報屋のメリーだ。
アロンは黙って彼女に報酬の札束を手渡す。
「へへ、毎度」
「二流め。そもそも、お前が最初から情報を知っていれば、わざわざ餓鬼を連れまわって、探偵ごっこまでしなくてよかったんだ」
「しかしね、旦那。この王都には貴族の汚職、闇取引、博打のイカサマ、金になりそうなことが幾らでもある。それに比べて、王都では誘拐事件なんてありふれたものは日常茶飯事だぜ!って訳っす。言われて直ぐ情報集めただけでも感謝して欲しいっす!」
メリーが無い胸を張るのを見て、アロンは失笑する。彼はあった方が好きなのだが、彼の元にあつまるのはない者ばかりだ。
「でも、バディがいなくなったからには仕方ない。自分が一肌脱ぐっす」
「お前は実地では使えないだろ。しかも、高給取りだ」
メリーは情報屋としては及第点、だが、同行するバディとしては失格だ。予想外の荒事に慌てふためきやすく、例えば、この前の騎士団の強制捜査の時に彼女が居合わせていたら、目も当てられない結果になっていただろう。
「じゃあ、お一人で?」
「いや、そもそも、あいつ帰ってくるよ」
「はぁ? あんなにドラマチックなお別れしたのに?」
「駆け引きが出来ない奴だな」
アロンは鼻で笑った後、自分のグラスに安酒をなみなみと注いで見せた。
「ちょっちょ、零れるっすよ」
「これがあいつだ」
「限界ってことっすか?」
「ああ、我慢の限界だ。知っているか? 真面目の馬鹿馬鹿しさを誰が一番知っていると思う?」
「旦那のような悪党でしょ」
「違うな。真面目な奴が真面目の馬鹿馬鹿しさを痛感している」
そして、アロンは酒場の外をチラリ見た後、笑みを浮かべた。
「思ったよりも随分早かったな……用があればまた連絡する、失せろ」
「ちぇ、へいへい」
メリーがそそくさと消えた後、酒場のカウンタードアが開かれ、そこには先ほどの小柄な人影が現れた。
「どうしようもないクソ真面目。そんな奴こそ、悪に惹かれるって訳さ。なぁ?」




