十一話
かくして、臨時報酬を得た二人は大金と共に堂々とコーヒーハウスへと足を踏み入れた。
「全く、どうしてこうして、こんな苦くて黒い水にこんな大金を掛けるんだか。なぁ」
「え?」
アロンは珈琲のよさが分からず、顔をしかめて、クレーに同意を求める。
しかし、クレーはというと、文句を言わず、お行儀よくそれを飲んでいた。
どうやら味が分かる側の方だ。
「ちっ、偵察だっていうのに、何を味わっているんだ」
「す、すみません! 私みたいなのがこんな高級品を味わうなんて」
「ただの八つ当たりだから黙って、飲め!」
暫くの後、如何にもな二人の成金貴族が現れ、アロン達の席に近くに座った。
やれ、コーヒー豆で儲かっただの、コーヒー屋敷を作るだの、鼻の曲がりそうな自慢話を続けていた彼らはビジネスの話に移り始めた。
「ほう、羨ましいものですな。私もひと稼ぎしたいのですが、労働力不足に難儀していましてね。奴隷では駄目だ。最低限の読み書きができて、それでいて、安い労働力が欲しい」
「くく、欲張りだな。しかし、君と私の仲だ、あてならあるぞ。冒険者の落ちこぼれ共だ」
「成程、夢物語を描いている馬鹿な連中をうまく使うと言う訳ですか。是非、詳しい話を」
ここが自宅であると勘違いしているかのように、貴族たちは無警戒でどこで、どういう人物が取引しているのかをべらべらと喋っている。
そんな風に貴族たちが下衆な話で盛り上がる中、アロンも薄い笑みを浮かべていた。
ビンゴだ。
一方のクレーは貴族たちの嗤い声を聞きながら、歯を噛みしめていた。
金持ちたちの下衆な話に耐性が無いのだろう。
アロンは彼女を横目に立ち上がった。
彼の次の計画は、貴族たちの会話に割り込むことだ。
アロンが親分から受け継いだコートは高級品、これがあれば、貴族と偽ることも難しくない。
だが、そのとき、クレーが突然突拍子もないことを叫んだ。
「お、お兄ちゃん!」
「は?」
店内に響いたその声は、アロンだけではなく、貴族を含めた皆に届いた。
「お、大きな声出すんじゃないぞ、妹よ」
腰を浮かしていたアロンは、ぎくしゃくと腰を下ろした。
「ふん、礼儀の成ってない兄妹だ」
店内の注目が過ぎ去ったところで、クレーに小声で問い詰めた。
「お兄ちゃん?俺がお前の? 何の真似だ? せっかくのチャンスを台無しにしやがって」
「ち、違うんです! 誰か来ます。大きな魔力を持った人――多分、騎士団とか冒険者の戦闘職の人が」
そんな馬鹿なとアロンは困惑する。
立ち上がる際、アロンはそれとなく店内と外を見渡し、障害になる人物がいないかを確認していたのだ。
だが、そんな人間何処にも――。
いや、現れた。
窓の外、群衆たちを押しのけてやって来た一団は、銀色の鎧を纏う騎士団だった。
騎士団たちはコーヒーハウスの扉を乱暴に押し開けた。
「王都騎士団だ! 此処に珈琲豆を使った詐欺師がいるな? 名乗り上げよ!」
「うっ!」
「抵抗は無駄だ! 剣士に魔術師もいる!」
騎士団の隊長らしき若い女騎士が凛とした声を上げると、店内は騒然となり、先ほどの貴族たちは顔を真っ青にして、頭を下げて顔を隠した。
アロンは暫く、考えた後、手を上げてこう言い放った。
「そこの席の奴らだ」
「貴様!」
貴族たちが顔を真っ赤にするが、直後、騎士団に取り押さえられる。
「や、やめろ、無礼者!」
「手配書通りの特徴、間違いないな。 ニカノール卿からの提訴があった! 言い訳は署で聞こう!」
「ちょっとまて、私は違う、ひぃぃぃ!」
二人の貴族が騎士団に連行されていく。
そして、騎士団を率いていた女騎士がアロンの元に訪れた。
「勇敢な市民よ。騎士団を代表して、秩序を守る行動に感謝する」
「いや、当然のことをしたまでだ。近頃、犯罪が多くて、嫌になっていたんだ。若い冒険者たちが失踪しているんだろう」
アロンがそれとなく探ると、女騎士は顔を曇らせた。
「ああ。騎士団としても、やれることはやっているんだが……やはり、上は貴族の訴えを優先する。歯痒いよ」
「仕方ないさ。冒険者の知り合いに気を付けるように言っておく」
「よろしく頼む。西の第三地区には近づくな。一見、整然としているが、それこそ罠だ。
私の名はアーシャ、縁があったらまた会おう」
騎士団たちが帰っていくと、コーヒーハウスの面々はようやく緊張から解放されたようだ。
「捜査情報をべらべらしゃべりやがって、正義感あふれる若い女騎士か。
それで、お前はどうして、奴らの接近に気づいた」
アロンがクレーに尋ねると、彼女はびくっと肩を振るわせた後、おずおずとした様子で答える
「えっと、魔力探知です。私、全然制御は出来ないんですけど、魔力が多いから、他人の魔力を探るのは得意で……でも、その魔力を扱えないんじゃ意味ないですよね、ははは……」
クレーが力なく嘲笑するのを見て、アロンは大きなため息をついた後、店員を呼んだ。
「マスター、こいつにドーナツとコーヒー一杯くれてやってくれ」
「えっ、いや、その、えっと、ありがとうございま、くぅぅぅぅぅ――」
クレーが勢いよく頭を下げて机に頭をぶつけ、悶絶するのを見て、アロンは再度溜息をつく。
やっぱり、実力・性格どちらとも裏世界には向いていない。
だが、その才能と制御できるメンタルさえあれば、そう考えると捨てるのは勿体ない。




